イデア教に何度も勝利し、追い込み続けた。そうすることで、ついにベンニーア領までたどり着いた。後は、最後の詰めだけだな。
スコラにクロードを討ち取らせ、その手柄に対して褒賞を与える。そうすることで、今回の策が完成する。まずは、スコラに会うところからだ。
ということで、バーバラの部隊に護衛されながら、スコラのもとへと向かった。
「ここまでは、あなたの指示通りに動いてあげたわ。成果を出せないのなら、私は失望すると覚えておきなさい」
そんな言葉とともに、バーバラに送り出された。実際に、俺を測っている部分はあるのだろう。同時に、激励のようにも感じた。力強い声で伝えられたからな。
振り返ると、バーバラは不敵に微笑んでいる。俺の予想は、そう外れてはいないのだろう。実際、ここは正念場だ。ここで失敗すれば、これまでの苦労が水の泡だ。まあ、多少の失敗程度では敗北しないのだろうが。
だからといって、油断して良いはずがない。バーバラから離れつつ、俺は深呼吸した。そして、スコラの天幕へと向かう。
「スコラ、俺だ。ローレンツだ。今は、大丈夫か?」
「殿下であれば、いつでも構いませんわ。どうぞ、お入りくださいまし」
柔らかい声で、そう告げられる。天幕に入ると、笑顔のスコラが居た。ここからが、俺の計画の最終段階だ。さあ、気合いを入れないとな。笑顔の仮面を被り、スコラに向き合う。
「まずは本題から入ろうか。スコラ、お前に、クロードを討ち取ってほしい」
その言葉を受けて、スコラは視線をさまよわせる。俺の言葉の意味を、考えているのだろう。数秒して、スコラは華やぐような笑顔を見せた。
「殿下のお心、しかと伝わりましたわ。わたくしに手柄を立てさせるために、この場を用意されたのですね」
ベンニーア領にイデア教を追い込んでいたことくらい、スコラなら分かっただろう。その情報と俺の言葉があれば、当然のように真実にたどり着く。
やはり、スコラは優秀だ。今後も、頼ることになるだろう。同時に、決して油断してはならない相手だ。俺が安易な策を練れば、簡単に見抜かれるだろうからな。
ただ、まずは今回の計画をしっかりと伝えていくところからだな。
「クロードの居場所は、すでに掴んでいる。ベンニーア領の南西から、今は東に向かっているところだ」
「かしこまりましたわ。殿下のために、必ずやクロードを討ち取ってみせますわ。見ていてくださいまし」
そう言って、スコラは柔らかい笑みを浮かべる。俺は手を差し出して、スコラはそれをつかむ。
「お前なら、必ずクロードを討ち取れるだろう。だが、気を付けてくれよ。余計な怪我は、してほしくない」
「心配していただき、ありがとうございます。後は、わたくしにお任せください。殿下に、わたくしが頼れる女だというところを、お見せしますわ。存分に、見とれてくださいまし」
軽く笑いながら、冗談めかして言われる。その言葉で、気が軽くなる感覚があった。おそらくは、俺が気を許すように誘導しているのだろう。そう理解していても、頼りになると思わされる一幕だった。
それから、スコラは主だった幕僚を集めて会議し、策を決めたようだ。俺はスコラの配下に護衛されながら、クロードとの決戦に同行する。
スコラの兵は、誰を見ても装備が整えられており、まさに荘厳という言葉がふさわしいと言えた。
そして、クロード率いるイデア教に向けて進んでいき、いよいよ本隊どうしがぶつかり合う。クロードの姿も見える。土にまみれながらも、身なりが整えられた男。その瞳が、こちらに突き刺さるかのように見えた。実際には、目の動きなど分からないが。
スコラは堂々と先頭に立ち、馬上から叫ぶ。
「愚かなイデア教よ! この国を目指す賊徒共よ! このスコラ・ベンニーアが、あなた達を地獄に送って差し上げますわ!」
美しい剣を抜き、剣をクロードの方向に突きつける。すると、クロードもまた叫び返した。
「愚かなのは、お前たちだ! 民から奪うだけで、私腹を肥やす罪人どもめ! 私は地獄に落ちるだろう! それでも、お前を討ち果たしてみせる!」
