俺達は国境を破り、エルフの国に侵入していた。そのまま、俺達は敵のもとへと進軍していく。平原の中を。だが、気になることがあった。間違いなく敵国に入っているのに、抵抗らしい抵抗がない。索敵にも引っかからない、
無論、楽観的に考えることはできる。敵は何も気づいていないのだと。だが、敵兵に襲われて伝令も出さないなんてこと、あり得るだろうか。
何もない事が一番いい。ただ、俺は事態を重く見ていた。何か気づかないところで、敵の策が進んでいるように思えたのだ。
ということで、サレンとルイズに相談することに決めた。天幕を構築し、周囲を警戒させながら。
サレンもルイズも、真剣な目でこちらを見ている。やはり、俺と同じ違和感を覚えている様子だ。どう考えてもおかしいというのが、素直な感覚だからな。
俺も二人の方をしっかりと見ながら、考えを話していく。
「想定していたより、明らかに妨害が少ない。うまく行っていると思うには、順調すぎる気がする。ふたりは、どう思う?」
「僕は同感かな。少なくとも、こちらの動きに気づいていないとは考えづらい。なら、策があるんだろうね」
「私なら、食料に毒でも仕込んで撤退する局面かな。それで弱った私達に攻撃するみたいな」
サレンの意見はとても納得できるものだった。それでも、サレンは笑顔を崩さない。そんな姿勢に、将としての誇りを感じた。頭がいちいち動揺していたら、兵たちはまともに戦えないだろうからな。俺でも分かることだ。つまり、俺も不安そうな顔をするべきではない。気をつけないとな。
ルイズの考えは、まあ分かる。砦やら集落やらに食料を残しておいて、毒を盛る。そうしてしまえば、こちらは弱る。理屈としては、正しいだろう。ただ、致命的な事態を避ける手段はある。要は毒見役を用意すれば済む話だからな。
しかも、こちらにはサレンが居る。毒を癒やす魔法を持っているんだ。どう考えても、対策は可能だ。
だが、そんなに順調に進む気がしない。俺が臆病風に吹かれているだけだろうか。いや、サレンやルイズも違和感を覚えている。だから、敵には何か手があるはずなんだ。それが分からないのが、もどかしいな。
「毒なら、毒見役とサレンが居れば大丈夫だろう。他の手段を検討したいところだが……」
「お話し中に申し訳ありません! 敵襲です! 急いで準備を!」
そのような報告を受けて、サレンもルイズも目が変わった。
「なら、指揮に移らないとね! 敵兵はどっち!? そっちだね! 行くよ!」
「私も、みんなを手伝わないと! 殿下、安全なところに居て!」
伝令が指さした方に、ふたりは武器を取って駆け出していく。俺にできることは、状況を整理することだけだ。ということで、伝令に詳しく話を聞くことにした。
「どうなっている? 周囲を索敵はしていたんだよな?」
「分かりません……。急に現れたようにしか思えないのです……」
そう言いながら、伝令はうつむく。失態だと考えているのだろう。敵兵が急に現れたとなると、普通は伏兵を疑うところだ。だったら、見逃したということになる。
だが、そんな単純な話か? いま進んでいるのが森なら分かる。市街地でも。だが、ただの平原だぞ。それを索敵して、どうやって敵を見失うというんだ?
やはり、何かがおかしい。考えられるとすれば、魔法だろうか。エルフの英雄は、精霊術と魔法を共存させているという。その魔法が、何らかの手段で俺達の前に突然敵を出現させた。その可能性が高いんじゃないだろうか。
思いつくのは、ルイズのような幻影。あるいは、地面の形を変えるような魔法。はたまた転移か。
いずれにせよ、ここは伝令を慰めておくべきだろうな。俺にできることは、ほとんどないのだから。
「気にするなとは言えないが、お前たちの仕事は疑っていない。今後とも励んでくれ」
「殿下……。かしこまりました。必ずや、殿下の危機を振り払ってまいります!」
そう言って、伝令は覚悟を決めたような顔で駆け出していった。しばらくの間音が響き渡り、俺は言われた通りに安全な場所で待つ。音が止まって、それからも待機する。自陣に落ち着いた空気が流れたのを感じて、俺は皆の前に姿を出していった。
サレンもルイズも舞台の指揮を取っており、何かしらの確認をしている様子だ。つまり、戦闘は終わったのだろう。そう考えて、二人の元へと向かう。傷を追った兵も多くいる様子で、床には血の跡がある。包帯を巻いている兵も多く、倒れたままの兵も居る。おそらくは、息のないものも。
駆け寄っていくと、ふたりは難しい顔でこちらを向いていた。
「やはり、犠牲は大きかったか?」
「そうなるね。リネンを連れてこなかったのは、正解だったよ。もちろん、殿下は守ってみせるけれど」
「敵は追い払えたけど、まだ手の内を残している感じだったね。何も分からないままなら、厳しいかも」
ふたりは神妙な顔をしている。敵が急に現れるとなれば、落ち着いて休むこともできない。かなり良くない状態だというのは、素人でも分かる。
そう考えて、俺の頭にある仮説が浮かんだ。原作キャラに、転移を使えるエルフが居なかったか? アルスに仕えているという情報は聞かなかったが。
だが、辻褄は合う。急に現れたとしか思えないという報告を受けたことと。周囲の索敵に引っかからなかったことも。隠れる場所がないはずなのに、襲撃を受けたことも。
とはいえ、どうやって伝えたものか。いくらなんでも、原作知識とは言えない。信憑性をもたせられない以上、転移と決め打ちさせるのは無理だ。
だが、有力な仮説として伝える程度なら、俺にもできる。ということで、必要な情報を伝えることにした。
「サレン、ルイズ、転移の魔法という仮説は、どの程度の確度だと思う?」
「なるほど。確かに、納得できる説ではある。ただ、当たっていると厄介だね……」
「そうだよね。ずっと警戒している以外に、対処の方法が無いから」
それが大きな問題だ。転移魔法が相手なら、相手が常に先手を取れるようになる。対策はいくつか思いつく。森の中に隠れるとか、市街地の中に潜むとか。要は攻めにくくすることだな。
だが、あくまで転移の対策であって、根本的に敵を打ち破る手段ではない。どうしても、後手に回ることは避けられないだろう。
「どうにかして、弱点を見つけないとな。そうできなければ、俺達は負けるだろう」
「うん。まさか無制限にどんな人数も運べるという事は無いと思う。魔法は、そこまで万能じゃない」
「私の幻影だって、目で見える範囲が限界だからね。それに、丸1日中は絶対に無理だし」
ふたりの言葉を受けながら、俺はどうやってこれから先に敵を打ち破るのか、頭を悩ませていた。暗雲がよぎっているような感覚を覚えながら。