ローレンツさんは、私が仕掛けた課題を乗り切ったようです。国王であるランベールの死を、どう乗り切るかというものを。動転した諸侯の感情を、逆に利用したみたいですね。
その結果に満足しながら、私はこれまでの事とこれからの事を考えていました。
まずは、ローレンツさんが警戒している民衆の反乱について、魔法を使って確認していました。遠くを見る魔法を使えば、イデア教がどう動いているかは分かりますから。もちろん、クロードについても。どこに隠れたところで、私の魔法からは逃れられないんですからね。
もちろん、遠くを見るだけですし、複数の場所を同時に見ることはできません。それでも、部屋の中だろうが森の中だろうが、一歩も動かずに見ることができるんです。
なら、食事の跡や人の動き、金の流れを見れば、クロードの居場所を特定することくらい、造作もないんですよ。
実際、今だってクロードが何をしているかを確認していますからね。最初に確認できたのは、ミリアがローレンツさんを認めた頃でしょうか。
それからずっと、私はクロードを追いかけてきました。色々な動きをしていましたね。
「この国は、もう終わっている! 役人は腐敗し、民衆は飢え、異民族の脅威に怯える! そんな国のままで居て良いのか!? そんなはずはない!」
声を張り上げ、腕を振り上げ、大げさに足踏みする。そんな動きとともに、演説している光景も見ました。
それを聞いている人々は、最初は話半分に聞いている様子でした。まあ、当然のことですね。見知らぬ人の、よく分からない言葉ですから。
ただ、クロードとて単なる凡人ではない様子でした。
「皆が苦しむのは、国を乱した役人どものせいだ! やつらは、皆が苦労して生み出した食料を、ただ座りながら奪うのだから!」
まるで嘆くかのように、クロードは眉を困らせて叫びます。その様子を見て、何人かが同意の声を上げました。そのまま、クロードは言葉を続けます。両手を広げて、背筋を伸ばして。
「私とて、妻子を失った! 実り少ないにも関わらず、役人共が奪っていったせいで! 皆とて、似たような苦しみを持っているだろう!」
一度うつむき、拳を震わせながら、声をかすらせて叫びます。その言葉が事実かどうかには、興味なんてありません。ただ、民衆はお互いに顔を見合わせていましたね。心に響く何かがあったのでしょう。私には、理解はできても共感はできませんが。
ただ奪われるだけの存在で居続けるのは、その者が愚かだからです。どうしても嫌なら、奪われる前に立ち上がるべきだったのですよ。クロードの言葉が事実なら、遅きに失しただけですからね。
「だからこそ、我々には奪う権利がある! ただ贅沢するだけの存在から! 私は、そのために立ち上がったのだ! 皆の痛みを、腐敗した役人共に叩きつけるために! 心あるものは、私の手を取ってくれ!」
そんな事を言いながら、クロードは手を差し出します。何人かの民衆が立ち上がって叫び、そしてその波が広がっていきました。だんだん声が大きくなり、最後には熱狂にまで達していましたね。クロードは、満足そうに微笑んでいます。
うまいのは、最初に声を上げた民には、金を握らせていたことですね。だからこそ、最初の流れが生まれた。見るべきところは、確かにあると言えたでしょう。
ローレンツさんは、どうやってクロードが動くことを予想したのでしょうね。あるいは、民衆の嘆きを王都に居ながら理解していたのでしょうか。
いずれにせよ、とても興味深いです。やはり、もっと知りたいですね。
ただ、クロードの優秀さは人心掌握に限ったものでした。戦術や戦略に関しては、とても褒められたものではありませんでしたから。
言ってしまえば、ただまっすぐに王都に向けて進むだけ。王都の西だったイデア教の拠点から、東に向けて。
最初の頃は、まだ順調だと言えたでしょうか。川沿いに進むことで、食料も手に入っていましたから。とはいえ、討伐隊には敗北していたのですが。
ただ、評価に値しないと言うほどではありません。敗北の兆候をつかめば、全軍で武器や防具を捨ててでも逃げる。それだけは、褒めるべきところと言えたでしょう。
