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第24話 心からの願い

 義勇軍の主、ルイズには俺に頼み事があるらしい。まあ、こんな機会でもないと、俺に意見を言う機会なんて無いだろうからな。


 実質的には、ユフィアがこの国の王のようなものだ。俺は、単なるお飾りに過ぎない。それでも、ルイズの立場からなら、俺が王に見えるのだろう。義勇軍として立ち上がった、民衆の中のひとりなのだから。


 つまり、政策で失策がおきれば、俺のせいになるのだろう。あらためて、気を引き締めるべきだな。


 さて、どんな内容だろうな。ルイズは必死そうな顔で、ユフィアは興味深そうにながめている。ミリアやスコラは眉をひそめているが、何も言わない。


 バーバラやサレンは、面白そうな顔をしているな。さて、この反応からも感情を読み取る必要がある。王子というのは、大変なものだな。


 そうしているうちに、ルイズは勢いよく語り始めた。


「私は、この国を平和にしたい。みんなが笑って暮らせる場所にしたい。そのためなら、どんなことでもするよ。だから殿下、手伝ってくれませんか?」


 ルイズはそう言いながら、軽くはにかんで手を差し出してくる。


 原作では、実際に平和を目指していた。そのための手段は選ばないのが、恐ろしいところでもあったのだが。毒でも人質でもなんでも使って、平和の敵と認識した相手を殺していく。そんな人だったからな。


 さて、どう返答したものか。平和自体は、俺の望みでもある。正確には、デルフィ王国が壊れない形の平和ではあるが。少し、考えないといけないな。ルイズとの今後に、間違いなく影響する。


 いや、それだけじゃない。俺が平和についてどう考えているかを、この場の人間に知られるんだ。少なくとも、表に出して良いと考えている意見を。かなり慎重に、言葉を選ばないといけないな。まずは思考を引き伸ばすために、どうとでも取れる言葉から話し始める。


「平和か。確かに尊いよな。イデア教は、ただ生きている人の生活を奪った。それは、とても罪深いことだ」

「そうですよね。だから、私は立ち上がったんだ。流れる涙を、少しでも少なくするために」

「ふふっ、面白いですね。そのための手段として、あなたが何を選んだか。聞いていますよ?」


 ユフィアは弾むような声で問いかける。ルイズを試すついでに、俺も試しているのだろうな。やはり、周囲にも気を配らなければならない。ミリアやスコラ、バーバラにサレン。そいつらがどう思うかまで計算しないといけない。本当に大変だ。ため息をつきたいくらいには。


 目の前のルイズは、まっすぐな目でこちらを見てきた。決意を込めているような目だと、すぐに分かった。


「一刻も早く、争いを終わらせたい。それが、私の全てなんだ。その気持ちを、殿下にも分かってほしいです」


 誰かが鼻で笑っているのが聞こえた。疑わしいのは、ミリアやスコラ、バーバラだな。ルイズも、少しうつむいている。まあ、青い理想だと言うのなら、そうなのだろう。俺にも分かる話だ。


 ただ、ルイズの決意は本物だ。それこそ、誰を犠牲にしようとも平和を求める。俺が邪魔者だと判断したのならば、ためらわずに殺すだろうな。そう思うと、少し緊張してきた。汗とか、かいてないよな?


 実際、部下が戦いを望んでいた時に、それを聞いたルイズは即座に殺したという描写が原作にはあった。本当に、手段を選ばない存在なんだ。だからこそ、警戒すべき相手でもある。


 ただし、無軌道に誰でも殺すわけでもない。共に戦う仲間を大切にしている描写もあるし、民を慈しんでいるのは間違いない。自分たちの身銭を切ってでも食料や農具を与えた描写もあった。


 この目で確かめたわけではないが、似たような報告は受けている。良くも悪くも、純粋に平和を求めているのだろう。ただ、恐ろしいのは、特にきっかけらしきものが原作で描写されていなかったことだ。ただ理想を追い求めているだけの化け物だと思う瞬間もあった。


