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第28話 未来へのアイデア

 ひとまずイデア教は撃退できた。とはいえ、新しい課題が見えてきたのも事実だ。それは、異民族に対する不安。だから、民衆は異民族を打ち破れる人間を重用することを望んでいる。そうすることで、異民族の脅威に対抗できると信じているんだ。


 ただ、現実に王都にやってきそうな人間は、次なる反乱を巻き起こすことになる。少なくとも、原作ではそうだ。


 自分の扱いに不満を覚え、宰相一派や騎士団長一派を殺しにかかる。そこで一部の人間が死に、結果として国の崩壊の引き金を引くというものだ。その結果として、王家は翻弄され、最後には全滅する。当然俺も。そんな未来の始まりになるんだ。


 だから、何としても止めなくてはならない。下手したら、ミリアやユフィアまで死ぬのだから。少なくとも、今は大切な味方である存在が。


 その対策として俺が考えている案が、いくつかある。直近で実行できそうなのは、闘技大会だ。そこで、ユフィアに相談することにした。


「なあ、ユフィア。闘技大会を開くって案は、どう思う?」


 そう問いかけると、ユフィアは清楚な笑みを浮かべて頷く。それに合わせて、長い銀髪がふわりと揺れた。甘い香りがして、少しだけ気を取られてしまう。


 こちらを見ながら、ユフィアは俺のあごにそっと手を触れてきた。優しげな笑顔を向けながら。


「面白いことを考えましたね。ローレンツさんには、どんな狙いがあるんですか?」

「大きく分けて、3つある。まずは、民衆に娯楽を提供すること。次に、強い人間を雇うため。最後に、自国の武将は強いのだと示すためだな」


 ひとつめは、単純だ。闘技大会という見世物をすることで、盛り上がってもらってイデア教に受けた苦しみと異民族への不安を少しでも軽くすること。


 もうひとつは、これもまた単純だな。闘技大会で優勝するくらい強い人間を雇えれば、戦力を強化できる。ユフィアには言っていないが、原作で最強のキャラが出てくるのではないかと期待している部分もある。同時に、成り上がりの可能性を示せるんだ。民衆に希望を持たせられる。


 最後は、闘技大会に参加した者の戦いを見ることで、自分たちを守る存在は強いのだと知ってもらう。そのためにも、騎士団に所属する強者も参加できるようにするつもりだ。


 さて、ユフィアはどう評価するだろうな。そう思いながら見てみると、楽しそうな笑みを浮かべていた。


「ローレンツさんも、成長していますね。ひとつの行動で、複数の目的を達成しようとする。悪くありません」

「点数をつけるとすると、どうだ?」

「私から見れば、65点くらいですかね。十分だと思いますよ。ただ、そうですね。賭けの胴元になってみてはどうでしょう。そうすれば、もっと大きく成果が出ると思いますよ」


 なるほどな。盛り上がりも増すし、こちらで金銭を手に入れることもできる。そして、民衆に夢を与えるという点も強化される。総合的に効果が強くなる、良い案だ。やはり、ユフィアは格上だと思い知らされるな。


 だからこそ、ユフィアが味方であるうちに、盗める部分を盗む必要がある。そうでなくては、ユフィアに裏切られた時点で詰むのだから。


 そうだな。こちらからも、何か追加の案を出せればいいが。そうだな。大々的なイベントにするためには、こんなのはどうだ?


