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第26話 味方を求めて

 ルイズとバーバラの願いを聞いて、後はサレンだ。何が出てくるのかが怖くはあるが、これまでの流れがあるからな。無茶な要求はできまい。そういう意味では、落ち着いて聞いていられる。


 ふたりの願いは、俺に具体的な何かを求めるものではないからな。これで、俺にさらなる報酬を用意することを願い出れば、まあ空気を読めない人間として扱われるだろう。


 それに、サレンが俺を嫌っている感じはしない。相応に配慮してくれるだろうと思う。ということで、まっすぐにサレンの目を見つめて、話を聞く姿勢に入る。


 サレンは、じっと俺と目を合わせながら、堂々と話し始めた。


「殿下には、直接的なお願いはないかな。ふたりと一緒で、今後の関係に関わる話ではあるけれど」

「何を言っても、別に構わないと思いますよ? ローレンツさんにだって、断る権利はあります」


 ユフィアは笑顔のまま、そんな事を言う。サレンを試しているのか、あるいは状況を引っ掻き回しているのか。はたまた、俺が本当に断るかどうかを見ているのか。


 いずれにせよ、サレンの気が変わったら困るんだよな。要求を断るのにも、神経を注ぐ必要があるのだから。


 どのように断るのか、あるいはどこまでなら要求を飲めるのか。そこまで考えた上で返答しないといけない。だからこそ、ユフィアは興味を持っているのかもしれないが。あるいは、バーバラに俺の返答を見せようとしているのかもしれない。


 考えれば考えるほど、袋小路にハマりそうだな。だが、王を目指すのならば、決断は避けては通れない。


 来るなら来い。そう考えて、サレンの方を見ながら頷いた。すると、サレンは少し微笑んで、俺に要求を突きつける。


「今すぐに何かをしてほしいということはないかな。ただ、覚えていてほしいことがあるよ。それは、僕がいずれ自領を持ちたいと考えていること」


 サレンの目には、ギラギラとしたものが見えた。確か、ベンニーア家の客将的な立ち位置なんだよな。そこまで考えて、思わずスコラに目を向けてしまった。スコラは、俺の方を見て柔らかく微笑みかけてくる。


「わたくしは、殿下の意思に従うまでですわ。いかようにも、お命じください」


 そうは言うが、おそらくは俺を試しているのだろうな。いや、正確には裏切るかどうかを考えているのかもしれない。とにかく、スコラの立場をどう考えているのかを注視されている。それだけは間違いない。


 ここでスコラを選べば、サレンは敵に回るだろう。逆にサレンを選べば、スコラの感情は遠のくだろう。


 だが、今の段階で決め打ちするのは難しい。正直に言えば、味方として期待できるのはサレンの方だ。原作の記憶では、身内には優しいが敵には厳しいという性格だったはずだからな。つまり、サレンの身内になってしまえば、そう簡単には敵対されない。


 転じてスコラは、今の段階でもコウモリとして動いている。だが、ベンニーア家の主ということもあり、抱える兵力や財力などは無視できない。


 総合的には、人間的にはサレン、力で言えばスコラといったところ。だからこそ、難しい。いまの俺の立場はもろい。簡単に首をすげ替えられる程度の存在でしかない。だから、スコラの協力がほしい。


 だが、長期的に見れば、サレンが味方である方が心強い。信頼できる関係になれるのは、サレンだろうからな。


 なら、今どちらかを敵に回すのはマズい。完全な理想は、両方味方にすること。最低なのは、どちらも敵に回すこと。現実的に実現できそうなのは、スコラの力で当座を乗り切って、最終的にサレンと組むこと。


 そうだな。なら、どんな言葉を選ぶのが良いか。サレンに言質を与えてはいけない。スコラに敵対の兆候を悟られてはいけない。その中で適切な言葉は。


 迷っている時間はない。なら、ここで言葉にしないとな。少し深呼吸して、サレンに言葉を返した。


「覚えておくだけなら、構わない。だが、実際に何かを実行するとは約束できない。理解してくれ」

「うん、そうだね。殿下の立場も、分かるつもりだよ。ありがとう。覚えると言ってくれて」


 納得したような事を言いながら、サレンはどこか悲しそうな目をしていた。スコラは薄く微笑んでいる。


 さて、どういう評価をされただろうな。それは、今後を注視する必要がある。今どちらかを選ばなかったことがどう出るか、怖くもある。だが、もうサイコロは振られた。戻ることはできない。


