孤児院で出会った、マルティナや他の子どもたち。そんな人達も、闘技大会を見に来ることになる。格闘技より数段物騒だし、女の子が楽しめるものではないかもしれない。
せっかく王都を盛り上げるためにやっているんだから、どうせなら楽しみを増やした方が良いかもな。そんな事を考えていた。
ということで、アイデアをユフィアに相談してみた。
「闘技大会に大勢を誘うために、後は試合と試合の間に時間を埋めるために、踊り子を誘おうかと思っているんだ。どう思う?」
ユフィアはいつも通りの笑顔で、すぐに返事を返してくる。
「なるほど。そこに思い至るのは悪くないですね。ところで、踊り子に検討はついているんですか?」
「まだ答えはもらっていないが、この人が良いというのはあるな。顔見知りだから、声をかけてみようと思う」
「ふむ。なら、返答次第で今後は変わってきますね。とりあえず、どう転んでも良いように準備しておきますね」
そう言って、ユフィアは去っていく。反応を見る限りでは、反対ではないのだろう。なら、まずは行動だな。
とりあえず、運営に関わっているスコラとミリアにも許可を取って、踊り子と会うために街へと向かう。
そこで、いつもおひねりを渡している踊り子、フィースに話ができるように、護衛たちに王子の名前を出して呼び出してもらった。そして個室のある料理屋でしばらく待っていると、どこか影のある雰囲気の女がやってきた。目的の踊り子だ。
彼女は、踊っている時のように露出の多い服を着ている。褐色の肌と整ったスタイル、そして目立つ白髪が印象的だ。憂いを帯びたような瞳が、なんとなく惹きつけられる。
そしてフィースは俺の前の席に座り、深く一礼した。
「いつも見てくださって、ありがとうございます……。今回は、どのようなお話でしょうか……?」
「ああ。少し先に、闘技大会を開くのは知っているか?」
「はい……。ローレンツ様が準備をしているのだとか……」
当たり前のように知られている。なら、話は早いな。そのまま誘うだけですむ。とはいえ、断られたらと思うと緊張するな。少し背筋を伸ばして、フィースに本題を持ちかける。
「ということで、闘技大会の時に、フィースの踊りを披露してもらいたいんだ。構わないか?」
「評価してくださっているんですね。嬉しいです……」
そう言いながら、薄く微笑んでいた。とりあえずは、好感触といったところか? とはいえ、受けるとも言われていない。フィースがどう思っているのか、しっかりと聞いていかないとな。そして、今は反対だとしても、なんとか説得したいところだ。
まずは、今の段階で受けると思っているかどうかを聞いてみるか。その反応次第で、今後の対応が変わるだろう。
「それで、受けてくれるか?」
「ローレンツ様は、どうして私に話を持ってきたんですか……?」
真剣な目で、俺と目を合わせてきた。おそらくは、俺の回答によって受けるかどうかが変わるだろう。そんな気がした。なら、どう答えるかをしっかり考えないとな。
とはいえ、単純なことだ。フィースがよく王都で踊っていて、人気は知っている。そして、実際に踊りが魅力的だと思っている。だから、フィースが踊れば闘技大会の合間に、良い催しができるだろう。そう考えている。
なら、それを素直に伝えるだけでいいか。あまり小細工をしても、うまくいかないだろう。なにせ、顔を見たことはあっても、あまり話したことのない相手なのだから。よし、行くか。こちらからも、フィースに目を合わせていく。
「お前が一番輝いていたからだ。確かな努力を感じる動き、衣装も合わせられた練られた踊り、そしてフィース自身の美貌も。自分を引き立たせる踊りというものを見た気がしたんだ」
俺の言葉に、フィースは頷く。そして、こちらの手をつかんできた。そのまま、フィースは話し始める。
「ありがとうございます、殿下。あなたは、私をよく見てくれている。分かりました。受けさせてください」
その言葉に、手を握られていなければガッツポーズをしようかと思ったくらいだ。フィースの踊りなら、きっと知らない人も魅了できるだろう。そう思えるくらいの踊り子だったからな。
おそらく、フィースの代わりを探そうとしても、見つからないだろう。それくらいに、俺はフィースに可能性を感じていた。だから、とても嬉しい。
さて、そうと決まれば条件を固めていかないとな。ここからも、重要な話だ。
「ありがとう。もちろん、タダで踊れとは言わない。まずは、フィースの望む報酬を言ってくれるか? 叶えられるとは限らないが」
「ローレンツ様が私を認めてくださるのなら、それで十分です……」
その言葉と目に、強い意志を感じた気がした。おそらくは、単なる言葉以上に、認められることを重要視しているのだろう。とはいえ、フィースの求める認め方が分からない。今で満足しているのか、もっと評価してほしいのか。
あるいは、俺が認めたことで箔が付くことを求めているのか? いずれにせよ、フィースを評価するのは大事なことなのだろう。
それなら、闘技大会の踊りの後に褒めるのはどうだろうか。まずは、聞いてみるか。
「なら、闘技大会の場で俺がフィースを褒めるのはどうだ? 王子のお墨付きとなれば、色々と便利じゃないか?」
その言葉に対して、フィースは俺の手を握る力を強めた気がした。ほんのわずかだから、気のせいかもしれないが。
フィースはこちらをまっすぐに見ながら、ハッキリと返してくる。
「ローレンツ様の本音でなければ、何の意味もありません……。それだけは、覚えておいてください……」
その言葉は、フィースの本心を指し示しているような気がした。単なる直感だから、根拠はないが。とにかく、俺に踊りを認められたいらしい。とはいえ、今でも十分魅力的だと思うが。ただ、まだ満足していないのだろうな。
さて、どう返答したものか。とりあえずは、本心で褒められる部分を褒めておくか。
「お前は十分魅力的だよ。そうじゃなきゃ、今みたいな依頼なんてしない」
「そうですね……。今は、ローレンツ様の言葉で納得します……」
俺の手を握ったまま、胸元まで寄せてくる。そして、両手で包みこんでいた。これは、どういう反応だ? 本音では物足りないと思っているのか? あるいは、認めてほしいというのは建前だったのか?
いずれにせよ、これから先にフィースと関わっていくつもりなら、もっと心を知る必要があるだろうな。少なくとも、今回の闘技大会から先も続けたい関係なのは確かなのだから。
フィースの踊りは、俺が知っている中で一番だと思う。その価値は、計り知れないだろうからな。人気者の政治利用なんて、よくある話なのだから。フィースには、申し訳ない部分もあるが。
さて、後は金銭的報酬の話もしないとな。タダで仕事を依頼するのは、良くないのだから。
「ありがとう。それで、後は手付金なんだが……」
「いえ、大丈夫です……。ローレンツ様を、信じていますから……。あなたが納得する報酬を、お願いします……」
一番難しい回答が返ってきたな。要するに、俺がフィースの踊りに値段をつけろということなのだろう。それで、今後の関係が変わってくるのだろうな。
俺をじっと見ながら笑顔を浮かべるフィースを見ながら、新しい難題に頭を抱えそうになっていた。