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第20話 ローレンツの交流

 俺は諸侯に同道して、イデア教との戦いの前線に向かうことになった。俺に同意して声を上げたような貴族とは、よく顔を合わせる。バーバラも、その中のひとりだ。


 天幕の中で、ふたりで会うこともある。俺自身がねぎらうことで、皆の士気を上げるために。そして、俺が見ているんだと伝えて、気を引き締めさせるために。


 とはいえ、厳しい言葉を言われることもある。特に、バーバラから。


「ユフィアの影に隠れるだけの存在のままでいるのなら、あたしがあなたを評価することはないわ」


 冷たい目で、そう告げられた。俺がユフィアの立てた策を実行しているだけであることには、気づかれているのだろう。思わずため息をつきそうにもなった。だが、弱みを見せる訳にはいかない。そう考えて、じっと見返して言葉を返した。


「お前がユフィアだけを警戒するのなら、早晩死ぬだろうさ。確かにユフィアは天才だが、あいつだけがこの国を動かしている訳じゃない」


 俺の言葉に、少しだけ目を見開いた。挑発しているようなものだが、むしろ効果的だと思うんだよな。俺の知っている原作知識なら、バーバラは彼女におもねる人間を嫌っていたから。


 良くも悪くも実力主義で、能力を持たないものには一切の価値を認めない。そんな人だからな。俺の思考を伝えることも、大切なことのはずだ。


 実際、少しバーバラの目線が変わった気がする。虫みたいに見られていたものから、ちょっと軽くなったように見えた。


「言ってくれるわね。でも、悪くないわ。少しは周りが見えているようね。多少は、評価を変えてあげるわ」


 そう言って、ふわりと髪をなびかせながら、俺のもとから去っていった。表情には、怒りは見えなかったな。どちらかと言えば、関心か。とはいえ、本当に多少でしかないのだろう。だが、確かな成果を得たと実感できた一幕ではあった。


 他にも、兵士たちにも直接話していくこともある。俺にとって必要なのは、王子自らが一兵卒まで気にしているという評判だ。だからこそ、土や血にまみれていようとも、構わず手を取った。


 血に関しては、口に入らないようにだけは気を付けていた。病気が怖かったからな。とはいえ、抱き合うことだってあった。


「あなた達のおかげで、この国は一歩平和に近づいたのです。その働きに、心から感謝します」

「ローレンツ様……! そのお言葉、一生の誇りにいたします……!」


 そう言いながら、涙ぐむものすら居た。一兵卒にとっては、王子というのは天上の存在だろうからな。それをこの目で確認できただけでも、相当大きい。


 他には、戦場に出る直前の兵や将を鼓舞することもあった。


「私達の平和が、私欲にまみれたイデア教によって奪われようとしています! どうか、私に力を貸してください! あなた達の仲間を、そして故郷を守るために! 必ず、皆で生きて帰りましょう! 自分の安全を、第一にしてください!」


 そんな、綺麗事としか言えないセリフを言った。実際、みんなで生きて帰ることなど不可能だ。それでも、俺が言葉に残すことには意味がある。


 一兵卒に至るまで、俺は大事にしている。そうアピールすることは、とても大事なことだからな。実際、その場では大きな歓声が上がった。


「ローレンツ様、万歳!」

「デルフィ王国のためにー!」

「イデア教なんかに、負けてたまるか!」


 そんな事を言いながら、兵達は手に持った武器を振り上げていた。誰も彼もが決意を秘めた目をしていて、俺の言葉にも効果があったんだと実感できたな。


 俺が鼓舞した戦場では、確実に勝てたのも大きい。それは、諸侯の采配ではあるのだが。俺にわざわざ前線に出向かせて、なんの成果も出せない。そんな状況になれば、ミリアやユフィアが許さないだろうからな。だから、プレッシャーもあったのだろう。


