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第69話 すべてをかけて

 敵は転移を使って、こちらの虚を突いてきた。とはいえ、俺は転移の制限に当たりがついている。おそらくは、回数だ。


 当然のことだが、100%の確信など持つことはできない。どれだけ精度の高い予測だとしても、外れる可能性は常にある。だが、細かい検証などしている余裕はない。外れたら俺も死ぬと承知の上で、博打に出るしかない。


 きっと、3回が限界だ。その根拠は、以前の戦い。敵は自陣に戻る時に、転移を使っていなかった。そして、3回転移を使っていた。


 もちろん、反論だってできるだろう。当日のうちに事前に使っていた可能性はある。そもそも、回数以外の制限の可能性だって否定できない。


 ただ、俺は賭けに出る価値があると判断していた。というのも、敵が勝負に出ているのが見て取れるからだ。そして、転移をもっと使えるのなら、今ダメ押しするのが効率がいいからだ。だから、使えない理由があるのだと思える。


 ここで勝てなければ、俺たちは終わりだ。仮に敵が転移を残していたのなら、その時点で大きな痛手を受ける。その上、長引けば長引くほど、転移による疲れや士気の下落、食糧問題などの状況が悪くなっていくだけ。


 なら、一か八かだとしても、攻めるべき時だ。負ければ死ぬ。そう分かっていても、俺は興奮を抑えきれなかった。その心のままに、俺は叫ぶ。


「敵の転移は、もう限界だ! だからこそ、ここで決めに来たんだ! 今こそが好機! 俺たちの手で、終わらせてやろう! 敵将を討つんだ!」

「本当か……?」

「いや、俺は殿下を信じる! 俺達と一緒に、命を張っているんだから!」

「どの道、転移が無限に使えるのなら負けだ! なら、一花咲かせてやろうぜ!」

「行くぞ! エルフ共に好き勝手させてたまるか!」


 少しだけ不安があるようだが、それでも勢いづいてくれた。若干後ろ向きな決意にも見えるが、まあ良い。俺も似たような心境だからな。本気でやけっぱちになられると困るが、そのレベルではないのだし。


 とにかく、なんとしても敵将のアルスか転移魔法の使い手を討ち取りたいところだ。それができなければ、厳しいだろうな。そんな心持ちの中、俺は兵たちと共に足を進めていた。


 ここが勝負どころだというのは、敵も分かっているはず。だから、きっとアルスも出張ってくる。そんな予感があった。なにせ、エルフの英雄とまで呼ばれていたのだから。


 そのまま、俺たちは突き進んでいく。誰もが決意を秘めて、武器を構えていた。俺はただ、中央に立つだけ。旗を掲げて、王家の威光ここにありと示しながら。


 自軍と敵軍がぶつかり合い、血で地面が染まっていく。そんな中で、こちらの陣形が乱れている場所があった。様子を見ると、敵が剣を振るごとに、明らかにおかしい人数が倒れていく。まるで、刃が増えているかのように。


 その上、火や氷、雷といったものも敵は飛ばしている。焼かれるもの、叩き潰されるもの、凍りつくもの、色々といた。


 敵が一度剣を振るだけで、何人もが倒れる。その上、剣を振りながら魔法を撃っている。


「我がいる限り、この戦場に敗北はない! さあ、エルフの有志どもよ! 立て!」


 そんなことを言いながら、敵は暴れまわっていた。おそらくは、アルスなのだと思う。強さからしても、立ち回りからしても。


 だが、きっと好機だ。そう思えた。アルスが前線に出るということは、逆に出なければならないということだ。これまで、アルスらしい存在は見当たらなかった。転移よりも大きい切り札を出してきたのだ。そう信じられた。


 なら、後はいま目の前の戦いに勝てば良い。そう考えながら、俺は叫ぶ。


「さあ、俺の首を取りに来てみろ! デルフィ王国の王子たる俺を討ち取ってみろ! そうすれば、デルフィ王国は終わるだろうさ!」


 アルスがこちらを向いたのを、肌で感じた。殺気のようなものが突き刺さるのを感じる。だが、これでいい。敵の動きを制限できたのなら、十分だ。


 後は、無様でも逃げ回るだけ。そうすれば、アスカがやってくる。アルスを討ち取ってくれる。そう信じていた。


 だが、俺の思うようにはならなかった。アルスはこちらに突っ込んできた。そこは予定通りだったのだが。


「なんとしても、殿下をお守りするぞ! そうすれば、俺たちの希望は繋がるんだ!」

「殿下の紡ぐ未来に幸あれ! 今こそ、誇り高い死を!」


 そんな事を言いながら、誰もがアルスに向けて突き進んでいた。勝てもしないことなど、分かっているだろうに。実際、多くの兵はただ殺されるだけ。それでも、死体の山がアルスの進路を妨害する。


 兵は時に死体の影から、時に真正面から、あるいは背後からも突っ込んでいく。そして、そのたびに倒れていく。顔までは見えないが、満足そうに死んでいくのが分かった。


 だからこそ、俺は逃げられなかった。見捨てるのが怖かったからかもしれない。士気を高めるために命を張っていたのかもしれない。いずれにせよ、ただ見守るしかできない自分を、ほんのわずかに憎んでいたのは確かだ。


 味方の兵は、なんとかしてアルスを足止めしようとする。囲み、矢を射かけ、一度に突撃もする。だが、すべて振り払われていく。矢は風で乱され、囲みは強引に潰され、突撃はただ一度の斬撃で両断されていく。


 一歩一歩敵が迫る中、俺はどれだけの時間を耐えられるのかを考えていた。それでも、誰も止めることなどできない。


 そんな中、もう少しでアルスが俺にたどり着くという段階になって、敵陣を切り裂く光が現れた。具体的な映像など何一つなくても、俺には分かった。


 戦力という意味で俺が最も頼りにしている近衛騎士、アスカが現れたのだと。アスカは飛んできた炎を、目にも止まらぬ速度で切り払う。そして、何事もなかったかのようにたたずんでいた。


 そんなアスカは、敵にハルバードを向けながら語った。


「ローレンツ様の敵は、殺す。せいぜい、私を楽しませて」


 そんなアスカに、アルスは笑いながら返す。


「並々ならぬ将と見た! 一騎打ちをしようではないか! 私が最強だと、ローレンツとやらに教えてやろう!」

「別に良い。邪魔をするやつは、みんな殺すだけ」


 向かい合うふたりを見ながら、俺は万感の思いを込めて叫んだ。


「アスカ! 俺の命は、お前に預けた! お前と命運を共にしよう! だから勝て!」


 そんな俺の言葉に、アスカが笑ったような気がした。

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