闘技大会の開催に向けて俺がやるべきことは、最低限は終わったと思う。とりあえず、協力してもらうべき相手には手伝ってもらえることになったからな。
ただ、俺としては民衆の反応が気になるところ。ということで、少し出向いて話を聞いてみた。
「俺は闘技大会に出て、優勝してみせる! なんでも、近衛になれるらしいからな。そうなったら、あいつらだって……」
「なるほど。頑張ってくださいね。あなたならできると信じます」
「賭けで勝って、一発当ててやる。そうすれば、成り上がりだってできるはずだ」
「あなたに幸運の巡りがあるように、祈っていますよ」
「どんな人が出るんだろうね。良い試合がたくさん見られると嬉しいけど」
「ものすごく強い人が参加しているかもしれませんね」
そんな感じで、まあ好評と言っていい感じだった。少し不安なところもあるものの、まあ今すぐには爆発しないだろうな。というのも、王都でも生活苦の人を普通に見るというだけの話だからだ。いや、本来なら良くないことなのだが。ただ、致命的ではない。
イデア教のようなきっかけがあれば別だが、簡単には発生しないだろう。ということで、ゆっくりと解決していくべき問題だな。そもそも、すぐにどうにかなる問題ではない。
そんな流れの中、いつも通りにユフィアと話していると、ある提案をされた。
「ねえ、ローレンツさん。私の運営する孤児院に来てみませんか? 観客として、子どもの何人かを連れて行く予定なんですよ。その選定に付き合っていただければと」
柔らかい笑みを浮かべながら言っている。そう言えば、ユフィアは表向きは慈善活動をしているのだったか。もしかしたら、俺達には似ているところがあるのかもしれない。俺だって、民衆の好感度稼ぎは欠かしていないからな。まあ、ユフィアほどの悪人だとは思いたくないが。
まあ、今はユフィアの意図を考えないとな。とはいえ、そこまで悪い狙いはないと思う。孤児院というのなら、俺との関係が近いことのアピールとか、俺に孤児院との関係を作らせたいとか、その辺じゃないだろうか。
いくらなんでも、子どもに妙な策を仕込む理由はないと思うんだよな。少なくとも、俺が対処しないといけないレベルのことは。俺としても、孤児院の人間に優しくすることはメリットがある。ユフィアに相乗りする形になるが。好感度を稼げるからな。
なら、受けても良いだろう。ということで、すぐに頷く。
「分かった。いつだ? その日は開けておくよ」
「では、早い方がいいですね。明日にしましょうか」
そう言って、ユフィアは去っていく。今回は、あまり気を張らなくて済む会話だったな。毎回神経を研ぎ澄ませる必要があるとしんどいから、助かっているのだが。とはいえ、少し物足りなさを感じる部分もあった。
すぐに次の日になって、孤児院に向かう。遠目に見たら地味な建物だが、近寄ってみると意外としっかりしている。適度な広さの庭もあり、子ども達が元気に駆け回っている。その中のひとりがこちらに気づき、声をかけてくる。
「ユフィア様だ! そこの男の人は、だれ?」
「こちらの人は、ローレンツさんです。なんと、王子なんですよ」
ユフィアは相手の目の高さに合わせて語っている。口調や顔も、穏やかなものだ。なんだかんだで、演技派なんだよな。
そして子どもはユフィアの言葉を聞いて駆け寄ってくる。建物の中に駆けて入っていく子も居た。おそらくは、呼びに行ったのだろうな。
「すごーい! ユフィア様、王子様と仲が良いんだ!」
「もしかして、王妃様になっちゃったりして!」
「ねえねえ王子様、遊んで遊んで!」
「王子様って、どんな事をしているの? 美味しいものを食べてるの?」
みんながグイグイと迫ってきて、とても困ってしまう。気分は聖徳太子だ。そんなに何人も同時に話されても、対応できないんだよな。とはいえ、返事をしないのも問題だ。俺も優しい顔と声を心がけて、ゆっくりと話していく。