そう言って、クロードも抜剣した。遠目にもボロボロなのが分かる剣を。おそらくは、必死に戦い続けてきた証なのだろうな。
だが、罪なき民から奪い、犯し、殺した罪は消えはしない。いや、そうでなかったとしても、クロードは敵だ。
どんな大義を抱えていようとも、相手に信念や事情があろうとも、敵であるならば殺す。それが、この世界の現実のはずだ。
クロード、お前に恨みはない。だが、死んでくれ。俺が生きるために。未来をつかみ取るために。スコラの手柄として捧げる生贄になってもらおう。俺はわずかに目をつむり、スコラに目を向けた。
「さあ、わたくしの舞台ですわ。殿下、見ていてくださいまし。あなたの臣である、わたくしの力を!」
スコラは馬上から優雅に下り、剣を持ったまま敵陣に単騎で駆け抜けていく。それを受け、敵兵達はスコラに武器を向けていく。
そして、スコラは手近な兵に剣を振り下ろす。それに対し、切られていない兵が一斉に剣を叩きつける。確かに剣は通っているのに、スコラには傷すらできない。
正確には、傷ができたそばから完治しているのだろう。スコラの能力は、回復魔法。それを使っているのだ。
「なんで傷一つ付かないんだよ! 剣が当たっているんだぞ!?」
「押し込め! そうすれば、いつかは倒れるはずだ!」
敵兵の叫びが届く。まあ、怖いだろうな。理不尽そのものと言っても良いのだから。
そのまま、スコラは敵の剣も槍も矢も気にせずに、手近な兵から順番に切り捨てていく。その姿は鬼神のように見えた。ずっと優雅に微笑む姿は、美しくもあり、恐ろしくもあった。わずかに息を呑む瞬間もあったな。
敵兵にも、同じような感覚があったのだろう。少しずつ、敵の隊列が乱れていく。その結果として、スコラに当たる攻撃は、どんどん少なくなっていく。
「なんだよ! なんなんだよ! こんな化け物がいるだなんて、聞いていないぞ!」
普通の視点から見れば、剣が通じないのは化け物だろうな。今は味方だから、心強いだけだが。
そして、スコラが敵を切り捨てるスピードが上がっていった。ただ近づいて、剣を振り下ろすだけ。そんな単純な動きに、敵は対応できていない。
クロードは、そんな姿を見ていられなかったのだろう。スコラに向けて、勢いよく手を突き出す。表情は見えなかったが、おそらくは必死の形相だろうな。そして、伸ばした手から赤い刃のようなものが飛び出した。
スコラは、気にもとめずに手近な敵兵を切り裂いていく。赤い刃が当たるが、そのまま動き続ける。敵兵は、もはや戦意を喪失しているものすら居た。それでも、スコラの笑顔は変わらない。
恐れなのか、魅了されていたのか。どちらかは分からないが、俺はスコラから目を離せなかった。
敵兵は混乱している。泣き出すもの、土下座して命乞いをするもの、全力でスコラから逃げ出すもの。そのすべてを、スコラは切り捨てていく。
気がつけば、ベンニーア家の兵が敵軍を囲んでいた。おそらくは、スコラに注目している間に動いていたのだろうな。もはや敵に逃げ場はない。
「お前さえ倒せば、俺達は勝てるんだ! 倒れろ、倒れろよ!」
敵も現状を理解したのか、必死の形相でスコラに切りかかっていく。だが、結果は同じだ。そのまま、スコラは進み続ける。
最後には、クロードの目前までたどり着いた。そのまま、スコラは無言で足を進めていく。
「もはや、私は勝てぬだろう。それでも、貴様だけは討ち取ってみせる。すぐに同じところに行くだろうが、貴様だけは道連れだ! 仲間たちの恨み、思い知れえ!」
クロードは声を枯らしながら叫び、10を超える数の刃を同時にスコラに放つ。スコラを刃が囲み、そのすべてがぶつかっていく。にもかかわらず、スコラの足が乱れることすら無かった。
そして、スコラはクロードに剣を叩きつける。倒れたクロードの首を刎ね、堂々と掲げた。戦乙女という言葉が、俺の脳裏に浮かんだ。きっと、残酷でありながら美しい姿をイメージしていたのだろう。血に染まりながら、令嬢然として微笑む姿から。
「わたくしの勝利ですわ! この勝利を、殿下に捧げましょう! ローレンツ様、万歳!」
そんな言葉とともに、イデア教との戦いは幕を閉じたのだった。