 おそらくは、俺の護衛にも相当な手をかけられている。俺が死ぬようなことがあれば、一大事だからな。その兵力を割いたうえでも、戦果を上げることができた。


 正面から敵兵を粉砕したこともある。諸侯の有力な武将が一騎当千の活躍を見せたこともある。軍師の戦略で敵を翻弄したこともある。


 何もかも、諸侯の成果だ。にもかかわらず、俺の名を掲げて鬨の声をあげる兵はとても多かった。


 その中でも特に活躍していたのは、3名と言って良い。どれも、原作キャラだ。


 ひとりはバーバラ。盛況な兵と、バーバラ自身の武勇に知恵。そして、勇猛な将の数々が大きな戦果をあげていた。そんな活躍にも関わらず、当然という顔をしていたな。


「あたしの戦場に敗北はないわ。それを、殿下にも見せてあげましょう」


 威風堂々と語る姿には、本来鼓舞すべき俺ですら勇気づけられた。それだけの風格があった。


 もうひとりは、義勇軍のリーダー。薄い桃色の髪を編み込んでいるのが目に残る子だ。


 諸侯とともに前線に向かう中で、協力を申し出てくれた相手だ。彼女はバーバラとは違って、かなりえげつない戦略を取っていた。


 毒や人質、内通者。それらを平気で使い、何重にも潜ませた罠で敵を討つ。そんなスタイルだったな。井戸に毒をまいて敵兵を弱らせ、その上で食料を運ぶ部隊を餌に落とし穴に誘導して、油で焼いていく。そんな戦術が特に印象に残っていた。


「私たちは、早く平和を取り戻すんだ。頑張ってくれた殿下のためにもね。そうだよね、みんな?」


 彼女が平和を望んでいるのは、原作で知っている。だが、敵兵が焼けた匂いが漂う中で、柔らかい笑みを浮かべながら語っていたのは、ほんの少し恐ろしかったな。


 そして最後は、ベンニーア家の客将とも言える一家の主だ。青い髪をざっくばらんに切りそろえている女性だ。


 俺が前線におもむくと宣言した時に、早期に賛成してくれたひとりでもある。彼女は、事前に地形をしっかりと調べて、有利な地形から突撃するという戦術を取るタイプだった。


 一兵卒に至るまで、とにかく敵兵を食い破ることに全力を注いでいる様子だった。遠くから見ても、圧倒的な気迫を感じたな。特に士気が図抜けていて、誰が死のうとも立ち止まらない姿勢が印象的だった。


「僕達の手で、敵兵を討ち果たすよ! ベンニーア家も関わるんだから、手柄で負けていられないよね!」


 剣を掲げながら堂々と語る姿には、俺も視線を引き付けられたものだ。どうにも、華がある印象だった。荒っぽい見た目なのに、意外と言えば意外か。


 そんなこんなで、イデア教は順調にベンニーア領に向けて追い込めていた。俺がやったことなんて、一人一人をしっかりねぎらうことくらいだった。


「流石はバーバラだな。優れた兵に、勇猛な将。それを彩る、鮮やかな策。手本にしたいくらいだよ」

「それが分かるだけでも、あなたは他の王族とは違うみたいね。まだまだ、甘いけれど」


「義勇軍は立場が違って大変だろう。なんでも言ってくれよ。俺にできることは多くないが、できることはやる」

「ありがとうございます。私も頑張るね。殿下も大変だろうから、なんでも言ってね」


「まるで龍か虎かのような勢いを感じたよ。見事なものだ。お前達のことは、絶対に覚えておく」

「ありがとう。死んでいった兵達も報われると思うよ。殿下に覚えてもらえるなんて、光栄だからね」


 そのような交流を繰り返しながら、兵達にも言葉をかけ、手を取り、そして何度も戦場で勝利をつかみ進んでいく。イデア教は、川沿いに食料を奪いながら進んでいく。それを時に妨害し、時に誘導していた。


 一部の民は犠牲になった。仕方ないとは言いたくないが、どのみち全部は救えなかっただろう。だから、兵士たちとも埋葬を手伝ったものだ。俺が王子と知って、強く感謝するものも居たな。どうしてもっと早く来なかったのだと、責められることもあった。


 悲しくはあるが、イデア教を潰して平和を手に入れることでしか、民たちに報いる手段はないだろう。そう考え、突き進んでいく。


 その結果として、俺達はベンニーア領まで敵を追い込むことに成功した。

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