アスカを近衛騎士として採用することになった。ということで、宮中への紹介は必須だと言える。ちょうど良いことに、一通りのメンバーが集まる会合があったので、その場を借りて紹介をすることにした。
俺の知り合いは、ほとんどが今この場に集まっている。宮中伯や騎士団長派閥、宰相派閥の主要人物がそろった豪華な場だ。そこで、アスカを隣に立たせて皆の前に立った。
視線が集まる中、背筋を伸ばして腹に力を入れ、紹介の言葉を発していく。
「皆も知っていると思うが、この前開いた闘技大会の優勝者として俺の近衛になったアスカだ。できれば仲良くしてくれると嬉しい」
「アスカ。よろしく。ローレンツ様を守るために、頑張って戦う」
「ローレンツさんのために、力を尽くしてくださいね。アスカさん、期待していますよ」
アスカはいつも通りの態度だ。それに眉をひそめる人もいたが、立場の高い人間は落ち着いた様子だ。ユフィアなんかは、完全に穏やかな態度だからな。だが、何を考えているのか読めない人の方が怖いんだよな。さて、アスカについてどう思っているのやら。そう考えていると、まずスコラが口を開いた。
「殿下の言葉に異論を挟むわけではありませんが、アスカさんの実力は、殿下を守れるほどのものなのでしょうか? わたくしは、心配ですわ」
「ただの弱者ではないことは確かよ。でも、それだけでは、近衛としては足りないわよね?」
いま話したバーバラにしろスコラにしろ、闘技大会の開催を手伝ってもらった相手だ。だから、優勝者が近衛騎士になるという話も通している。にもかかわらず、反対する。どんな意図があるのだろうな。
バーバラは挑発的な顔をしているから、何かを試したいのだと思う。スコラも同じなのだろうか。穏やかな笑顔のままだから、よく分からない。
まあ、礼儀とか作法とか、なっていない部分は多い。だが、アスカの実力を知っているのなら、多少は見逃しても良い。そう判断するのが普通じゃないだろうか。いや、スコラやバーバラの派閥から近衛騎士を排出したかった可能性もあるな。
実際、スコラやバーバラの息のかかった人間も、闘技大会には参加していた。それら全てを押しのけて優勝したのが、アスカではあるのだが。
ただ、アスカが持っているのは強さだけだ。政治力もコネも、何もかもが足りない。だからこそ、圧倒的な力を証明する必要があるだろう。闘技大会を見ていなかった人にも分かる形で。
アスカと目を合わせると、頷かれた。さて、なら話は簡単だ。スコラとバーバラの意見を、利用させてもらおう。
「そんなに不安なら、アスカの実力を体感してみれば良い。それでどうだ?」
「面白いな。殿下の騎士がどの程度か、妾に見せてもらおう」
「ええ、構わないわよ。あたしが直々に、試してあげるわ」
「まずは、わたくしですわ。殿下が頼るべき者が誰なのか、示してみせますわよ」
ミリアが楽しそうに流れを作り、バーバラとスコラが乗っかる。さて、アスカは連戦となるわけだが、大丈夫だろうか。そう考えてアスカの方を見ると、握りこぶしを胸の前に作っていた。やる気いっぱいって感じだな。なら、期待して待っていよう。
前に出たスコラは、笑顔のままアスカに語りかけていく。
「獣人らしく、あなたの魔法を、いえ、獣人は気と呼んでいるのでしたか。それを使っているようですけど、わたくしには勝てませんわよ」
「……? 闘技大会では、気なんて使っていない」
アスカは心底不思議そうに言っていた。その言葉に、スコラは目を見開く。アスカの言う気、つまり獣人の魔法は、身体能力を強化するもの。人間はそれぞれに独自の魔法が宿るが、獣人は身体強化の出力の違いだけだ。
だから、アスカが闘技大会で見せた実力は、身体強化を使ったものだと考えていた。スコラも同じだったのだろう。だが、実際にはただの身体能力だという。
