エルフの国において、俺達は急な襲撃を受けた。敵が転移の魔法を持っているとすると、どうにかして対処法を見つけ出さなければならない。他の魔法だとしても、種を見破らなければならない。
進むにせよ引くにせよ、敵の魔法に対策できなければ被害が増えるだけだ。そこで、現状でも何らかの対応をしたい。その方針を、サレンやルイズとまとめることにした。敵の動きを警戒しつつ、また会議を開く。
「さて、どう動くにしても、できることなら防御を固めておきたいところだな。このまま防衛の陣を張るか?」
「殿下は分かっていると思うけれど、下策だよ。敵に対応できるだけの陣を張ってしまえば、僕達は進むことも引くこともできなくなる」
「なら、いっそのこと防御を捨ててみる? なんて、襲われて終わりか」
サレンの意見もルイズの意見も、妥当なところだ。援軍を期待できる状況ではない以上、俺達は動くしかない。とはいえ、もはや上策を出せる状況ではないだろうな。下策の中から、一番マシなものを選ぶしかないはずだ。
そうなってくると、防御を捨てるのも悪くないかもしれない。どうせ、転移に対して的確な防御をすることはできないんだ。完璧は諦めて、妥協するのがマシに思える。
よし、とりあえず提案してみるか。
「確か、近くに砦があったよな? 攻め落としてから、そこを拠点に転移の弱点を探るのはどうだ?」
「もちろん、攻めている最中に敵は転移を使ってくるだろうね。だけど、何もしなくても負けが待っているだけ。僕は賛成かな」
「敵が攻めてくるのが分かっているのなら、対策すればいいだけだもんね。私とアスカさんが居れば、取れる手段はいくつかあるから」
俺も同じような考えで、今の案を出した。やはり、悪くない意見なのだろう。いつ攻められるか気を張り続けるより、むしろ楽なくらいに思える。
防衛に専念しても、どこかで気が緩む。だから、そのスキを付かれるのが当たり前になる。ならいっそのこと、こちらで戦局を動かす。名案とはとても言えないが、やる価値はあるはずだ。
もし敵がこちらを全力で潰そうとするのなら、魔法の限界を探れるかもしれない。まあ、戦術目標はあくまで砦を落とすことだ。それに集中しよう。敵が有利な状況下で、あまり欲張るべきではない。とはいえ、敵の動きをできるだけ観察したいところだな。
よし、方向性は決まった。後は、実際に戦うだけだ。もちろん、苦戦はするだろう。だが、転移という手札を敵が持っている時点で、こちらに優位に動くものではない。どこかで諦めるべき。それは今だと信じていた。
さっそく俺達は準備を進めて、実際に砦に向かって攻め込んでいく。当然、大きな抵抗があるだろう。砦からも、敵の転移からも。そして、大きな被害が出るのだろうな。そんな不安か恐怖か、あるいは諦めか。よく分からない感情を持ちながら、俺は号令を出した。
「さあ、目の前にある砦を落とすぞ! 敵の脅威を打ち破り、俺達の手に勝利を!」
「おおー!」
演説に時間をかければ、きっと隙になる。それを理解していたから、簡単に終わらせた。そして俺達は、目の前の砦に攻め込んでいく。
まずはサレンが配下とともに突撃していき、門を開けようとする。だが、当然のように抵抗を受ける。それを感じながら、俺は転移に対して警戒を続けていた。
その気になれば、俺だけを暗殺することもできるかもしれない。どうしても後手に回らざるを得ない状況に歯噛みをしながら。
やがて、伝令が飛んでくる。
「報告です! 右方から敵襲! 対応を願います! 将が複数名討たれております!」
「ルイズ! 予定通りに頼む!」
「分かった! 行ってくるね!」
やはり犠牲は抑えられないかと嘆きたい心を抑えながら、平常通りの指示を出す。俺が弱い姿を見せれば、確実に混乱が広がる。それを避けるためにも、余裕だという態度を崩さなかった。
まずは初手。ルイズの幻影で、こちらの軍の数を誤認させる手段を取る。味方の陣を楽に落とせるように見せかけ、攻めを誘発させる。同時に、横合いから攻撃する少数の別働隊を、大軍だと勘違いさせる。そんな計画だ。
実際にうまく進んでいるようで、敵兵達の動きが乱れているのが見える。そこに味方の増援を追加し、段々と敵を打ち破っていく。
だが、また伝令がやってくる。
「報告です! 右方の敵は撤退! 同時に左方から敵襲です! 複数の部隊が壊滅状態!」
「アスカ! 敵を蹂躙しろ!」
「任せて。目の前の敵は、皆殺しにする」
「伝令! ルイズを呼び戻してくれ!」
「かしこまりました!」
アスカに全力を発揮させるために、まずは部隊を受けに回らせた。しばらく拮抗している間に、アスカは横合いから殴りつける。
圧倒的な勢いで敵は倒れていき、また敵兵の動きが乱れているのが見えた。それと同時に、ルイズも戻って来る。だが、まだ終わりではないようだ。
「報告です! 左方の敵は撤退! また、背後から敵襲です! このままでは、サレン様の部隊に被害が!」
「ルイズ、時間を稼いでくれ! 提案したやつで頼む!」
「分かったよ! 任せておいて!」
「伝令! アスカにルイズと合流するように伝えてくれ!」
「かしこまりました!」
ルイズの幻影で、今度は弓兵と騎兵の位置を誤認させた。槍兵に足止めさせながら、敵は他の部隊に警戒する。だが、突撃するはずの騎兵は攻めず、弓兵は突っ込んでいく。敵はそんな幻影に脅かされていた。
敵の立場からすれば、訳の分からないまま味方が倒れているようなものだろう。その混乱で時間を稼ぎつつ、アスカがたどり着くのを待つ。
そしてアスカがたどり着いた段階で、今度はアスカの姿をごまかす幻影を叩きつける。そうすることで、急に爆発的な強さの将に襲いかかられるという状況を作る。
アスカは、予定通りに敵を蹂躙していった。敵はアスカに狙いを定めることもできず、ただ倒れていくだけ。
しばらくして、敵は撤退していった。足を返して、勢いよく逃げていく。その姿を見ながら、どうして転移で撤退しないのかという疑問を抱いた。
おそらくは、制限がある。人数か時間か回数か、何かしらの。少なくとも、好き放題に転移を使えるわけではない。それは確信できた。後は、今回の状況を確認しながら仮説を固めていけばいいだろう。
それから、サレンが砦を落としたという報告も受ける。今回の作戦は、十分に成功と言っていいだろう。当然のように多くの犠牲者が出たものの、戦略目標は十分に達成できた。
何より大きいのは、敵の転移にも限界があるだろうという情報にたどり着けたことだ。
俺は確かな達成感を覚えながら、自軍の状況を確認する作業に移っていった。