火をかけ終わったソバの実が、鍋から取り出される。誰もが、それを真剣な目で見ていた。もちろん、懐疑的な者もいる。腕を組んでいたり、難しい顔をしていたりもする。
だが、目を輝かせている者が印象に残った。まっすぐにソバの実に目を向けていて、期待感が伝わるところだ。
さっそく取り出して、俺はみんなを見回す。
「まずは、俺が食べようと思う。しばらくして問題がなさそうなら、他の人も食べてくれ」
「いや、うちも食べる。ここで騙されるようなら、うちが愚かだというだけのこと」
「なら、俺にもくれ。今こそ、皆の先頭に立つべき時だ」
そんな風に、俺が思うより前のめりな相手もいた。イリスは特に積極的で、もう口に運んでいるくらいだ。ということで、遅れないように俺も食べていく。
まあ、大して美味しくはない。とはいえ、食えないほど不味くもない。どうしようもなく腹が減っていたら、まあ悪くないんじゃないだろうか。
イリスたちも、それなりに頷きながら食べている。これで毒さえなければ、食料にはなるだろう。だから、いい傾向だとは思う。
そして食べ終えた俺たちは、軽く話を続けていた。特に、俺とイリスで。
「のう、ローレンツ。お主さえ望むのならば、うちはお主に従っても良い。うちを楽しませてくれる間は、だがな」
「お前の転移は、三回という制限を考えても有用性が高い。俺としては、歓迎したいところだ」
軽い調子で告げるイリスに、俺も軽く返す。どこまで真剣なのかは、これから分かっていくだろう。楽しませるという課題が、どう出るかが問題ではあるのだが。
根本的なところでは、イリスを信じるのは難しいのかもしれない。だが、それは俺の仲間の多くだって同じことだ。ユフィアなんて、王家を操って自分が権力を握っている存在なんだぞ。それが一番近くにいるのだから、今更という話ではある。
イリスは俺の返答を聞いてニヤリと笑い、言葉を続けてくる。
「お主なら、どうやってうちを運用する? どのような案がある?」
おそらくは、答えによってイリスの忠誠度合いが変わるのだろうな。あるいは、従う気が失せる可能性もある。だが、まあ真剣に答えるべきだろう。
イリスに手札を与えるだけという考え方も、あるとは思う。ただ、イリスを味方にできるのなら、あまりにも大きい。仮に転移の人数にまで制限があったとしてもだ。おそらくは、1日の中で3回という制限だと思う。魔力量などの都合なのだろうな。
それらを考慮に入れつつ、俺のアイデアを話していく。
「戦闘面では、単純な突撃以外に、撹乱にも使えるだろう。自軍が別の場所にいると誤認させる手だ」
「なるほどのう。偵察した時点から、居場所が変わっておるということか」
イリスはすぐに理解する。この賢さがあるのなら、アルスに策を提案することもできただろうに。イリスが言わなかったのか、アルスが策を採用しなかったのか。そのどちらかで、どこまで信じるべきかが変わる。
特にバーバラあたりが大枚はたいてスカウトした時に、裏切られかねない懸念はどうしてもあるということだな。
とはいえ、どう聞くのかも難しいところなんだよな。いや、自然な流れが思いついたかもしれない。試してみるか。
「アルスには、似たような提案はしなかったのか?」
「あやつは、自分で策を考え続けておったよ。だからこそ、お主に負けたのだろうな」
「ならお前は、俺の策がおかしいと判断した時に、指摘してくれるのか?」
「それこそ、お主の器次第じゃ。反対意見が出ただけで不機嫌になるようでは、なあ?」
嗤うような顔をしている。やはり、十全の信頼を置くことは難しい。とはいえ、まずは俺の方から器を示すべきというのは実情としてあるだろう。誰も信じないものは、誰からも信じられないのだから。
演技だとしても、信じているというふるまいは必要になる。まずは、その姿勢を示すべきだ。
「なら、今の案に欠点は見当たったか?」
「相手の偵察をどうやって察知するのか。そんな問題があるのう。お主は、どう見る?」
「なるほどな。なら、他の手段を組み合わせる前提か。実戦で使う前に問題が分かるのは、ありがたいな」
「ふふっ、お主はそういう人間か。アルスとは正反対よな。じゃが、だからこそ面白い」
獰猛な笑みを浮かべて、イリスはこちらを見ている。少なくとも、最低限の興味は持たれているのだろう。なら、今は満足しておこう。とはいえ、策の話をするのは大事だ。もう少し、意見を出しておくか。
「俺は非才の身だからな。みんなに支えられなければ、今回だって負けていただろうさ。だが、イリスが居れば勝てる局面は広がるかもしれない。逆に、転移を偵察に利用したりな」
「アルスが覇道だとすれば、お主は王道を行く者か。良いぞ。しばらくは、お主の采配に従おう」
じっとこちらを見ながら、イリスは口を釣り上げる。その姿を見て、俺は奮起していた。まだまだ、俺は成長できる。そんな予感を覚えて。
いつかユフィアに認められるためにも、まずはイリスに認められよう。そうすれば、大きな一歩になるはずだ。そう信じていた。
「なら、お前には俺に着いてきてもらおうか。俺の側なら、俺が奇特なことをしているだけだと思われるだろう」
「獣人の将を従えているように、か。案外、お主も悪辣なのかもな。これから、よく知っていきたいものよ」
「ああ。思う存分知ってくれ。これからは、エルフと交流する機会も増えるかもしれない」
「そうじゃな。少なくとも、致命的な毒はないようじゃ。なら、エルフも変わるかもしれんな。アルスは力で変えようとしたが、お主は情で変えてしまう。まっこと、面白きことよ」
俺たちの言葉を聞いて、鍋に残っていたソバの実を食べていく者もいた。いくつかを採取している者もいた。少しだけ、今後に期待できる流れだった。
「一応言っておくが、育てることを忘れるなよ。そうでなくては、詰みすぎた時点で次が生えなくなる」
「ああ。よく言い聞かせておくよ。ローレンツ、あなたに感謝を。本当に、エルフの未来は変わるかもしれない」
そう言って、エルフは手を差し出してくる。俺はその手を握り、できる限りの笑顔を見せた。
これから先、エルフが味方になってくれる未来があるのならば。そんな希望が、かすかに芽生えた。