今のデルフィ王国は、いくつもの問題を抱えている。特に、イデア教と戦う際に足を引っ張りそうな要素が気になるところだ。
それに対して、いくつかの問題を同時に解決できそうな案が思い浮かんだ。それを、ユフィアに相談していくつもりだ。流石に、素人の思いつきを改善もせずに実行したところで、大して成果は出ないだろうからな。
いつものようにユフィアと顔を合わせた段階で、話を持ちかけていく。
「なあ、ユフィア。俺が前線に出向いて兵を鼓舞するというのは、どう思う?」
ユフィアは楽しそうに笑った。なら、効果は見込めるのだろう。これは、期待できるな。思わず、頷いてしまう。
俺の狙いとしては、いくつかある。まずは単純に、俺の本気を示すということ。イデア教が本格的な国難であり、それに対して全力を示すという決意表明だな。
そして、民衆の評判を手に入れることもある。安全な場所でぬくぬくすることもできる俺が、わざわざ前線に出向く。その意味は、きっと理解されるはずだ。細かい意図にまでたどり着かなくても、勇敢だという評価が出るだけでも十分なはずだ。
次に、諸侯への牽制だ。俺は本気で動いているのに、お前達はその程度か? 何も言わずとも、そう問いかけることができるだろう。その上で、活躍しない諸侯に報酬を与えない理由にもなる。俺以下の活動しかしていないと言えば、それだけで多くの反論を潰せるだろう。
最後に、ユフィアとミリア、スコラやバーバラといった相手に俺の価値を示すことだな。単にお飾りでいるわけではなく、ちゃんと活動できる人間なのだとアピールする。
それらの狙いの中で、いくつかの効果が発揮できれば大きな意味を持つ。もちろん、戦場で死ぬリスクもあるが。ただ、デルフィ王国が滅べば、俺は確実に死ぬ。それを避けるためにも、ここはリスクを取っておくべきだろう。
「良いと思いますよ。なら、護衛も用意しないといけませんね。ローレンツさんに何かあれば、私も悲しいですから。きっと、泣いてしまうと思います。顔が崩れるくらいには」
目を伏せて、そんな事を言う。本当に顔が崩れている姿なんて、ちょっと見てみたいよな。ユフィアは、基本的に清楚な笑みを崩さない。それこそが、余裕の証なのだろう。それを崩せるのなら、面白そうだよな。
ただ、実現したら後が怖いだろうな。下手したら、命が危ない。ということで、現実に見ることはないだろう。少し残念ではある。
「じゃあ、ユフィアを泣かせなくて済むように頑張らないとな。どうせ見るのなら、笑顔がいい」
「ふふっ、口説いているんですか? 私を手に入れたいのなら、王くらいになってほしいですね」
にこやかな様子を崩していない。それくらいでユフィアが手に入るのなら、安いものだろうな。なにせ、国王であるランベールは、ユフィアの手駒でしかないのだから。少なくとも、今は冗談だろう。
あるいは、本気で国を手に入れたのなら、ユフィアもなびくのかもしれないが。確実に言えることは、ただ操られるだけの王に興味がないことだ。まともに相手にされるためにも、もう少し努力を重ねないとな。
兎にも角にも、俺は有用でなくてはならない。ユフィアと対する以外にも、あらゆる相手に対して。王子という立場になど、何の意味もないのだから。俺は、誰からも簡単に裏切られる立場にいるんだ。それを忘れるな。
「それなら、王の座がおまけになってしまいそうだな。俺が王になるより、ユフィアを手に入れる方がよほど難しいだろうさ」
「褒めてくださって、嬉しいです。では、私は次の準備がありますので。これで失礼しますね。また会う瞬間を、楽しみにしています」
一度こちらの頬に手を添えて、それから去っていく。薄く笑う顔と相まって、どこか色気のようなものを感じた。ユフィアに視線が引き寄せられそうにも。だが、首を振って感情を整理する。
それからの数日間は、ユフィアと会うこともなく、ただ報告を受けるだけの日々が続いた。少しずつ、クロードが北東に向かっているらしいと。つまり、ベンニーア領に逃げようとしていると聞きながら。