「ひとりずつ話してくれると嬉しいな。こんなに一気に話されると、どれに返事をして良いか分からないぞ」
「そうですよ、皆さん。ローレンツさんを困らせてはいけません。処刑するなんて言われちゃうかもしれませんよ」
「王子様、私を処刑しちゃうの?」
「そんなことはしないぞ……。ユフィアも、からかうのをやめてくれ」
そうしたら子ども達が笑って、だんだん大勢が集まってきた。そうして、みんなと話したり遊んだりする流れになった。色々なことをしていたが、特に印象に残った子がいる。
マルティナという、14歳くらいの少女だ。青い髪を後ろでくくっていて、利発そうな子だ。食事の時にも、ひとりだけ飛び抜けてテーブルマナーがしっかりしていた。全体的に、洗練された仕草をしている。
それだけでなく、かなり懐いてくれているんだよな。
「ローレンツ様と結婚できたら、嬉しいですっ」
なんて言いながら抱きついてきたりして。そんな様子を、ユフィアは面白そうな顔をしてながめていた。
まあ、せっかくだから、マルティナを闘技大会に誘うのも面白いかもしれない。試しに提案してみるか。そう考えて、マルティナと目を合わせる。
「マルティナ。こんど、闘技大会が開かれるのは知っているか?」
「もちろんですっ。ローレンツ様が提案したんですよねっ」
マルティナは笑顔で語る。よく知っているな。まあ、ユフィアは時折訪れている様子だし、そこから聞いたのだろう。
顔を見る感じでは、好感触だ。なら、もう少し話を進めてみるか。
「それでなんだが、マルティナは闘技大会を見に来る気はないか?」
「ローレンツ様が誘ってくださるのなら、必ず行きますっ」
少しも悩まずに返事をされて、ちょっと面食らった。というか、闘技大会への関心ではないんだな。まあ、ユフィアは興味深そうにしているし、まあ悪くない選択なのだろう。
実際、慕ってくれる人に優しくするという戦術は有効だと思う。媚を売ってくる相手を見抜けないと危険な策ではあるのだが。まあ、14歳くらいの子に心配することではないか。
ということで、マルティナは闘技大会に来るのだろう。それなら、過激な催し以外にも何か考えても良いかもな。もう計画は動き出しているから、あまり大掛かりなことはできないが。ちょっと、頭の片隅においておこう。
「なら、楽しんでもらえるように頑張らないとな。観客を喜ばせてこその催しだからな。マルティナが楽しんでくれたら、何よりだ」
「私のことを考えてくれたんですねっ。嬉しいですっ。やっぱり、ローレンツ様は素敵ですねっ」
「ふふっ、好かれているようで、良かったじゃありませんか。女たらしの才能にも目覚めたんですか?」
ユフィアはからかうように言ってくる。それに対して、マルティナは頬を膨らませて反論する。
「もうっ、ユフィア様。ローレンツ様をあまり悪く言わないでくださいっ」
「悪く言ってはいませんよ。ローレンツさんは魅力的だって言っているんです。ね、ローレンツさん」
流し目で、こちらを見られる。その姿と言葉に、ユフィアの誘惑を思い出してしまう。ユフィアは、本気で俺のことを好きで居てくれるのだろうか。そう考えていると、マルティナに袖を引かれる。
「ローレンツ様も、ユフィア様が好きなんですか? 私は、ユフィア様に助けられたんですっ」
「ふふっ、そうですね。あなたを助けられて、良かったですよ」
「そうなのか。なら、ユフィアのおかげでマルティナと出会えたんだな」
「感謝しないといけませんよねっ。また、必ず会いに来てくださいねっ」
「そうですね。要件も済みましたし、そろそろ帰りましょうか」
ユフィアはこちらを興味深げにながめながら、俺の隣を歩いていく。そうして孤児院を去っていく俺が振り返ると、マルティナがこちらをじっと見ていた。とても強い視線で。
その様子からは、どこかとても強い執着のようなものを感じた気がした。