闘技大会の開催に必要なものとして、ミリアの許可がある。ということで、そこに向かう。
ミリアはいつものように足を組んで座っており、赤い髪もあいまって威圧感がある。こちらを見て軽くあごを上げると、にやりと笑って話しかけてきた。
「さて、どんな用だ? 殿下の頼みなら、それなりに便宜を図ってやろうじゃないか」
そのセリフは、ちょっと怖いんだよな。便宜を図った対価として、何かを求められないかと。ただ、許可をもらえないことには話が進まないからな。後が怖いとしても、頼むしかない。
結局のところ、俺に出せる対価などほとんどない。いろいろな意味で、出世払いに近い形になるのは避けられないだろうな。ことミリアに至っては、いま以上の権力を持つことも難しいだろうし。
そうなると、靴を舐めるだけで済みそうだった頃の楽さが思い返されるな。実質的には、タダ同然だったのだから。
兎にも角にも、今は頭を下げるしかない。まずは膝をつき、話の態勢に入る。
「今度、闘技大会を開きたいと思っていてな。形式としては、ある程度は集団で戦わせてから、残りを一対一の勝ち抜きにすることを考えている」
人数を集めることと見どころを作ることを同時に実行するとなると、これしかない。総当たりは時間がかかりすぎるし、単なるトーナメントでも厳しい。
一番わかりやすいのは、トーナメントだとは思う。ただ、それでは人数次第で会場が足りなくなるし、足切りは必要だろう。そうなると、今の形になるよな。
ミリアは興味深そうな顔をしてから、こちらを見て頬を釣り上げる。そのまま、一度頷いた。
「さて、協力してやっても良い。騎士団から参加者や護衛を出してもな。だが、タダとはいかぬだろう?」
そう言って、挑発的な目でこちらを見てくる。こちらの要求は達成できそうなので、後は何を対価に差し出すかだけだ。それさえ決まってしまえば、すぐに進むだろう。
とはいえ、宮中伯やスコラにも利益を分配するための話し合いは必要になるだろうが。さて、何を求めてくるかな。俺はまっすぐにミリアと目を合わせた。
ミリアは足を組み替え、再び笑みを浮かべる。そして、要求を口に出した。
「さて、妾の肩でも揉んでもらおうか。どうしても、凝ってしまうからな。これも、重いものがぶら下がっているからだ」
胸の下から両腕で支えながら、そんな事を言っていた。どう考えても胸を強調しているという姿勢で。誘惑でもしているのだろうか。あるいは、自慢だろうか。いずれにせよ、拍子抜けしたのは事実だ。
苦しい要求をされる覚悟はしていたのだが、本当に大したことがない。追加で要求でもあるのかと疑ってしまうくらいだ。
ミリアはそんな俺を見て、笑みを深くして話を続けてきた。
「どうした、何度もまばたきをして。早く動くといい。妾は気が長いが、限度はあるぞ」
そう言われて、慌ててミリアの椅子の後ろに回った。そして、ミリアの肩に手を伸ばす。そして、ゆっくりと揉んでいった。
軽く力を入れただけで、固くなっているのが分かる。騎士団長の仕事は雑務が多いだろうし、本当に大変なのだろうな。相応に、疲れているのだろう。
ミリアに要求を飲んでもらいたいこともあり、まずは軽い力で少しずつほぐしていく。プロではないから、これが正しいやり方なのかは分からないが。
「どうだ、ミリア? 少しでも、楽になったか?」
「何を言う。まだ何もしておらぬも同然ではないか。もう終えたいとでも言うのか?」
少し声を低くして、そんな事を言われる。終えたいかと言われれば、そうではない。肩を揉むくらいのことで要求を飲んでもらえるのなら、いくらでもやる。
とはいえ、一日中とかになると困りはするが。俺には他の人との交渉だってあるからな。ミリアだけに時間を使う訳にはいかない。
ただ、どうせならしっかりやりたいところだ。こんなことで好感度を稼げるのなら、真剣にやるに決まっているだろう。