人間というものは、得たものを捨てることに抵抗を持つ生き物ですからね。そこを乗り越えられただけでも、それなりには優秀でしょう。私の足元にも及ばないとはいえ。
ただし、そこからイデア教の動きは歪んでいきました。誰彼構わず受け入れる上に、進軍も遅い。そうなれば、自然と食料は足りなくなります。
ですから、手近なところにある村々から食料を奪い、女を犯させることで士気を保っていたんです。
後は、クロードは誰の話でも聞いていましたね。酒を飲み、愚痴を聞き、慰める。
「なあ、このまま進んで、勝てるのかな……?」
「諦めるな。私達は、多くの仲間を受け入れている。それが進めば、きっと惰弱な国軍など打ち破れるさ」
「腹が減ったな……。村では大食いだったから……」
「なら、私の分も食べてくれ。それでお前が活躍できるのなら、安いものだ」
「俺は弱い。こんなままで、生き残れるんだろうか……?」
「私だって弱いさ。それでも、皆の協力があって生き延びている。連携を取ることで、お互いの弱さを埋めるんだ」
そのように、民衆の言葉を聞き続けていました。だからこそ、敗戦の色が見えても、クロードを見捨てる人は少なかったのでしょう。イデア教の人々にとって、クロードは自分たちに寄り添ってくれる人でしたから。
おそらくは、クロードの生存戦略だったのでしょうね。彼は、自分の理想に酔っているようにみえましたから。
「私は、この国の救世主になってみせる。必ず、最高の国を作り上げてみせる」
鼻で笑うような青い理想を、何度もこぼしていました。特に、月夜に空をながめながら言っていることが多かったですね。
ただし、もはやイデア教は詰んでいると言ってよかったでしょう。食料の不足に度重なる敗北。漂う疲れ。私が何もしないとしても、勝手に崩壊するだろうことは明らかだったんです。きっかけさえ与えてあげれば、内側から崩壊するでしょうね。例えば、重臣の家族を皆殺しにするとか。
ですから、私はイデア教を利用することに決めました。ローレンツさんの試金石にするために。
私の計画は単純です。ランベールをイデア教の手のものに殺させる。正確には、そう装った私の配下にですが。
狙いとしては、いくつかありますね。もちろん、ローレンツさんを試すこと。そして、邪魔者であるランベールを排除すること。王都が混乱した際に、私の手のものを動かしやすくすること。私が早期に状況に対処し、民衆の評判を手に入れること。
最後に、ローレンツさんを王に近づけて、私自身の権力を拡大すること。ローレンツさんは、私に頼るしかないですから。
そんな計画を練っているだけで、胸が弾むのを感じました。笑顔を浮かべている私がいました。
結果として、ローレンツさんは父の死すらも利用して、自分の計画を進めました。イデア教との戦いで前線に向かい、兵を鼓舞する計画を。
そして、ベンニーア領にイデア教を追いやり、スコラに手柄を立てさせる計画を。
ただ、ローレンツさんはまだ甘いんですよね。私は、スコラの受けた人員や金銭を補填する提案をしました。そもそも、スコラの領にイデア教を動かすように誘導したのは私です。それには、ローレンツさんの気づいていない狙いもありましたから。
まずは、東ベンニーア領に被害を出すことによって、スコラの影響力を削ること。次に、スコラに援助したという事実で、大勢の前で貸しを作ること。言ってしまえば、スコラがコウモリである事実を知らしめるんです。
そして、スコラに援助する人員の中に、私の手のものを潜ませる。そんな意図がありました。
ローレンツさんは、確かに優秀です。でも、まだまだ私の手のひらからは逃れられません。次は、どうやって彼で遊びましょうか。そんな事を、今も考え続けていました。
誘惑してみましょうか。権力をちらつかせてみましょうか。王を目指させてみましょうか。考えるだけで、楽しくなってきます。胸に手を当てて、その悦びを味わっていました。
ねえ、ローレンツさん。ずっと、あなたで楽しませてくださいね。