 なら、今の選択を有効活用できるように考えるしかない。そう割り切るだけだよな。


「スコラ。サレンに、あまり無体なことをしないでくれよ? 宮中伯として、重要な役割を担うんだからな。その分は、何か考えておくよ」

「ありがとうございます、殿下。わたくしの立場も考えてくださって。今後とも、一層忠義に励みますわ」

「安心していろ、殿下。妾の前で、妙な真似はさせんよ。宮中を乱す愚か者は、許しておかぬ」


 ミリアは堂々と宣言する。サレンは少しだけ微笑み、スコラは笑みを深めていた。少しばかり、場の状況がサレンに傾いている。それをスコラがどう思うかは明らかだ。


 なら、その分の対価として、相応のものを出さなければならない。俺に出せるものはといえば、そうだな。


「スコラ。お前の忠義には、確かに支えられている。だからこそ、約束しよう。俺に死んでくれという程度の願いでない限り、お前が心底困った時には手を貸すと」


 相手に何もかもを投げ出すような判断ではあるが、俺の使える力を考えると、あまり確実な何かは保証できない。役職も金銭も、ユフィアやミリアが断ればおしまいなのだから。


 ミリアの時のように、靴を舐めるくらいで済めばいいが。正直に言えば、怖くはある。相当なリスクを抱え込んでいるのだからな。震えそうな気持ちも、どこかにはある。だが、他の道は思いつかない。


 今の状況で俺にできることを考えると、相手に判断を投げることしかできない。未来に負債を押し付けるような話ではあるが。


 スコラはニッコリと笑い、まっすぐに俺のもとへ歩いてくる。そして、ひざまずいて俺の手の甲にキスをした。


「殿下のお気持ち、確かに受け取りましたわ。そのお心に報いるためにも、必ずや殿下を満足させてみせますわ」


 その瞬間の笑顔は、俺には本物に見えた。ユフィアは楽しそうに笑っていて、ミリアは眉をひそめている。そしてサレンは、どこか困ったような顔をしていた。


 きっとサレンは、スコラの力が大きくなると嫌なのだろうな。だが、今の状況では他の手段はない。あちらを立てればこちらが立たずだ。本当に、難しいものだ。ため息をつきたいくらいには。


「とんだ空手形ね。でも、今の殿下に出せるものは、それだけよ。ねえ、ユフィア?」


 バーバラは、ユフィアに挑発的な視線を向ける。まあ、実質的にこの国を支配しているのはユフィアだ。それを言っているのだろう。ユフィアは笑みを崩さないまま、穏やかな口調で返答した。


「ローレンツさんが王になれば、多くの力を手にできるでしょう。私を好きにすることだってできるかもしれませんよ。ねえ、ローレンツさん?」


 流し目で、俺の方を見てくる。ユフィアは、俺が王になった時に、王冠としてユフィアを手に入れるのはどうかと言っていた。それを、思い出してしまう。


 本気で、俺と結ばれても良いのだろうか。本当に、愛されているのだろうか。そんな感情が浮かび上がってしまう。


 だが、負けてはいけない。ここで誘惑に乗れば、間違いなくバーバラは失望する。それを思い描きながら、頬を噛んでユフィアを見返した。すると、ユフィアはまた楽しそうに笑っていた。


「殿下が王様になったら、きっと平和が近づいてくれるよね。私は、そう信じています」


 ルイズの願いを裏切れば、きっと俺は命を狙われるのだろうな。だが、平和は俺の願いでもある。だからこそ、そこに向けて進むという決意は変わらない。その意思を込めて、ルイズに頷いた。


「ああ。そのためにも、みんな協力してくれ。俺ひとりでは、絶対に叶えられない未来なのだから」


 ルイズは満面の笑みを浮かべ、バーバラは値踏みをするように見つめ、サレンは少し目を伏せながらうつむく。


 そしてユフィアは楽しそうな顔を続け、ミリアは腕を組んで頷き、スコラは頭を下げた。


 これからも、困難は待っているだろう。だが、少しでも多くの仲間を手に入れて、俺は未来をつかみ取ってみせる。そんな決意を込めて、拳を握った。

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