「まさか。ミリアが心地良いと感じてくれているのなら嬉しいと思っただけだ」
「ならばよい。しっかりと、妾に奉仕するのだぞ? うまくやれたのなら、他の部分に触れさせてやっても良い」
ミリアは、両腕で胸を持ち上げながら語っていた。少しだけ、唾液が溜まったような感覚がある。だが、どこまで本気かが問題だ。単なる冗談なのに真に受けてしまっては、期限を損ねるだろうからな。
逆に、誘惑だと言うのに無視をしたとしても、それはそれで不満に思うだろう。どちらと推測して、どう行動するか。そこまで考えて、唾液の感触を思い出す。これだ。そう感じて、つばを飲み込んでいく。
「くくっ。妾の色気に、言葉も出ないか。可愛らしいものだな、殿下よ」
「そうだな。お前は、とても魅力的だよ。つい見とれてしまいそうなくらいにはな」
「お主さえ望むのなら、情夫にしてやってもよいのだぞ? 妾のモノになれるなど、光栄だと思わないか?」
どこか満足げに、ミリアはそう告げる。だが、今は検討する価値すらないな。ミリアのものになってしまえば、ユフィアが敵に回るだろう。そうなったら、俺は終わりだ。
今の俺にとって、最大の後ろ盾がユフィアなんだ。だからこそ、そこを軽んじる人間は誰からも信用されないだろう。俺が選ぶべき道は、ミリアの情夫ではない。
ただ情夫になるだけで安全が保証されるのであれば、どれだけ楽だっただろうか。だが、そんな未来はこれからもないのだろうな。
少し力を入れて肩を揉みながら、ミリアに返答する。
「魅力的ではあるが、無理だな。そうしてしまえば、敵に回す相手が多すぎる。ミリアだって、困るだろう」
「確かにな。ユフィアに敵対できるだけの準備は、整えておく必要があるだろう。そして、それは今ではない。まあよい。しっかりと、考えておくのだぞ」
やはり、ミリアは当たり前のようにユフィアと敵になる未来を想定している。実際、これから先に皆で仲良くする未来など、無いのだろうな。そう考えると、悲しくなってしまう。
だが、それでも俺は生き延びないといけない。死にたくないのだから。そのためにも、まずは闘技大会を成功させなくては、そう決意して、ミリアの肩をしっかりと揉んでいく。
「良いぞ、殿下。なかなかうまいではないか。王子より、按摩師の方が向いているのではないか?」
「どうだかな。それでも、俺は王子として生まれた。他の道は、無いのだろうさ」
間違いなく、本心だ。按摩師として生活できるのなら、それも悪くなかったのだろう。だが、俺の立場が許さない。王子である立場を捨てようとすれば、逃げようとした愚か者として殺されるだけだろう。
少なくとも、俺の知り合いは全て失望して敵に回るだろうな。だからこそ、王への道を突き進むしか無いんだ。
そのまま肩を揉み続け、しばらく。ミリアの方から声がかかる。
「さて、肩もだいぶ軽くなった。大義であったぞ、殿下。約束通り、闘技大会の件、手伝ってやろう」
思わずガッツポーズをした。ただ肩を揉むだけで騎士団長の協力が得られるなんて、どれほど楽なことか。
ミリアは肩を回しながら立ち上がって、こちらの方を向く。
「そうだな、殿下。ついでに、褒美をやろう。スコラに話を通しておくから、資金援助を持ちかけると良い」
いたれりつくせりで、もう一度ガッツポーズをしそうになったくらいだ。ミリアがこちらを向いているから、我慢したが。
そんなミリアは、胸を持ち上げながらこちらに笑みを浮かべてくる。
「それとも、別の褒美が良かったか?」
少しだけ、ミリアをじっと見てしまう。すると、軽く鼻を鳴らしてこちらをじっとりとした目で見てきた。
「なんてな。妾に忠誠を誓うのなら、許してやっても良い。面白い顔をしていたぞ、殿下。では、用は済んだだろう。帰ると良い」
その言葉を最後に、ミリアは椅子に座って足を組む。俺は部屋を去りながら、スコラとどう交渉するかについて考え始めていた。どこかに、わずかな名残惜しさを感じながら。