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第33話 最強の戦士

 これまでに進めてきた準備が形になり、ついに闘技大会が開かれることになった。俺は主催者ということになっており、開会の挨拶や優勝者の表彰などをする。まあ、権力者らしく箔をつけるのが役割だな。


 ということで、コロシアムみたいな場所で、観客たちに囲まれながら席に座っている。手伝ってもらったユフィアやミリア、スコラも見ているし、宮中伯に任命したばかりのバーバラやルイズ、サレンも居る。


 おそらくは、孤児院で出会ったマルティナ達は観客席で見ているのだろう。大勢いるからどこに居るのかは分からないが。大会の中で見つけられると良いな。


 会場は、参加者が気合いを入れており、観客も近くの人と話をしながら見ているようだ。ということで、まずは俺から開会の宣言をする。


 座っていた席から立ち、闘技場の中心へと歩いていく。大勢の視線が集まり、なにか圧力のようなものを感じた気がした。


 そして、俺はまっすぐに立ち、胸を張って息を吸った。そして、言葉を発していく。


「まずは、今日という日を迎えられたことを嬉しく思う。それもこれも、皆が俺の提案を受け入れてくれたからだ。ありがとう」


 そう言って、少し頭を下げる。歓声が帰ってきて、ひとまず安心した。そのままの勢いで、宣言を続けていく。


「長く話しても退屈なだけだろう。さあ、今回の闘技大会を楽しんでくれ!」


 歓声の中で俺は下がっていき、入れ替わるようにフィースが前に出た。そして、一度ポーズを決めて静止した後、激しく踊り始めた。


 どこか影のあるフィースが露出の多い服で派手に動くのが、ギャップを感じて惹きつけられるんだよな。実際、先程までの歓声は止まっており、ただ足音だけが聞こえている。


 踊るフィースの姿を見ていると、動きが止まると同時にスポットライトのようなもので照らされた。おそらくは、フィースの魔法なのだろう。珍しい演出ということもあり、皆が食い入るように見ている。フィースは、ちらりとこちらを見たような気がした。


 そのまま踊りは続いていき、最後にフィースが止まって光が止まる。そして一礼する姿を見ていると、爆発的な歓声が上がった。


「うおーっ! フィースの踊りは最高だ!」


 そんな声ばかりで、俺の開会宣言よりも盛り上がっているんじゃないだろうか。それを見ながら、俺も自分の仕事に移る。


「素晴らしい踊りのおかげで、会場が温まったな。このまま、本番に移ろうと思う。面白い試合になることを、期待しているぞ!」


 ということで、続いて第一試合が始まる。形式としては、大勢でのバトルロイヤルだ。数回ほどおこなって、それぞれの生き残りどうしがトーナメント形式で優勝を決める。


 一回目と二回目は、まあ普通の戦いという感じだった。相応の強者もいたが、スコラには手も足も出ないだろうと思える程度。とかいえ、観客たちは楽しんでいる様子だったな。


 そんな俺が注目したのは、三回目。その中に、狼の耳と尻尾を生やした長身の女が居た。アスカという、俺の知っている原作キャラだ。最強として描写されており、大抵の敵はゴリ押しで倒せるほどの存在だった。そして、いま俺の目の前に居る。


