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第68話 逆転への策

 俺は敵陣の場所を割り出すという策を実行した。そして、当たりをつけるところまでいった。どこまでいっても、確信まではできない。結局のところは、ただの賭けだ。


 だが、俺は自信満々に宣言しなければならない。兵士たちに命をかける価値があると思わせなければならない。失敗したら、俺も死ぬ。そうと知っていても、恐れなど持たないかのように。


 覚悟を決めて、今も戦う兵士たちに向けて宣言する。


「お前たちの働きのおかげで、俺は敵の大将がどこに居るのかを割り出した! 敵は南西にありだ! 頭を討ち取って、必ず勝つぞ!」


 南西を指しながら、俺は堂々と叫ぶ。まるで敵の姿が見えているかのように。そして、兵たちは大声を上げた。


「これで、勝てるんだ!」

「殿下、万歳!」


 兵たちの顔は、どこか晴れやかに見える。やはり、苦境だと感じていたのだろう。だが、ここから挽回してみせるさ。できないのならば、俺も一緒に死んでやる。


 俺の判断が正しいのかなんて、今でも分からない。もしかしたら、見当違いのことを言っているのかもしれない。それでも、もはや立ち止まる余裕はない。今の賭けに勝てなければ、どのみち俺たちは終わる。ただ防御を固めていても、転移に翻弄され続けるからだ。


 ならば、せめて前のめりに死ぬまでだ。いや、生きるつもりではあるが。俺は決意を固めながら、伝令に指示を出した。


「伝令! サレンとアスカ、ルイズに伝えてくれ! 敵に逆撃を仕掛けると!」

「はっ!」


 そして俺たちは、敵陣に向けて進みだした。まだ攻めてくる敵をかいくぐりながら。当然、横合いから攻撃もされる。倒れる将や兵もいる。それでも、俺たちは前に進んでいた。


 しばらく進んでいくと、俺たちとは違う兵の姿が見えてくる。つまり、俺の戦略は当たっていたということになる。だが、ここからが本番だ。敵の場所が当たっていただけで、戦うのは今からなのだから。


 ほっと息をつきそうになるが、我慢する。少しでも味方に不安を見せてしまえば、士気の崩壊につながる。そんな事は、誰に言われずとも分かっていた。


 だからこそ、当たり前に勝利を信じている俺を演じる。そう意識しながら、腹に力を入れて叫びだす。


「さあ、俺の策は当たったぞ! 勝利は目の前だ! ただ目の前にいる敵を打ち破れば、それで終わりだ! 行くぞ!」

「応!」


 簡単な返事とともに、兵たちは突き進む。無論、敵だってこちらに対して抵抗してくる。精霊術を用いて、火を放ってきたり、雷を放ってきたり。地面が焦げたり、味方が焼けたり、鼻につくような匂いが届いてきたりした。


 味方たちは、なんとか敵の炎や雷をかいくぐりながら剣を振る。もちろん、避けられずに当たる味方もいる。敵を切り裂く兵もいる。両軍ともに、バタバタと倒れていく。


 それでも、兵たちの目には希望があるように思えた。志半ばで倒れるものも大勢いたが、誰もが振り返らずに突き進んでいく。


 特にサレンの部隊は、圧倒的な勇猛さを見せつけていく。味方の死体を平気で踏み越えて、目に映る敵全てを切り刻んでいくかのよう。きっと、苛烈な顔をしているに決まっている。


 敵兵も、精霊術の行使が乱れているように見えた。迫りくるサレンの部隊は、恐怖の象徴なのだろうな。俺が同じ立場だったとして、平常心を保っていられるかは怪しい。


 そして、アスカも敵陣に突撃していく。供も付けずにたったひとりで突っ込んでいって、精霊術もろとも敵兵を切り裂いていく。おそらく、凄絶な笑顔をしているのだろう。


 目で追うことすらできずに、気づいたら敵兵が死んでいる時すらある。あまりにも圧倒的な力だという他ない。やはり、アスカを見いだせたことは俺の最大級の功績だ。戦場を見ながら、そんなことを考えてしまった。


 そしてルイズは、幻影で敵陣を混乱させているようだ。どうにも、今度は自軍の動きにわずかにズレを認識させている様子。つまり、敵は狙いやタイミングをずらされて、思うように攻撃ができなくなっている。相変わらず、戦略的にかなり強い魔法だ。


 ルイズを連れてきたのは魔法が便利だからだと思ってはいた。だが、俺の想像以上の活躍をしてくれている。今となっては、誰よりも頼りになる味方かもしれない。


「勝てる、勝てるぞ!」

「エルフ共を討ち滅ぼすんだ!」


 そんな声が、兵から届くようにもなっていた。わずかに自軍の気が緩んだ。そんな瞬間を見計らって、目の前の敵の多くが消えた。つまり、転移だ。


 同時に、後ろから騒がしい音や声が聞こえてきた。これまでよりも激しい断末魔の声が。


「勝てると思ったのに……。どうすればいいんだ!」

「こんなの、簡単に逃げられて終わりじゃないか!」


 絶望しているような声も、俺のところに届いてくる。士気が弱まっていくのを、俺は感じていた。確かに、背後に転移されたことはダメージが大きい。だが、敵は追い詰められてから転移をした。つまり、自由自在に転移を使えるわけではない。


 今だって、自陣はわずかに立て直しの動きに入っている。サレンやアスカ、ルイズは対策を仕込んでいる。だったら、次に転移をして、もっとこちらを撹乱すれば良い。でも、敵は実行していない。


 だから、少しでも多くの兵に届くように、俺は叫んだ。


「いや、俺たちは勝てる! 転移の弱点は、俺が確かに見抜いた!」


 わずかに不安を抱えながらも、俺は逆転の策を信じているかのように堂々と立っていた。

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