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第30話 誘惑の影

 ミリアの助言も受けて、スコラに援助を願い出ることになった。とはいえ、当然対価は必要だろう。ただ、俺に出せるものは少ないんだよな。


 そういう観点で言うと、闘技大会の運営に関わるからこそできるメリットの提示が必要になる。まあ、参加者の優先的なスカウト券あたりが落としどころだろう。それ以上の何かを言っても、空手形で終わるからな。


 あるいは、借金のような形で今後に返すとする手もあるのかもしれないが。あまり借りすぎても今後が怖い。いっそのこと、返せなければ共倒れになるレベルまで借りられればいいが。ただ、スコラはそこまで甘くないだろうな。


 結局、結論は同じだ。ということで、その話を抱えて、スコラの部屋に向かう。入ると、いつも通りの笑みを顔に貼り付けてこちらに挨拶してきた。


「ようこそ、殿下。よくぞいらっしゃいましたわ。どのようなご要件でしょうか?」

「頼みがあってな。今度、闘技大会を開くつもりなんだ。その資金援助をしてくれないか? 代わりに……」


 そう言った段階で、唇に人差し指を当ててくる。そして、スコラは甘やかに微笑んだ。


「殿下。何も言わずともよいのです。ただ、わたくしにお命じください。それを、必ず叶えてみせますわ」


 スコラは、そう言いながら頭を下げる。話が早く進んだのはありがたいが、対価も何も提示できていない。むしろ、完全にタダで援助してもらうことになっている。だからこそ、何を企んでいるのかを知りたい。


 どう考えても、ただ俺に援助するだけで終わりということはないだろう。何らかの意図はあるはずだ。だが、ここで疑いを示しても、それはそれで問題だろう。悩ましいものだ。


 とりあえずは、軽くつついてみるか。その反応次第で、何を考えているのか分かるかもしれない。軽く眉を困らせながら、返事を返す。


「ありがとう、スコラ。だが、悪いよ。いくらなんでも、金を出させるだけ出させて、何の対価も払わないのは」

「良いのですわ、殿下。あなたに尽くせることこそが、わたくしの喜びですから。それに、殿下に良いところを見せたいのですわ。素敵な女だと、思っていただきたいのですわ」


 そう言って、スコラは頬を赤らめる。まるで、俺に惚れているような反応だな。まあ、あり得ないとは思うが。


 スコラがそんなに単純なら、コウモリとして立ち回ることなどできないだろう。恋に浮かれて無駄な出費をするだなんて、とてもではないが思えない。さて、どうしたものか。軽くあごに手を当てて、考えていく。


 あまり借りを作ると、後が怖い。だからこそ、対価は払っておきたい。とはいえ、スコラの言葉に逆らうのも、それはそれで心象を損なうだろう。


 なら、どうするか。言質を与えない範囲で、スコラへの好印象を伝えるあたりか? そう考えて、笑顔を意識してスコラに返事をする。


「スコラは今でも魅力的だよ。美人で優秀で、柔らかい印象もあるからな。しかも、一騎当千の実力者でもある。あらゆる意味で、良い女だよ」

「でしたら、わたくしを妻にしたいと思いますか? 殿下は、それほど好きで居てくださりますか……?」


 上目遣いで、こちらに近寄ってくる。胸に手を当ててきて、そのまま更に近づいてくる。抱き合っていると言っても過言ではないほどに触れ合って、スコラは瞳をうるませていた。女らしい柔らかさと、花のような香りが届く。


 なるほどな。俺が王になった時に、スコラが妻になる。それを目標としているのか。おそらくは、俺の持つ権力を最大限に利用したいのだろうな。


 そうなると、うかつなことは言えないな。妻にするという言質を取られたら、とても面倒なことになる。スコラが周囲に触れ回るだけで、いろいろな影響が出るだろうな。


 どう考えても、スコラ以外の周囲に悪感情を与えるだけだ。ユフィアは俺を見捨てるかもしれない。ミリアは俺に失望するだろう。能力を大事にするバーバラなんかは、見下してくるだろうな。そしてスコラに敵意を抱いているサレンは、俺を敵と判断するだろう。