 闘技場の中心に立つアスカは、片手で刃引きしたハルバードを持って、肩にかけている。構えらしい構えもしていない。なのに、圧倒的な風格を感じた。


 アスカは静かに構えて、戦いの始まりを待っている様子だ。俺は、アスカから目を離せなかった。


「それでは、はじめ!」


 そんな声が聞こえた瞬間、アスカは狂気的な笑みを浮かべる。そして、そのまま近くの人達に向けて、ハルバードを片手で薙ぐ。数人が、まとめて吹き飛ばされていった。


 ただ一度だけの攻撃で、周囲の戦士たちはアスカへの恐れを隠せていない様子だった。当たり前だ。片手で人間数人を吹き飛ばせる戦士と、誰が戦いたいというのか。


「……かかってこないの?」

「決勝に進めるのはひとりじゃないんだ! なら、お前と戦う理由はない!」


 アスカに声をかけられた相手は、逃げながら返事をしていた。それなのに、誰も批判している様子がない。それどころか、アスカの周囲からは人が居なくなりそうな勢いだった。


「なら、こちらから行く」


 アスカはたった一歩で10メートルくらいの距離を縮め、その範囲にいた戦士たちを刈り取っていく。そこからは、単なる一方的な蹂躙だった。


 誰一人としてアスカに抵抗できず、そのまま倒れていく。徒党を組もうが逃げようが、歯牙にもかけない有り様だった。


 そのままあっけなく終わり、アスカだけが立っていた。ユフィアの方を見ると、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。


 おそらくは、会場にいる全ての人に、アスカの強さが刻み込まれただろう。それほどに、圧倒的だった。


 そして俺は、勝者を称えるために会場へと向かっていく。


「見事な戦いを見せてくれた。この調子で、決勝でも素晴らしい戦いを見せてくれ」

「分かった。全力で戦う」


 そう言いながら頷くアスカ。この調子で優勝して、近衛騎士になってほしいものだ。そう考えていると、会場の一部から声が届いた。


「獣人なんかを本戦に進ませるな!」


 何人かが言っている様子だったが、俺は無視した。そのままアスカの肩を叩き、手を引いて控え室まで連れて行く。


 俺としては、アスカの才能がほしい。単純に、圧倒的な武力の持ち主は頼れるからな。それだけではない。アスカが近衛になることにより、誰でも成り上がりを目指せる環境が生まれる。例えどんな生まれであったとしても関係ないという、何よりの証左となるだろう。


 そして最後に、獣人でも受け入れるという姿勢を示すことだ。なにせ、この国は薄氷の上に立っている。そんな状況で、ただ嫌われているからと獣人やエルフと完全な敵対姿勢を示せば、どこまでも闘いは続く。それに耐えるだけの国力など、今のデルフィ王国にはない。


 だからこそ、今のうちに講和を進められるだけの材料を持っておく必要があるんだ。獣人やエルフは、味方にもなりうるのだと。


 様々な思惑を込めながら、控え室でアスカに声をかける。


「アスカ、お前には期待している。俺は、お前が優勝してくれると嬉しい」


 アスカは無表情のまま、軽く頷く。そして、軽く拳を握りながら言葉を返してきた。


「分かった。この戦いを用意してくれたのは、ローレンツ様。それに応える」


 その返事を聞いて、俺は安堵していた。おそらく、アスカは近衛騎士になってくれるだろう。そう思えたからだ。そして俺は会場へと戻り、予選の残りを終わらせ、本戦のトーナメントを進めていく。


 色々な戦いがあった。名勝負と言えるものもあっただろう。だが、俺はアスカの戦いが目に焼き付いて離れなかった。だからこそ、アスカの勝負は強く集中してみることにする。


 とはいえ、戦いはあっけないものだった。アスカが参加する勝負は、すべて一合で終わったからだ。


 攻撃を受けようとした者は防御ごと叩き潰され、避けようとした者は平気で動きに対応され、先に攻撃を仕掛けようとしたものは、先手を取っても三分の一も動かないうちに、後から動いたアスカに先に攻撃を当てられていた。


 そのまま優勝したアスカを、俺は会場で称えていく。


「アスカ。圧倒的な強さを見せてくれたお前が優勝だ。その証として、この勲章を授けよう」

「分かった。ローレンツ様、ありがとう」


 そう言って、アスカは手を差し出してくる。握手をした手からは、ものすごい硬さを感じた。頼りがいの有りそうな硬さを。歓声の中で、ほんのわずかに笑うアスカと向き合っていると、一部の観客から声が届いた。


「最悪の闘技大会だったよ!」


 そんな声を聞きながら、どうやってアスカを近衛騎士にするかを考えていた。

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