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第71話 平和への賭け

 アルスを失ったことで、エルフは混乱している様子だ。茫然自失とするもの、逃げようとするもの、自害するものまでいた。


 味方たちは、何も指示せずとも追い打ちをかけようとしている。戦術の話をすれば、ここで殺すのが正しいのかもしれない。味方だって、エルフたちに大勢殺されているのだから。


 それでも、俺は一歩を踏み出して語りだす。今からする話が、未来に繋がるように。


「両軍とも、矛を収めてくれ! まずは、俺の話を聞いてほしい。どうか、頼む」


 深く頭を下げる。敵も味方も、とてもざわついている。アスカだけは、まっすぐに立っているようだが。


 しばらく頭を下げ続けると、静かになっていった。


 自軍にも敵軍にも、まだ武器を離せない者が居るようだ。仕方のないことだろうな。自分だけが武器を捨てることなんて、とても難しいだろう。だが、あえて俺は、腰にある剣を投げ捨てた。その瞬間、ざわめきが広がる。


 エルフにも、剣を地面に刺した者がいた。俺の意思が伝わった証だろう。無論、まだ武器を持ったままの者も多いが。


 それを見ながら、俺はゆっくりと大きな声で話していく。


「人とエルフの戦いは、長きにわたって続いてきた。だが、今でも決着はついていない」

「恐れながら、殿下! 今こそ、真の決着を付けるべき時!」


 味方の中から、ひとりが前に出て反論してきた。厳しい顔をしているのが見える。もちろん、意見としては分かる。だが、現実的ではない。今ここにいるエルフがすべてなら、俺も滅ぼすことを検討しただろう。だが、違う。エルフはまだまだ居る。それを根絶することなど、不可能だ。少なくとも今は。


 だったら、少しでも有利な条件で講和したい。エルフを追い詰めすぎないように、慎重に。そんな思いを込めて、話を続ける。


「あえて言うが、わざわざ他者を殺すなんて、面倒なんだよ。どうせなら、平和にのんびりしていたいじゃないか」


 アスカがこちらをじっと見ているのを感じる。だが、わずかに微笑んでいる。俺の意図は、伝わっているのだろうな。もちろん、アスカを否定するつもりはない。だが、俺としては平和をめざすというだけだ。


 実際、命のやり取りなんて、疲れるだけだ。やらなくて済むのなら、そっちの方が楽に決まっている。


 自軍の中にも、頷いている人も居る。もちろん、反対したいだろう人も居るように見えるが。難しい顔も、いくつかは見えるからな。


 ただ、話を聞く気になってくれたみたいだ。敵も味方も。今のところは、誰も暴れていない。


 ということで、息を吸ってから言葉を続けていく。少しでも、何かが届くように。


「俺にだって、恨みはある。話していた仲間を殺されもした。俺自身だって、危ない時もあった」


 強い目で、こちらを見ている味方もいる。おそらくは、俺の言いたいことが伝わったのだろうな。だが、邪魔されないだけで十分だ。恨み言くらいなら、聞いてやろうじゃないか。それで問題が解決するのなら、安いものだ。


「だが、少なくとも俺は、恨みを理由にエルフを攻撃しない。エルフたちが俺たちを攻撃しないのなら、わざわざ殺さずに済むんだ」


 こちらをにらむ兵が居る。敵にも、味方にも。だが、それでも両軍は何も言わない。きっと、誰もが疲れていたのだろう。戦い続ける日々に。命のやり取りをする恐怖に。


 なら、今こそがチャンスのはずだ。そう考えて、話を続ける。


「エルフには、食料が足りないと聞いている。その解決策も、俺の頭にはある。そこに生えている花だ」


 地面に生えている、見たことのある花。ソバの花だ。実をつけているものもある。エルフの領地にも生えているのなら、希望はある。そうだよな。


「誰か、俺に手を貸してくれるエルフはいるか? 俺の指示で、その花を調理してもらいたい。まずは、俺が食べようじゃないか」

「面白いな。なら、うちが手伝ってやろうか?」


 そう言い出したのは、白い髪を伸ばしたエルフ。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、こちらに近寄ってきた。