 だが、スコラの言葉を無視するのも厳しい。少なくとも、前向きに考えているというフリくらいは必要になるはずだ。そうなると、どんな言葉がいいか。少し考えて、息を吸ってからスコラと目を合わせる。さて、通じてくれよ。


「王子としても、未来の王を目指すものとしても、好きか嫌いかで結婚相手は選べない。ただ、スコラが妻になった未来は幸せなのだろうな。そう思っているよ」

「殿下にそう言っていただけて、嬉しいですわ。いずれ、幸せな家庭を築きたいものですわね」


 柔らかく微笑んでいるが、これはどういう反応だろうな。スコラはずっと笑顔で、とにかく感情が読みづらい。本心から幸せな家庭を築きたいと思ってくれているのなら、受ける価値はあるのだろうが。


 スコラは公爵令嬢という立場だからな。王配としては、まあ自然だろう。とはいえ、真っ当な夫婦生活を望めるとは思えない。少なくとも、今は。そうなると、玉虫色の返事をせざるを得ないんだよな。


「そうなると、良いんだがな。まあ、俺達には互いに立場がある。お互いが望む未来だとしても、叶うとは限らないのだろうな。悲しいことではあるが」


 さて、これでも言質は与えていないはずだ。それでも、スコラとの結婚を悪くないと思っているような意思は伝わる。そうだよな。スコラに向けて、微笑みかける。すると、温かい笑顔で返された。


「わたくしは、殿下の幸せのために尽くしますわ。お互いが望む幸福を、手に入れるために。まずは、殿下の闘技大会に協力いたしますわ。わたくしたちの、未来のために」


 ここまで言われたら、断る方が失礼なのだろうな。タダで借りを作るというのに。本当に、難しいものだ。スコラの援助に、できるだけ応えてやらないとな。そうでなければ、見捨てられて終わりだろう。


 そうなると、ある程度は見返りを示した方が良いか。スコラの話に乗るような形で。俺は相手の目をまっすぐに見ながら、真剣な口調で語っていく。


「どんな未来だとしても、お互いが幸せだと良いな。それは、間違いなく本心だよ。スコラの気持ちを無駄にしないためにも、必ず闘技大会を成功させる。約束だ」

「ええ、わたくしも、金銭だけでなく、様々な形で協力させていただきますわ」

「お前が頼れる存在だということは、民衆にも伝わるようにする。俺も助けられたとな。それが、感謝の気持ちだ」


 これが、今の俺にできる限界だ。自分で言うのも何だが、多少は慕われているからな。その人間の評価となると、意味はあるだろう。そうでなくとも、王子の言葉だからな。


 スコラは満足したのだろうか。そんな疑問を抱えながら、目を見ていく。すると、俺の胸に当てていた手を離して、強く抱きしめてきた。


「殿下のお心、確かに伝わりましたわ。わたくしは、殿下をお慕い申しております。これが、その証ですわ」


 スコラは、俺の頬にキスをする。そして、また強く抱きしめてきた。抱き返すか悩んでいると、スコラは名残惜しそうにこちらを見つめて、そのままゆっくりと離れていく。


 そして、更に言葉を続けてきた。


「あなたの幸せが、わたくしの幸せなのです。それを、忘れないでくださいまし」

「分かったよ、スコラ。その想いは、絶対に忘れない。お前の気持ちに報いるためにも、立派な王になってみせる」


 その言葉に、スコラは再び微笑む。そして、俺の頬に手を伸ばしてきた。


「また会いましょう、殿下。その時には、もっと想いを伝えてみせますわ」


 スコラは無垢な少女のように笑う。そして、俺から離れていった。本当はどんな内心を抱えているのか、怖さはある。


 だが、スコラを信じられたら良い。そんな事を思っている自分も、否定できないでいた。

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