目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第70話 勝利を信じて

 アスカとアルスは、お互いに向かい合う。アスカは自然体でハルバードを構え、アルスは強い眼光を放ちながら剣を構える。


 まずは、アルスが剣を振り出した。魔法で生み出された刃も、同時に放たれる。アスカはハルバードで打ち返す。


「ふむ。この程度でどうにかなる相手ではないか。仮にも大将が命をあずけるだけのことはある」

「その程度が全力なら、私の敵じゃない。早く死んで」


 アルスは続けて炎と雷を放つ。爆音が響き渡り、耳をふさぎたくなるほどだ。ここまで熱が届くほど、激しい勢いで燃え上がったり炸裂したりしている。アスカは凄まじい勢いで避ける。そのままハルバードを叩きつける。アルスも避けたが、地面から激しい土煙が舞い上がる。


 お互い、とんでもない威力の攻撃を叩きつけ合っている。どちらかの一撃が当たった時点で、勝負は決まるだろうな。俺は息を呑みながら、ただ見ているだけだった。まあ、うかつに声をかけて邪魔でもしたら、それこそ大問題だ。仕方のないことだろうな。


「なぜお前は、人間になど仕えるのだ? 異種族に仕えるなど、誇りはないのか!?」

「知らない。ローレンツ様は、私の主。それで良い。私の望む戦場を、何度も用意してくれた」


 アルスとアスカは、問答をしながらお互いに攻撃を放つ。アルスは斬撃と炎を同時に放ち、アスカは斬撃を打ち払い、炎をかいくぐる。


 確実に言えることは、アスカなりに俺に忠誠を抱いてくれていることだろうか。だからこそ、俺の命運を抜きにしても勝ってほしいと思える。アスカに幸せになってほしいのは、打算もあるが本心でもあるのだから。ただの戦いなんかで死んでほしくない。


 アスカはずっと涼しい顔をしている。それだけのことに、安心感と頼りがいと、少しの寂しさを覚えた。祈るような心地で、アスカのことをじっと見る。


 そして、アスカは笑みを浮かべながら敵の攻撃に対処していく。雷が飛んでくれば最低限の動きで避け、炎で焼かれそうになれば、素早く駆け回って逃げる。斬撃を叩きつけられたら、ハルバードで打ち払う。


 まるで反撃に出ないままなので、俺の目には苦戦しているようにも見えた。だが、アスカならきっと勝てる。信頼か、盲信か。分からないまま、拳を握りしめて見守っていた。


「なかなか強いな。私の配下になれば、世界を支配するための戦いにいざなってやるぞ? ローレンツとやらに仕えるより、よほど満たされるだろうさ」

「断る。私の主はローレンツ様。それで良い。ローレンツ様の邪魔をするものは、殺すだけ」


 そう答えながら、アスカはハルバードを叩きつけようとする。対するアルスは、正面一帯に炎と雷、斬撃を同時に叩きつけていく。どう考えても、アスカに避けられないようにする戦術だろう。


 だが、アスカの対応は常軌を逸していた。ハルバードが消えたと思ったら、すべての攻撃がかき消されていた。よく分からないが、真空でも作ったのだろうか。とにかく理解できたのは、圧倒的な速度でハルバードが振り抜かれ、それによって攻撃が打ち破られたということだけ。


 やはり、アスカは最強なんだ。目の前で笑みを浮かべて戦っている姿を見て、改めて確信できた。


 アルスも、目を見開いている。やはり、ある程度は自信のある策だったのだろう。とはいえ、まだどちらも無傷のままだ。ここから勝負がどう転ぶのかは、まだ分からない。


 ただ、分かりきっていることがあった。一度天秤が傾けば、あっけなく戦いは終わる。シーソーゲームなんて起こり得ない。一手間違えただけで、簡単にアスカは負ける。


「やはり、強い。だが、私の切り札はまだ見せていなかったな。今こそ、見せてやろう!」


 アルスは剣にものすごい力を集中させていく。おそらくは、魔力とでも呼ぶべきものを全力で込めているのだろう。魔法が使えない俺でも分かる圧迫感があった。空気の震えのようなものが、見ているだけの俺のもとにまで届いている。


 おそらく、この切り札に対処できるかどうかで、アスカの命運は決まるだろう。そんな予感があった。


「受けよ、エルフを統べし者の力を! これが、神なる剣だ!」


 そのまま、アスカに向けて剣を叩きつけていく。強烈な光が発され、その後に爆音が響く。地震かと思うほど、地面が震えた。土煙が舞い上がったこともあり、何も見えない。俺はただ、アスカが無事であることだけを祈っていた。


 しばらくして、土煙が晴れる。その先には、アルスの姿しか見えない。まさか、アスカは敗れたのだろうか。そんな疑念がわずかによぎり、段々と広がっていく。全身が震えているのは、誰かが見れば一発で分かっただろう。


「アスカ!」


 そんな声を、思わず発してしまう。俺は自分の立場も忘れて、ただ感情的に振る舞ってしまった。本来なら、死ぬ直前まで堂々としているのが、総大将としての姿勢だろうに。


 アルスは高笑いをしている。そんな姿に、絶望感が広がっていくのを感じていた。


「ローレンツ様、私はここに居る」


 俺の隣から、そんな声が届く。ふと横を見ると、アスカが笑っているのが見えた。つまり、アスカは敵の攻撃を避けて、ここまで来たということなのだろう。何一つとして見えてなどいなかったが。


 つい、全身から力が抜ける。それこそ、座り込んでしまいそうなほどに。そんな俺を見て、アスカはもう一度笑った。


「ありがとう、ローレンツ様。私を大切に思ってくれて。だから、私は勝つ。ううん、もう勝っている」

「それは、どういう……?」


 アルスの方を見ると、剣が砕けていくのが見えた。技に耐えきれなかったのだろうか。あるいは、アスカが何かをしたのだろうか。何も分からないまま、アスカを見る。すると、もう一度笑顔を浮かべた後、また消えた。


 ただ、俺のところまで届くほどの、爆発的な魔力を感じていた。アスカが隣にいるような暖かさと共に。アルスをも上回るほどの力強さが届くのに、まるで包みこまれるような優しさもある。それを感じるだけで、俺はアスカが勝つと、心から信じることができた。


「エルフの、未来は……」


 そんな声が聞こえたような気がして、気づいた頃には、アルスの首が消し飛んでいるのが見えた。見ることもできないような速度で、アスカは首を刈り取ったのだろう。


 そのまま、アスカは堂々とハルバードを掲げる。誰もが分かる勝利の宣言に、俺も味方も、心が震えているのを感じていた。


 俺の近衛騎士が、アスカが勝った。そんな喜びに、叫び声を抑えることができなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?