「イリス様!? 裏切るのですか!?」

「始めから言っていたことであろう? うちは、面白い方につく。アルスが楽しませてくれたから、従っていただけ。もはや、義理などない」


 イリスとやらは、面白いからこちらの意見に従うのだという。だが、それで良い。どんな理由であったとしても、融和が進むのであれば構わない。


 そんな思いを込めて、なるべく笑顔を心がけて話を続ける。


「なら、手伝ってくれ。と言っても、実をしばらく水につけておいて、それから茹でるだけなんだが」

「ただ生えているだけの花を、食べられると? なら、うちらでも育てられるかもしれんな」


 俺の意図は、イリスには伝わったようだ。まさに、それが狙い。ソバの実がエルフの主食となったのなら、少なくとも飢えは抑えられる可能性が高くなる。


 つまり、エルフと戦う理由のひとつを潰せるかもしれないんだ。なら、賭ける価値はある。そうだよな。


「恐れながら、殿下! エルフ共に、施すというのですか! 御身の知識を!」

「なら、エルフが絶滅するまで戦うか? いつまでかかる? どれだけ犠牲が出る? そんなこと、やっていられない」

「ぐっ……」


 俺に反論してきた味方の兵は、返答が思いつかない様子で下がっていく。間違いなく、不満は残っているだろう。だが、それでも、いま終わらせなければ、いつまで経っても終わらない。


 デルフィ王国の、俺の未来を紡ぐためには、少しでも敵を減らさなければならないんだ。


「毒が入っているのではないのか? こんな草の、何が食べられるというのだ」

「分かっておらぬのう。だからこそ、ローレンツが食べるのではないか。のう?」


 エルフから出てきた意見には、イリスが反論してくれる。まさに、その通りだ。まあ、保険はあるのだが。仮に毒だったとして、サレンが居る。


 それに、毒を実際に食べるまでしたのなら、ある意味では覚悟の証明になる。どちらに転んでも、そう悪い未来にはならないと思えた。


「ああ。だからイリス、頼めるか?」

「分かった。水に浸けて、茹でればよいのだな。お主ら、しばらく待っておれよ」


 そう言って、イリスは作業に入っていく。手伝おうとすると、手で制された。そして、何人かのエルフがイリスを手伝っていく。


「これが育てられれば、俺達だって……」


 そんな事を言っている者もいた。つまり、飢えを課題として認識しているエルフなのだろう。味方が増えたような気持ちで、作業を見ていく。


 水に浸けられたソバの実が頃合いになるまで、俺たちは軽く話をしていく。


「のう、ローレンツ。お主には、エルフの未来はどう見える?」

「ハッキリ言えば、確信など何も無い。ただ、このまま戦い続けても、俺たちは共倒れになる可能性が高い」

「ふっ、臆病風に吹かれたか? 自分が死にたくないと」

「そうかもな。だが、誰だって、死なずに済むのなら死にたくないだろうさ」


 俺の言葉に、イリスは声を上げて笑った。心底面白いというように。その姿を見て、俺はイリスがどう判断するかを意識しながら観察していた。


「自らの弱さを、そうも簡単に認めるとはな。うちの魔法の弱点を見抜いたのは、お主じゃろうに。まっこと、興味深いことよ」


 イリスに認められたのか、今はまだ分からない。そして、転移の魔法を使っていたのはイリスなのだろう。それが分かった。だが、今は関係ない。とにかく話が進むようにと、俺は笑顔を意識し続けた。


 ソバの実の調理が進むごとに、少しずつ空気が緩んでいくのを感じていた。敵も、味方も。


 そんな俺たちの運命を変えるだろう料理が、火にかけられていく。それを見ながら、俺は祈るような心地でいた。

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