準備が終わったので、俺達はエルフ領へと向かっていた。今はもう少しで国境が見えてきそうなところだな。部隊の編成やら移動やら武器と食料の調達やら、まあいろいろあった。苦労したかと聞かれたら、かなりと返すだろう。
とにかく、ようやくエルフに対して攻め込むことができる。ハッキリ言って乱暴な手段だと、今でも思う。ただユフィアは、明らかにエルフは進軍の準備をしていると言っていた。魔法を使って確認しているのだから、本当だろう。
先手を取れるかどうかで、今後の戦局が大きく変わる。それを理解している以上、指を咥えて待っているわけには行かない。
ということで、今は国境の情報を集めて、どうやって攻略するかを会議する段階だ。押し切れば勝てるだけの戦力はあるだろうが、無為に味方を死なせて良いはずもないからな。それに、専門家の見立ても大事だ。
軍議に参加しているのは、俺とアスカ、サレンにルイズだ。主だったメンバーと言えば良いか。
ここに居ない人たちは、デルフィ王国を守っている。ユフィアやミリアは国を運営しているだろうし、バーバラが王都を守っているはずだ。スコラは、所用とかで自領に戻っている様子。まあ、色々とあるのだろうな。
まずは俺が、議長のような役回りとして話に入る。周囲を軽く見渡して、ハッキリと言葉を発した。
「さて、どう攻め込むべきかを考えていこうと思う。今のところ集まっている情報はどうだ?」
「今はまだ、そこまで警戒されていないね。一気に攻め込むのも、ひとつの手段だと思うよ」
「私は問題ない。突撃しても勝てる。命じてくれれば、すぐにでも行く」
「ちょっと待ってほしいな。私としては、できるだけ犠牲を少なくしたいんだ」
サレンは堂々と、アスカは淡々と、ルイズはまっすぐな目でそれぞれに意見を言う。どれも納得できる意見ではあるが、俺としては今後を考えたいところだ。
無論、いま勝つために全力を尽くすべきだという意見も分かる。だが、兵力は無限ではないし、敵に情報を与えることにもなる。隠せる手札を隠して勝つのが理想だろう。
とはいえ、あくまで俺は軍事の素人だ。実際に将として戦ってきたサレンやルイズの意見を聞くことは前提条件と言える。
さて、まずはルイズの話を聞いてみるか。そこから、次にどう動くかを考えよう。身内の好感度も気にしないといけないなんて、困ったものだ。だが、おろそかにすれば後で死にかねない。特にルイズが相手だと。暗殺される可能性は否定できないからな。
平和のために文字通り何でもするというのは、恐ろしいことだ。だが、今の世の中を考えれば必要なことだとも分かる。できるだけ、尊重しよう。
「ルイズ、犠牲を少なくしたいと言ったが、方策はあるのか?」
「うん。調べた感じだと、抜け道がいくつかあるんだ。だから、食料を焼いて囲めば良いんじゃないかなって」
なるほど。ルイズの狙いは兵糧攻めか。敵の領地であることを考えれば、中々に難しそうだ。少なくとも、本国に伝令が飛ばないように気を配る必要があるだろう。
ただ、成功すれば効果は絶大だというのは分かる。こちらの犠牲は少なくなる気がするな。どこまで現実的かは、サレンの意見も聞かないといけないが。俺はサレンの方に目を向ける。
「サレン、実行できると思うか? できるとして、問題点はあるか?」
「やっぱり、期間かな。食料にしろ、士気にしろ。今回勝つだけなら、可能だとは思うけれど」
「だったら、私から提案があるんだ。完全に飢えるのを待たずに、途中でお腹いっぱい食べさせてあげようよ」
笑顔でルイズは告げる。確かに、餓死するまで待つよりは早くなるだろう。確か、水さえあれば数ヶ月くらいは持つと聞いたことがある。それなら、優しさを見せて融和しようということだろうか。
ただ、懸念点はある。自作自演だというのは見え見えなのだから、敵は普通に満腹になった後に攻撃してこないだろうか。
というか、リフィーディング症候群の問題もあるよな。詳しいことは忘れたが、飢えてから満腹まで食べると死ぬんだったような。
まあ、俺ひとりで考える必要はないか。思いついたことは、みんなで整理すればいいよな。
「飢えた後にお腹いっぱいにしたら、死ぬようなことになると思うが」
「知っているよ。だから、提案したんだよ。その方が、犠牲もかかる時間も少なくなるでしょ?」
とても澄んだ目で、ルイズはこちらに微笑みかけてきた。その笑顔を見て、背筋が凍えたような心地になった。まさか、平気でリフィーディング症候群を戦術に利用しようとは。俺はルイズが恐ろしい。
ただ、有用性という面では理解できる話でもある。直接武器を交えるより、犠牲の数は減るだろう。そして完全な兵糧攻めよりも、期間は短くなるだろう。
それでも、俺としては反対したかった。人道にそむくということは、ただ心が痛むだけの問題ではないからだ。
「きっと、俺達は毒を使ったという評判が流れるだろう。サレン、お前はどう思う?」
「僕としては、武名が汚れる気もするけれど。でも、殿下がどうしてもと言うのなら、僕は受けるよ」
サレンの目は真剣だ。よほど覚悟が決まっているのだろう。なら、俺も本心をぶつけるべきだな。ルイズの作戦には反対だと。
無論、ただ反対するだけではダメだ。代案がないと。そのための手段は、頭の中にはある。後は、実現できるかどうかを確認しなければ。
「ただ勝つことを考えるだけならば、ルイズの案でいいだろう。だが、俺達はデルフィ王国の名を背負っている」
「名前のために、平和を遠ざけるの……?」
小首を傾げるルイズの目は、とても強い。相当な感情を抱えていることが分かる。無論、俺にだって犠牲を少なくしたいという感情はある。だから、誰もが納得する手段を追い求めるんだ。
「民衆は求めている。劇的な勝利を。そこで、ルイズに聞きたい。お前の魔法で、どれだけの人数を騙せる?」
「一応、私の視界に入るくらいなら……」
それを聞いて、俺は決断した。なるべく犠牲を減らした上で、素早く勝利してみせる。そのための戦術は、俺の頭にある。
最高の勝利を手に入れることを目指して、俺は口を開いた。