ただ、そう順調には進まなかったようだ。俺のもとに、慌てた様子の使用人が駆けてきて、新たなる苦難を実感することになる。
「殿下! 大変でございます! イデア教の手の者によって、ランベール様が殺されました!」
その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。正直、動転しそうになったと言ってもいい。ただ、ここで冷静さを失えば、何もできない。そう自分に言い聞かせながら、これから何をするかを考える。
ランベールが死んだということは、国王が死んだということ。なら、起こることは後継者争いか? その前に、イデア教への対策が歪むかもしれない。
なら、まずはミリアに会おう。それから、イデア教への対策に本腰を入れろと命じる。いや、そうだな。ここは、逆に考えよう。父が死んだのだから、俺は仇を討つべきだ。そのために行動することで、リーダーシップを示す。
その上で、俺が前線に出向く考えを利用して、本気度を示す。戦果も挙げられるのが理想ではあるが、まだ気が早い。
ミリアのもとに足を運ばせながら、なんとか考えをまとめた。そして、作戦司令室の扉を開く。すると、ミリアを始めとする諸侯が、一斉にこちらを振り向いた。
さあ、ここからだ。ランベールの死を、俺の舞台に変えてやる。背筋を張って、まっすぐに前を見て、堂々と言葉を発していく。
「みんな、聞いてくれ。俺の父は、デルフィ王国の国王は、イデア教の手の者によって殺された。それは、みんな知っていると思う。だからこそ、負けられないんだ」
「だが、殿下。王都にまでイデア教が入り込んでいることは、とてつもない事実なのだぞ……!」
ミリアは必死そうに告げる。他の諸侯も、目が真剣だ。自分たちの尻に火がついたと実感しているのだろうな。だからこそ、ここで成果を示すことができれば、俺は影響力を拡大できる。
そこで、まずは大きく息を吸って、なるべく通りやすい声を意識して話していく。
「だからこそ、俺が出よう。父の敵討ちのため、皆の安全のため。お前たちも、俺に協力してくれ! このままイデア教をベンニーア領に追い込み、挟み撃ちにして仕留めるために!」
諸侯は、お互いに目を合わせたりさまよわせたりしている。おそらくは、迷っているのだろうな。ここで誰につくかが、今後を決める。直ぐに判断がつかないのも、当然だ。
だが、予想外のところから声が上がった。
「妾は、ローレンツ王子を信じる。殿下なら、必ずや平和を掴み取ってみせると。殿下が命を張っているのに、腰が引けるような臆病者は、ここにはおらぬよな?」
そう言いながら、冷たい目で周囲を見回す。それを受けて、ざわめきが広がっていく。ミリアが味方と明言してくれたのは、とてもありがたい。これまでの活動の成果だと実感できる。ここが重要な会議でなければ、涙すら流したかもな。
まず手を上げたのは、前回の会議でも大きく動いたバーバラだった。
「ええ、あたしも乗ってあげるわ。蛮勇だとしても、その決意は褒めてしかるべきよ。ねえ、そうよね?」
バーバラは、挑発的な目で誰も彼もを見ている。もはや、日和見など許されないだろうな。ミリアとバーバラは立場を固めた。それに従うか、歯向かうかだけだ。
良い流れだな。敵と味方がハッキリするだけでも、かなりありがたい。その上、今なら同調圧力もあるだろう。ミリアもバーバラも、良いサポートをしてくれた。
「なら、俺もやってやる! たかが農民ごときに、好き勝手させるものかよ!」
「ベンニーア領が関わるのなら、他人事とは言えないね。私も手を挙げさせてもらうよ」
そこから、一気に皆が手を挙げていく。叫び声も上がり、完全に意見は一つとなったと言って良い。なら、後押しをしてやらないとな。
「俺達の手で、必ず未来をつかみ取ってみせようじゃないか! ただ一人が死んだだけで終わる国じゃない。そう、示してやろう!」
手を振り上げながら、そう叫ぶ。すると、皆から応の声が上がった。これで、後は戦場で勝ちを掴むだけだ。簡単ではないだろうが、必ず達成してみせる。振り上げた拳を握りしめながら、そう誓った。