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第67話 希望に向けた策

 敵の使う転移魔法には、おそらく弱点がある。そして、候補はいくつかに絞れている。とはいえ、まだ窮地であることは変わっていない。転移魔法というのは、とてつもない脅威だからだ。


 結局のところ、相手が転移魔法を持っているという時点で、戦略的には不利と言わざるを得ない。どう考えても、戦場では強すぎる魔法なんだよな。極端な話、こちらが敵陣に突撃して、相手が背後に転移してきたら、それだけで大損害を受けるのだから。


 つまり、このままでは負ける。どこかで賭けに出なければ、勝つことはできないだろう。そんな予感があった。


 どんな賭けをするべきか、頭を悩ませていた。案はあるのだが、賭けに出る価値があるものか。主だった仲間に相談することに決めた。


 実際に行動に移るのは、アスカとサレン、そしてルイズ。もちろん、兵士たちも。とはいえ、兵士ひとりひとりの許可を取って行動するなど現実的ではない。妥協点として、3人の許可だけは得る。そう判断した。


 周囲を警戒させながら、皆を集める。無表情なアスカ、真剣な顔をしているサレン。穏やかな笑みのルイズ。さて、俺の計画はどう判断されるだろうな。皆を見回して、さっそく本題に入る。


「俺達は、どこかで賭けに出るべきだろう。そこで提案なのだが、敵将をなんとか討てないだろうか」

「ローレンツ様の命令なら、やるだけ」

「今は、どこに敵将が居るかなんて分からないよね? どうやって探すつもりなんだい?」


 サレンの指摘は、当然俺も理解している。だが、分の悪い賭けではないはずだ。というのも、敵は俺達の動きに的確に対応してきているからだ。


 つまり、俺達の動きをある程度近くで確認しているはずなんだ。少なくとも、砦を攻めた時の対応は。平原で襲われた時は、ただ送ってきただけという感じはあったが。


 もちろん、負け筋もある。敵がユフィアのような魔法を持っていた場合。すなわち、遠くの戦況を確認するための魔法を持っていて、転移もとても遠くから実行できた場合だ。


 だが、転移がどこからでもできるのなら、どの道負けるだろう。そんな可能性、想像するだけ無駄だ。あるいは、ユフィアなら対応できるのかもしれないが。とはいえ、今はユフィアは居ない。なら、撤退することすらできないで終わるだけ。もう詰んでいる。


 つまり、今から勝ちを拾うためには、敵の能力が不足していることに賭けるしかない。まあ、当然だ。転移なんて魔法、事前に情報を集めて対策できていなかった時点で終わっているんだ。戦略的には、すでに立派に敗北している。


 だからこそ、戦場での勝利でひっくり返すしかない。まったく、馬鹿げたことだよな。


 それでも、賭けに勝てれば逆転はありえる。転移魔法使いを討つことができた場合も、敵の将を討てた場合も。エルフの英雄とまで呼ばれる存在が大将なんだ。落としてしまえば、敵は大きく揺らぐ。間違いない。


「あえて乱れた陣を取ってみようと思う。それにどう対応するかで、敵がどこから情報を得ているかを割り出すんだ」


 北から見ていれば、東が弱点に見える。南から見ていれば、西が弱点に見える。そんな陣形を組むことができれば、だが。俺は素人だから、サレンとルイズに期待するしかないが。ただ、可能なら有効なはずだ。


「ああ、なるほどね。北東と南西の陣を厚くすれば、ある程度敵の動きは絞れるかもね」

「私の幻影も混ぜるのはどうかな? 例えば、西にだけ予備部隊が潜んでいそうな感じに、ね?」


 打てば響くという感じで、サレンとルイズは俺の案に付け足してくれた。となれば、実現はできるのだろう。なら、俺もここで命を賭けるという姿勢を見せよう。無論、策が失敗した時点で俺の命は危ういのだが。もっと俺を最大限に利用しないとな。


「なら、大将が、つまり俺がどこに居るか分かる形で旗を立てられるか? そうすれば、もっと誘導できるはずだ」

「殿下も本気なんだ……。なら、私は期待に応えてみせるよ。本気の魔法を、見せてあげる」

「僕が猛将と呼ばれているゆえんを見せてあげよう。それで良いよね?」

「私は戦うだけ。決まったら、指示して」


 そのような形で、俺達の方針は決まった。後は細かいところを詰めていき、実行の段へと移っていく。


 作戦の始まり、俺は隣で堂々と旗が立てられるのを見ながら、兵士たちを見て頷いた。それに対し、兵たちも強く頷いてくれる。


 さあ、後は攻めてくるのを待つだけだ。そう考えながら、俺は陣の中央で報告を待っていた。まず初手は、おそらく北西か南東から攻められるだろう。そこが薄いのだから。


 どちらから攻めてくるかで、敵の動きが絞れる。だからこそ、俺は最初の報告を祈るような心地で待っていた。


 そしてしばらくして。伝令が勢いよく駆け込んできた。


「敵は東から攻めてきました! 被害は甚大! 至急救援を願います!」


 少し予想外ではある。露骨に薄いのは、北西か南東なのだから。つまり、ある程度の駆け引きを持っているはずだ。まだ、正確に意図は読めないにしろ。


 自陣には疲れが見える。急に転移で敵が攻撃してくるのだから、当然だろうな。


 ただ、これで敵の位置は大きく絞ることができた。可能性が高いのは、南方向だろうか。おそらく、東はないな。もちろん、4方向だけということはないが。南西の可能性もあるだろう。


 予定では、まずはサレンが動くことになっている。俺は士気を少しでも高めるために、周囲に聞こえるように伝令に返答する。


「敵の動きは狙い通りだ! サレンが対応してくれる! 俺達には勝利が待っているぞ!」


 その言葉に、歓声が上がるのを感じる。かなり大きな声なので、いま戦っている敵味方にも届くかもしれない。なら、敵はどう動くだろうな。


 サレンの動きに対応するつもりなら、こちらの弱いところを引き続き狙ってくるはずだ。そのために、ルイズが幻影を出すように予定を立てた。


 自陣が混乱を起こしており、北西と南が壊滅的だと見えるように。つまり、そこから攻めてくれば、敵は俺達の弱点を突けるんだ。


 これまで、俺達は幻影を敵への反撃にばかり使っていた。だからこそ、自陣に歪みがないかに気をつけるはず。仮に気づかれても、もともと弱い場所を攻めてくる。そちらならそちらで、敵の情報を絞れる。


 しばらくして、また伝令がやってきた。


「敵は北西から攻めてきました! 応援願います!」


 その報告によって、俺は敵の本陣に当たりをつけることができた。おそらく、敵は南西に居る。なにせ、真南なら北西の様子は確認できないのだから。東に転移した敵のことを考えても。


 敵の場所が割り出せたので、俺は敵陣に逆撃を仕掛けることを決めた。これで決着が付けられるようにと祈りながら。

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