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第64話 策の味

 俺の考えた作戦はルイズにもサレンにも受け入れられた。ということで、後は実行するだけだ。俺は士気を高めるために戦場に出向きこそするが、実際に指揮を取るのはサレンということになる。


 ルイズは魔法に集中するために、配下にはサレンに従うように指示している。つまり、俺はただ立って見ているだけということだな。まあ、それでも失敗や運次第で死ぬのだろうが。


 さて、いよいよ本番だ。俺のやるべきことが、あと一つだけ残っている。士気を高めるために演説をすることだ。みんなの前に立った俺は、一度周囲を見回してから右手を大きく上げ、大きな声で話し始めた。


「さあ、いよいよ俺達の戦いが始まる。まずは初戦。鮮やかな勝利を飾って、勢いづけようじゃないか!」


 それぞれの兵が武器を掲げて歓声を上げている。とりあえず、うまく行っていると思いたいな。さて、これでやれることは終わった。後は祈るだけ。まあ、正確には後ろの方で応援するという役割もあるのだが。


 とはいえ、重要な役割を担っているのは俺じゃない。指揮をするサレン、魔法を使うルイズ、最大戦力のアスカだ。それに比べれば、俺のやることなんて休んでいるのと大差ない。まあ、王子が戦場に出るということで、少しは指揮が上がると信じたいが。


 これから作戦が始まるという段になったので、少しだけ中心人物たちと最後の確認をしていく。みんな穏やかな顔をしており、戦闘が始まる前という感じはしない。ただ、自然体で戦場に臨めることこそが、彼女たちの慣れと強さを示しているのだろうな。そんな気がした。


 俺はしっかりと目を合わせながら、ひとりひとりに言葉を残していく。


「サレン。その猛威でエルフたちを打ち破ってくれ。デルフィ王国ここにありと、お前が示すんだ」

「もちろんだよ。僕たちがどれだけ勇猛か、殿下に見せてあげるからね」


 サレンはこちらにウインクしながら言う。なんとなく軽薄そうに見えるが、これが余裕というものなのだろうな。俺が同じ状況なら、緊張を取りつくろうことで精一杯だろうし。歴戦の風格という感じか。


 猛将と呼ばれるだけあって、戦いは苛烈そのもの。これからの戦場でも、敵に大きな傷を刻むはずだ。楽しみと言うと語弊があるが、期待しておこう。


「ルイズ。今回の作戦の成否はお前にかかっている。なんとしても、成功させてくれ」

「もちろんだよ。平和のために全力を尽くす。その気持ちは、ただの一度だって変わったことはないんだから」


 穏やかな笑顔で、ルイズは語る。全力を尽くすというのは、ルイズにとっては手段を選ばないということだ。毒殺、暗殺、謀殺、何でもする。それだけ平和への思いが強いということなのだろう。


 犠牲を少なくできるのだから、本気で挑んでくれることは間違いない。なら、俺は信じるだけだ。


「アスカ、お前ならきっと、俺の敵を打ち破ってくれるだろう。俺の未来を任せたぞ」

「分かった。本気で戦うだけ。ローレンツ様が用意してくれた戦場を、無駄にはしない」


 相変わらずの無表情で、アスカは淡々と話していた。これまでの戦いで、アスカは俺を守り続けてくれた。だから、きっと今回も同じだろう。


 アスカの望む戦場になるかは分からない。ただ、少しでも満足してほしいものだ。どうせ避けられない犠牲なら、楽しみの糧になるくらいでちょうど良い。そうでなければ、何も残らないのだから。犠牲になるものには、たまったものではないだろうが。


 三人に言葉をかけ、俺はもう一度三人を見回す。すると、みんなしっかりと頷いてくれた。さて、後は本番だけだ。皆が準備に移るのを見ながら、俺は頭の中で流れを振り返っていた。


 そして、実際に戦闘が始まるという段になった。サレンが国境を守っている敵に向けて突撃していく。それを見ながら、俺は大きな声を上げた。


「さあ、勝つぞ! 俺達の手で、デルフィ王国の平和をつかみ取る。その大きな一歩だ!」

「おおー!」


 前線に居る兵に俺の声が届いたのかは分からない。ただ、皆が叫んでいくことで少しは応援になっているはず。そう信じながら、戦況を見守っていく。


 サレンの突撃を受け、エルフたちは反撃する。武器を振り下ろしている相手も居るが、主に火や電気が飛んでいるようだ。それを受け、一部の兵が燃やされたり焦がされたりしながら倒れていく。


 だが、サレンの部隊は少しもひるまず突撃していく。そのまま両軍が激しくぶつかり合い、人々が倒れていった。


 しばらく自軍と敵軍がぶつかり合い、そしてサレン達は勢いよく撤退していく。ほうほうの体といった様相だ。当然エルフたちの追撃を受け、兵たちは倒れていく。


 だが、それこそが俺の望んだ状況だった。


「ルイズ!」

「任せて!」


 簡単な合図だけすると、敵の一部が慌てて後ろを振り向き、去ろうとする。


「逃げるのか! 臆病者め!」

「後ろに敵がいるのが見えないのか! 愚か者め!」

「言い訳にしては、甘すぎるぞ! 裏切り者だ! やれ!」

「そちらが裏切り者だろう! やるぞ!」


 そのようなやり取りをしながら、敵軍は自分たちでぶつかり合う。これが、俺の用意した策の第一手だ。サレン達は、そのまま逃げていく。反転して突撃することもできただろうが、これも予定通りだ。


 何をしたかというと、敵の一部に幻影を見せた。ルイズの魔法によって、サレンとは別の軍がエルフたちの本陣を攻めていると。つまり、幻影を見ている敵にとっては、本陣の窮地。だが、幻影を受けていない敵にとっては、急に後ろに逃げた臆病者の集団に映る。


 そういう訳で、仲間割れを誘発することに成功した。しばらく敵軍がぶつかっていく様子を確認しながら、サレン達は反転する。仲間割れが本格的になる前に共通の敵が現れれば、再度連携される可能性があった。だからこそ、サレンはタイミングを見計らっていた。


 次の一手として、アスカに敵の本陣を急襲させる。同時に、ルイズの幻影を別の形で使う。今度は、アスカを認識していない兵を作った。つまり、本陣が無事だという幻影を見せられている兵だ。


 先程までと同様に、敵兵は混乱していく。そのスキをついて、サレンもアスカも大暴れする。特にアスカは、台風もかくやという様子で敵をなぎ倒していった。誰も抵抗することができず、ただアスカに打ち破られるだけだった。


 アスカもサレンも、目に映る敵兵すべてを切り裂いていくという様子で、地面が赤く染まっていった。


 追撃部隊を打ち破ったサレンは、アスカに合わせて敵陣を攻略していく。この段階になってしまえば、もはや幻影など必要なかった。あっけなく敵は打ち破られ、俺達は国境を突破することに成功した。


 俺は自分の策が鮮やかに決まった喜びを感じながら、味方に向けて鬨の声を上げた。応える兵たちを見ながら、確かな満足感に浸っていた。

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