 ただ、これから接していく中で、ルイズの本心を知る機会もあるかもしれない。まずは、仲良くなりたいものだ。


 そう考えていると、まずバーバラが言葉を発した。


「そうね。まずは、平和の定義について聞いてみましょうか。あなたは、どう思っているの?」


 興味深そうに、返答を待っている。確かに重要なことだな。それが曖昧なら、ルイズはとても危険だ。いつまで経っても満足せずに、ひたすら暴走し続ける可能性だって想定できるだろう。


 察するに、バーバラはルイズがただ青い理想を抱くだけの愚か者かを見ているのだろう。どこまで自分の理想と現実の間で整合性を取ることができるのか、確認しているのだろう。


 結局は、ルイズが好敵手に値するか、あるいは幕下に引き入れる価値があるかを測っているのだろうな。バーバラも、十分に警戒すべき相手だ。ヘタをしたら、味方を奪われかねない。


 ただ、ルイズは少しも迷うことなく、ほんの少しも乱れない声で返事をする。


「もちろん、ただ生きているだけの人が争いに巻き込まれなくてすむ世界だよ。死ななくてすむ世界だよ。そんなの、許せないでしょ?」

「ならば貴様は、盗賊がひとりもいない世界を目指すのか? そんなものが、実現できると思っているのか?」


 ミリアは、どこかバカにしたようにルイズに問いかける。まあ、大事な話だ。本当の意味で争いのない世界なんて、どうやっても実現できない。前世でも、現世でも。


 商人だったミリアは、何度も人間の汚い姿を見てきたはずだ。騎士団長になるまでに、いや、なってからも、簡単に裏切る人間も、立場で態度を変える人間も、いろんな愚か者を見てきたはずだ。そんなミリアにとって、おそらくは検討する価値もない意見なのだろう。


 ただ、そんなことはルイズだって分かっている。揺れることのない瞳で、まっすぐにミリアを見返した。


「その世界は、後の世代に託すよ。今の私は、戦争を止めるだけだよ。殿下、どうかお願い。私に手を貸して」


 そう言って、頭を下げる。ルイズは、戦争を否定しているだけなんだ。とはいえ、今から世は荒れる可能性は高い。その中で、どうにか生き延びる。それが俺の目標だ。だから、少しルイズをまぶしく思うところもある。


「わたくしは、殿下に従いますわ。思うがままに、振る舞ってくださいまし」


 スコラは穏やかな顔でそう言うが、情勢次第ではルイズに味方することも考えるのだろう。コウモリであるということは、そういうことだ。


 きっと、スコラは本当の意味では誰も信じられないのだろう。信じない、ではなく。おそらくは、自分の力と能力だけを頼りにしているんだ。少し、悲しいことだよな。


 だが、同情で判断を歪めてなどいられない。俺だって、生き延びるために全力を尽くす。それだけだ。


 そうだな。確実な言質を取らせずに、それでもルイズに反対しないと伝える。そのあたりが限度か。よし、行くぞ。俺は、ルイズの目をじっと見た。


「民が傷つくのは、俺だって心苦しい。この国が平和であることは、俺だって嬉しい。だからルイズ。そのために、お前の力を貸してくれないか?」


 ルイズの顔を見ると、目を輝かせていた。こういうやり取りは、まだ未熟なのだろうな。俺は実質的には何も言っていないに等しい。それでも、俺の協力を得られたと思うのだから。


 だが、悪く思わないでくれよ。俺だって、生きるのに必死なんだ。そのためには、手段を選んでいる余裕はない。残念だが、単なる事実だ。


「ありがとう、殿下。一緒に、平和のために頑張りましょうね。私も、頑張るから」


 そう言って、ルイズは俺と握手する。その様子を見て、バーバラが口を挟んできた。


「ねえ、殿下。ルイズだけ、特別ということはないわよね? 同じ宮中伯になるものとして、私たちの願いも聞いてもらいたいものね」

「そうだね。僕としても、殿下に聞いてほしい話はあるかな。お願いします」


 抜け目のない相手だことだ。だが、ここで味方を増やしておけば、今後の活動に役立つ。そのためにも、しっかりと話を聞かないとな。ふたりに向き合い、俺はしっかりと頷いた。

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