俺が開催した闘技大会を優勝したのは、狼の獣人であるアスカ。圧倒的な力を見せつけての勝利で、実力は誰も疑わないだろう。
ということで、なんとしても近衛として採用したい。一応、闘技大会の優勝者は近衛騎士になれると布告しているのだが。それでもアスカの意思を確認しないといけない。
なので、面談することにした。条件やら何やらを確認する上でも、大事になるだろう。空き部屋を使って、ふたりになることに成功した。
目の前のアスカは、なんというか眠たそうな顔をしている。戦闘の時とは大違いだ。あの時は、とても楽しそうな笑みを浮かべていたからな。さて、何から話そうか。そうだな。素直に優勝祝いでいいか。
「アスカ。まずは、優勝おめでとう。俺としては、お前が優勝してくれて嬉しいよ」
「ありがとう。少しは楽しかった。でも、どうして私が優勝したら嬉しい?」
首を傾げながら、俺に問いかけている。何気ない質問なのだろうが、返答は大事になるだろう。さて、どうやって近衛騎士になってもらうかな。
確か、原作だとアスカは戦いが楽しいみたいな描写があった。だから、そこを抑える必要はあるだろう。まあ、まずは素直に、近衛騎士に対してどう思っているかを計るか。
「優勝者は、近衛騎士になれるのを知っているか? お前ほどの強さなら、ぜひ近衛騎士になってほしかったんだ」
「戦いを用意してくれるのなら、構わない。私は、戦えればそれでいい」
平坦な声で言っている。ある意味では、予想通りの回答だ。戦いが楽しいのなら、当然戦いを求めるよな。とはいえ、俺の目標は平和だ。どうやって、妥協点を伝えたものか。
まあ、闘技大会に参加するあたり、必ずしも殺し合いを求めてはいないはずだ。そこに希望を見出すしかないだろう。
つばを飲み込みそうになるな。緊張しているのが分かる。俺の今後に、大きく影響するだろうからな。さて、アスカはどう思うのやら。
「近々、この国は荒れるだろう。その中で、戦いはあるはずだ。平和になった後は、闘技大会のようなもので我慢してほしいな。アスカを、賊として討伐したくはない」
「分かった。それで良い。戦いさえあれば、私は満足」
無表情のまま、そう言っている。戦う時には狂気的な笑みを浮かべていたから、楽しいのは分かる。だが、その楽しさは唯一無二のものなのだろうか。
可能性でしかないが、アスカは戦いしか楽しいことを知らない可能性がある。できることならば、平和な楽しみを知ってほしいものだ。そうすれば、お互いに得をする。
アスカは楽しいことが知れて良い。俺は、アスカの運用で頭を悩ませる必要がなくなる。それに、どうせなら、これから仲良くしていく人には幸せになってほしいじゃないか。
「そういえば、戦い以外に楽しいことはあるのか? 例えば、食事でも遊びでもなんでも良い」
「知らない。私は、ずっと戦って生きてきた。それ以外のことは、してこなかった」
おそらくは、ろくな幼少期じゃなかったのだろうな。いや、ずっとか。察することしかできないが、獣人として苦労してきたのだろう。
デルフィ王国は、獣人やエルフを異民族として排斥してきた。理由はある。獣人もエルフも、デルフィ王国の民から奪うことが多いからな。とはいえ、それには原因がある。
獣人は乾燥地帯に、エルフは寒冷な地域に住んでいる。つまり、食料は限られているんだ。だからこそ、肥沃なデルフィ王国から奪うしかない。その問題は、俺の生きているうちには解決しないだろうな。
だが、少しでもお互いが歩み寄れるようにしないといけない。そうじゃないと、行き着く先はデルフィ王国の滅びでしかない。今の段階でも、国が荒れているんだ。獣人やエルフと全面戦争するだけの余力など、デルフィ王国にはない。
