ひとまず論功行賞が終わって、俺は一息ついていた。まだまだやるべきことは多いが、大きな事件がひとつ終わったと言えるからな。つかの間の休息と言える。
とはいえ、完全にひとりになることは難しい。ユフィアとはほぼ毎日会っているし、他の人との関係を築くためにも時間を使わないといけない。
まあ、王になったら今より忙しくなるだろう。今のうちに慣れておくのは、絶対に必要なことだ。
そんなこんなで、今もユフィアと話をしている。今回は、論功行賞についての反省会だ。ユフィアは穏やかな笑みを浮かべて、こちらに話しかけてくる。
「ローレンツさん、頑張りましたね。未熟な点はありますが、十分な成果だと言えるでしょう。これは、そのご褒美です」
そう言って、ユフィアはこちらの頬に手を添える。そしてだんだん顔を近づけてきて、やがて頬にキスをされた。それで、以前にもうすぐですよと言われたことを思い出してしまう。あの時は、頬に唇が触れる直前で止められたんだよな。
なら、ユフィアはいずれ俺と結ばれるつもりがあるのではないだろうか。空手形ではなく、本心なのではないだろうか。そんな考えが浮かんでしまった。
分かっているんだ。ユフィアは俺を操ろうとしているだけだって。それなのに、希望を捨てられないでいる。ユフィアは頬から離れて、こちらに微笑みかける。愛おしいものを見るような目で。それが本物だと、信じたいと思ってしまう。ユフィアの唇に、目を引きつけられてしまう。
そんな自分を自覚して、何度も首を横に振る。ユフィアはそんな俺を優しい笑顔で見つめていた。
「ユフィアに評価されたのなら、嬉しいよ。だが、ここで満足していられないな。バーバラに認められるくらいの実力は、身につけたいものだ」
「ふふっ、大変だと思いますよ? ローレンツさんは素敵ですけど、まだまだ足りないものは多いですから」
当たり前のように、素敵だなんて言ってくる。穏やかな声で。柔らかい笑みを浮かべて。だが、負ける訳にはいかない。
ユフィアを信じるのだとしても、今ユフィアに溺れてしまえば、この国は滅ぶだろう。そしてきっと、俺もユフィアも死ぬ。だからこそ、未来のためにも立ち止まっていられない。
俺は必ず、未来をつかみ取ってみせるんだ。そんな気持ちを込めて、ユフィアに向き合う。
「なあ、お前から見て、俺に足りないものは何だ? 教えてくれ、ユフィア」
「そうですね……。一番大事なのは、きっと強い意志ですよ。何を犠牲にしても、王になるのだという。私を手に入れるのだという、ね」
そんな事を言いながら、ユフィアは俺のふとももに手を伸ばす。そして、優しい手つきで撫でてきた。
どこまでが、ユフィアの本心だろうな。俺に王になってほしいのか、あるいは堂々とした男になってほしいのか。それとも、ただの手駒でいてほしいのか。
いずれにせよ、俺は王にならないといけない。宣言したことも叶えられないとなれば、俺は軽んじられるだろうからな。そして、価値を失う。
なら、なりふり構わず突き進むべきなのだろうな。敵を作ってでも、ユフィアの望みに近づくのだとしても、ミリアの靴を舐めるのだとしても。
俺はあくまで凡人だ。だからこそ、寄り道をしている時間はないんだ。王になるために人生のすべてをかけて、それでようやく勝負になるのだろう。なら、いま俺のやるべきことは単純だ。
「なあ、ユフィア。これからも、俺を支えてくれ。そして、王になる姿を見ていてくれ」
そう言いながら、頭を下げる。結局のところ、ユフィアに見捨てられたら俺は終わりだ。それは、しばらくは続くだろう。だからまずは、ユフィアとの信頼関係をしっかり構築する必要がある。俺はユフィアの誘惑に負けた訳じゃない。冷静に判断した結果だ。そうだよな。
俺の姿を見て、ユフィアはきれいな笑みを浮かべて頷いた。
「私は、他の誰でもない、あなたに王になってほしいんですよ。そのためなら、力を貸しますよ。ですから、私を求めてください。それは、私だって嬉しいんです。ね、ローレンツさん」
「ありがとう。お前に認められるためにも、まずは宮中伯と仲良くしてみせるよ。それに、民の支持も得てみせる」
「良いですね。それが成功したら、さっきのものより素敵なご褒美をあげますよ。ねえ、ローレンツさん。もっと素晴らしいものが、欲しくはありませんか……?」
そう言いながら、上目遣いで見つめてくる。さっきのというのは、頬へのキスのことだろう。そう考えていると、俺の唇に人差し指を当ててきた。そして、そっと左右に撫でてくる。
もしかしたら、次のご褒美というのは本当のキスなのかもしれない。そんな事を感じて、ついユフィアの唇に目を向けてしまう。すると、ニッコリと笑って、言葉を続けてきた。
「楽しみにしてくださいね、ローレンツさん。あなたなら、達成できると信じていますよ」
そう言い残して、ユフィアは去っていく。唇に名残惜しさを感じて、つい手を持っていってしまった。今でも、ユフィアの体温を感じる気がする。
しばらくボーっとして、それから気を取り直す。そして、いつもの予定通りに民衆の言葉を聞きに行った。市井の生活の中に混ざって。
「今日の踊りは、楽しんでいただけましたか……?」
そんな事を言う踊り子におひねりを渡しつつ、近くの席に居た観客と感想を言い合ったり。
「あの踊り子、色気がすごいですよね。表情も動きも、見ごたえがあります」
「フィースちゃんの魅力が分かるとは、いい趣味してるじゃないか!」
料理屋にできた行列で待ちながら、隣の人と世間話をしてみたり。
「このお店、美味しいですよね。並ぶだけの価値があるって思います」
「仕事の間の、いい楽しみだな。腹だけじゃなくて、心も満たせるよ」
重いものを運んでいる老人を手伝って、駄賃を渡されたり。
「ありがとうね。これは、お小遣いにしてちょうだいね」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです。ずっと元気でいてくださいね」
それぞれに恩を売りつつ、護衛に俺の正体をそれとなく明かさせたりもしていた。
「殿下! そのようなところで働かずとも、私に代わっていただければ!」
なんて明かした時に、目を見開いている姿が印象的だったりしたな。何度も繰り返しているので、薄々気づいている人も居たようだが。
いずれにせよ、俺は好意的に受け入れられていると言えた。二度目に会った人には、明るく迎えられることもあったし、平伏されることもあった。他にも、お礼を言われることもあったな。
そんなこんなで、心を開いてくれる住民も多かった。ときおり、不満をぶつけてくる民もいたが。
「そんなところで遊んでいる暇があったら、少しでも必死に働いたらどうだ!」
なんて言われたこともある。その時は、周囲の人間が袋叩きにしていたので、止めたのだが。それでも、止めた俺に感謝するどころか、にらみつけて去っていかれたこともあった。
ただ、好意的な相手も嫌ってくる相手も、どちらも言っていることがあった。
「イデア教は倒れたみたいだけど、最近はエルフや獣人が怖いわよねえ。どうにか、対策してくれないかしら」
「異民族と戦っている貴族が、王都に来てくれたりするといいんだが。しっかり対策してほしいよな」
そんな情報が耳に入るにつれて、次の動きがもう始まっていることを実感していた。
原作でもあった事件が、すぐ目の前に迫っている。だからこそ、俺は動き続けなければいけない。覚悟を決めて、俺は胸に手を当てた。