ならば、真のアスカの実力は、どの程度のものなのだろうか。想像して、震えている俺が居た。興奮なのかもしれない。あるいは、恐れなのかもしれない。いずれにせよ、アスカの底はまったく見えないという事実があるだけだ。
スコラの配下が、スコラとアスカに武器を渡していく。見た感じ、刃引きされていそうだな。とりあえずは、修羅場ではなさそうで安心だ。そんなスコラは、目の前のアスカに言葉を返す。
「ハッタリで怯えさせようとしても、無駄ですわよ。あなたでは、わたくしに傷一つつけられないのですから」
「もちろん、手加減はする。ローレンツ様の味方を、殺したりしない」
「バカにして……! そんな手加減など、不要ですわ! わたくしの魔法がある限り、絶対に死ぬことはないのですから!」
「なら、殺す気で行く。それでもいい?」
「当然ですわよ! つまらない脅しに屈するわたくしではありませんわ!」
なぜかスコラは笑顔を崩している。声まで荒らげて、とても冷静な態度ではない。なぜ、アスカが近衛騎士になることを避けたいのだろうか。どうにも、いつもの余裕が感じられない。
まあ、スコラは回復の魔法があるからな。剣が突き刺さっても平気で動ける魔法だ。それがあるのだから、殺し合いは望むところなのだろう。だが、念の為に注意しておくか。
「スコラ、俺の護衛を殺さないでくれよ。これから、俺を守ってもらわないといけないんだからな」
「もちろんですわよ。躾のなっていない犬に、思い知らせるだけですわ」
「……もういい? ローレンツ様、合図して」
アスカの言葉にスコラは笑顔を崩して睨みつける。俺はとてもヒヤヒヤしていた。アスカとスコラの関係が壊れないことを祈りながら、合図を出す。すると、気づいたらアスカがハルバードを振り抜いていた。遅れて、スコラの持つ剣が砕ける音が聞こえる。
スコラの体が一度ずれ、そして元通りに戻っていった。アスカは興奮したような笑みから一転、不思議そうな顔をする。スコラは両手を挙げる。どこか悔しそうに顔を歪めながら。
「これは、お手上げですわね……。そもそも、反撃する機会すらなさそうですわ。認めざるを、得ませんわね……」
「すごいね。今の、見えなかったよ。アスカさんなら、きっと殿下を守ってくれるよね」
「僕だって、一合すら持たないだろうね。殿下の慧眼には、恐れ入るよ」
スコラは歯を食いしばっているような顔で負けを認め、ルイズとサレンは素直にアスカを褒めていた。そのまま部屋がざわつき、ユフィアは楽しそうに笑っていた。
そしてアスカはバーバラの方を見て、首を傾げる。察するに、バーバラも戦うか問いかけているのだろう。
「確かに、圧倒的ね。あたしも認めるわ。ただ実力だけで、殿下に仕える価値があるのだと。今のあたしでは、勝つ手段が思いつかないわ」
そんな事を言っている割に、バーバラの顔には悔しさが見えない。自分で勝てないと宣言するなど、バーバラのプライドが許さないと思っていたが。そこまで考えて、バーバラは魔法を見せていないと気づいた。
今ここで本気で戦えば、アスカはきっとバーバラの対策をする。それを嫌ったのだろうな。確かバーバラの魔法は、一瞬だけ物体を止めるものだったはずだ。単純が故に、知られやすい。
つまりは、バーバラはアスカを仮想敵として認識している。それを理解せざるを得ない。おそらくは、今回アスカを挑発したのも、アスカの実力を試すためだったのだろうな。
対するアスカは無表情のまま、ハルバードを高く掲げた。
「ローレンツ様の騎士として、私の力を振るう。それが、私の誓い」
「このままでは、殿下は……」
厳しい顔でアスカを見つめるスコラ。きっと、自分の立場を奪われることを警戒しているのだろう。今の言葉で分かった気がした。今までは、スコラの武力に頼っている部分が多かったからな。
そして、手札を隠したままのバーバラ。アスカが近衛騎士として認められたは良いが、まだ問題は残ったまま。そう実感して、つい頭を抱えたくなった。ユフィアが嬉しそうにしている姿にだけ、ほんの少しの希望を持ちながら。