「優勝者は近衛騎士になれる。そう布告するのはどうだ? リスクはあるが、盛り上がるとは思う」

「なるほど、自分の味方を増やしたいんですね? 王を目指す覚悟が、固まってきましたか。そんなに、私を手に入れたいんですね。嬉しいですよ、ローレンツさん」


 そう言いながら、優しく頬に手を触れられる。それから、慈しむような目で頬を撫でられた。どう考えても、誘惑されている。それなのに、頬に感じる体温が好ましいと思ってしまっている。


 ユフィアは、この国を支配して欲を満たし続けてきた毒婦だ。それなのに、どうして心を許そうとしているんだ。ただ利用し合う関係のはずだろうに。


 否定しようとしても、ユフィアの体温でリラックスしてしまっているのは事実だ。だが、手を振り払うこともできない。いま敵対心を示せないのが理由の半分。もう半分は、語るまでもない。自分でも分かる。愚かなことだと。


 歯を食いしばってみると、優しく微笑みかけられた。そして、唇を人差し指で押さえられる。


「とても嬉しいですよ、ローレンツさん。あなたにとって、私が魅力的だという事実は。もっと、求めてくれて良いんですよ……? あなたなら、特別に、ね?」


 そんな事を言いながら、そっと首を傾けるユフィア。特別だという言葉に、確かに惹きつけられている俺がいた。思わず、ユフィアの口元を見てしまう。緩んでいるのが見えて、つい胸の高鳴りを感じた。


 だが、いま考えるべきことは闘技大会のことだ。それを思い出して、目をつぶって深呼吸する。甘い香りに負けそうになりながら、全力で拳を握って抵抗した。


 そして、闘技大会の話に思考を戻す。ここでどこまで俺の周囲に利益をもたらせるかも、腕の見せ所だ。さて、どうしたものかな。


「闘技大会に、スコラや宮中伯も誘うのはどうだ? 実力を見せつけさせてもいいし、闘技大会の参加者に優先的に声を掛ける権利を与えてもいいだろう」

「ふふっ、王らしい役割も気にするようになったんですね。私の話を無視されたのは悲しいですけど、ローレンツさんの成長は嬉しいです。今後も、ずっと見たいですね」


 願いが叶ったみたいな顔をしながら、そんな事を言う。だから、好かれているのだという希望を捨てられない。ユフィアは間違いなく計算しているのだと分かっていて、それでも。


 だが、ユフィアの言葉は重要なことだ。王となったとしても、俺は絶対的な権力など振るえないだろう。周囲の力関係に気を配りながら、細かく交渉していく。それが俺の未来のはずだ。


 だからこそ、今回しっかり練習しておかないといけない。そうだよな。その先に、ユフィアを手に入れられるのだろうか。いや、いま考えるべきことじゃないな。まずは、闘技大会のことだ。


「ユフィアは、賭けの胴元になるんだよな? 利益の分配は、お前に任せるよ」

「良いんですか、私が独占しても?」

「お前が本気で最良だと判断するのならな。その程度には、信じるよ」


 悪い顔を浮かべていたユフィアは、目をパチクリとさせる。それから、ゆっくりと微笑んだ。


「人から信頼されるって、こんな心地なんですね……。ふふっ、いい気分です」


 とても穏やかな顔をしていて、満たされているのだろうと感じる。だが、どこまで本心だろうか。そんな疑問もある。


 俺から信頼されることを心地いいと感じていてほしいと、願ってしまう。ただ、相手はユフィアだ。表情なんて、いくらでも作れる。それでも、ユフィアを信じられるのなら、どれだけありがたいか。つい、目をさまよわせてしまう。


 そんな俺の悩みを置き去りにして、ユフィアは言葉を続けていく。


「さて、そうと決まれば、ミリアに許可を取りに行ってもらいますよ。騎士団は、当然関わるんですからね」


 どこか冷たい瞳で、俺を見つめてくる。九割九分、俺への牽制だ。ミリアに傾倒するなという。ただ、ほんのわずかな可能性。ミリアに嫉妬しているという考えが浮かんでしまった。


 そうだとするのなら、どれほど嬉しいか。そこまで考えて、太ももをつねって立ち上がった。


「分かった。なら、さっそく話を持っていくよ。こういうことは、早い方が良い」

「すぐに、私のところに戻ってきてくださいね。約束ですよ、ローレンツさん」


 じっと見つめながら語られる言葉が、一分の可能性を広げてくる。そんな感覚を持ちながら、ミリアの部屋へと足を進めた。

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