とはいえ、一歩を踏み出すだけでも難しいのだろうな。今すぐ獣人やエルフを受け入れる法律を作れば、暴動が起きるだけだろう。闘技大会の時だって、異民族への差別意識は見えていたのだから。
それでも、俺とアスカが仲良くすることで、アスカを王都の民衆に受け入れさせることで、確かな一歩になるはずだ。だから俺は、アスカと心を通わせたい。
まずは、そうだな。獣人は、毛づくろいが好きって設定があったはずだ。ブラッシングでもすれば、仲を深められる可能性はある。もちろん、セクハラと捉えられる危険性もあるが。
とはいえ、アスカの感情の薄そうな姿を見る限り、いきなり触れることさえしなければ、大丈夫だろうと思える。怖くはあるが、まずは確認してみるか。
「なら、俺と一緒に楽しいことを探そう。もちろん、戦いをやめろとは言わない。そうだな。まずはこのブラシで、俺がアスカの毛を整えるというのはどうだ?」
「ローレンツ様がしたいのなら、構わない。好きにすれば良い」
相変わらず感情の見えない姿で、そう返される。とりあえず、許可は出た。なら、試していくか。手元にあったブラシを持ち、アスカの後ろに回っていく。そして、ひと声かけた。
「まずは、頭を試してみようと思う。どうだ?」
「分かった。ローレンツ様に任せる」
そう言われたので、まずは優しく髪にブラシを通す。少しくすぐったそうに体を震わせているのが見えた。反応を見つつ、少しずつ力を強くしていく。
ちょっと甲高い声が出たり、落ち着いた様子で息を吐いたり、様々な反応があった。
「アスカ、どうだ? 気持ちよくできているか?」
「うん、快適。次は、尻尾もお願い」
許可も出たので、尻尾に移っていく。アスカの尻尾はゆらゆらと揺れているので、それに合わせつつブラシを通していった。流石に、握ると問題なのは分かるからな。とはいえ、手を添える程度はしているが。
何度も通していると、毛玉が取れたり毛が抜けたりもしていた。とはいえ、見た感じでは痛そうではない。アスカは何度か震えながら甲高い声を出していたが、やめろとも言わないし抵抗もされない。問題ないと判断して、そのまま続けていく。
しばらくして、毛並みが整ったと判断できた段階で、ブラシを離していく。
「これで、ひとまずは終わりかな。アスカ、どうだった?」
「良かった。とても丁寧なのは、初めての私にも分かる。ローレンツ様は、優しい」
振り返ったアスカは、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。おそらくは、成功なのだろう。手応えを感じて、こちらも笑顔になってしまう。
この調子で、もっと仲良くなっていきたいものだ。俺を全力で守ってもらいたいという打算もある。だが、アスカが本当の笑顔になってくれる姿を見たい。そんな欲求もあった。きっと、とてもきれいな笑顔を見られるから。
「アスカが満足してくれたのなら、何よりだ。これからも、楽しいことを探していこうな」
「分かった。ローレンツ様となら、戦い以外も楽しめるかもしれない。まだ、分からないけど」
アスカの言葉は、俺にとっては確かな希望だった。本当に楽しいことを見つけられるのなら、色々な意味で良い未来に進めるだろうからな。
獣人と人間だって仲良くできる。そう示すことも、近衛騎士として活躍してもらうことも。そして何より、俺の権力を高める上でも。
「アスカ、これからも、よろしく頼む。俺達の未来のために、手を貸してくれ」
「うん。ローレンツ様は、きっと良い主。だから、ちょっと頑張る」
そう言いながら握りこぶしを作るアスカを見て、俺も気合いを入れ直した。
きっと、これからだって戦いは続く。そんな未来を、アスカと共に乗り越えたいものだ。そう思っていた。
まずは、アスカを近衛騎士として受け入れさせるために、周囲に紹介していかないとな。予定を立てながら、決意を固め直した。