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第16話 スコラの目指す未来

 わたくしは、ローレンツ王子に、自領へと帰れと言われました。わたくしが心配だという体で。それに従ったわたくしは、配下を率いながら馬を走らせていました。


 そんな時間は、とても長いもの。ですから、思わず思索にふけってしまうのです。今は、わたくしのこれまでを思い返しているところですわね。


 わたくしは、ベンニーア家の当主。そうなれたら、どれほど良かったでしょうか。現実には、東ベンニーア家とでも呼ぶべきものの主でしかありません。


 ベンニーア家の、分家筋に生まれたわたくし。ですから、本当の意味で当主とは認められなかった。それでも、わたくしの持てる手段を尽くして、ベンニーア家を2つに分けたのです。


「あなたは、エルフと取り引きしていましたわね。……なぜ知っているのか、疑問ですか? 人の動きを見るのは、得意ですもの。本家に知られたら、その首はつながっているでしょうか?」


 時には、相手の弱みを握って、わたくしのために使い潰しました。金を吐き出させるだけ吐き出させて、それをもとに事業を拡大しましたわね。主に、東の領にある鉱山の採掘を。他にも、いくつかの事業はありましたが。


 そこから、武器を作り、貨幣を作り、わたくしの勢力を拡大していったのです。逆らえば殺す。そう思い知らせることによって。


「あなたは、わたくしの事業を妨害しましたわね。それは、許されざることですわ」

「お願いだ! 妻と娘だけは、助けてくれ!」

「何を言うのです。妻も娘も、あなたに協力していた。その罪は、命を持ってあがないなさいな」


 わたくしに歯向かったものは、どんな手を使ってでも殺しましたわ。人質でも、冤罪でも、武力によってでも。そうすることによってのみ、わたくしは力を示せたのですから。


 武力で領土を奪うこともありました。貨幣で裏切りを誘発することもありました。周囲を囲んで、従うほかない状況に追い込むこともありました。ひとつずつ領土を切り取っていくことで、ようやく勢力を拡大できたのです。


 ベンニーア家の人間は、わたくしを軽んじている。単なる分家筋というだけで。だからこそ、敵と味方は必ず切り分けなければなりませんでした。裏切りの兆候を見せたものは、確実に殺しました。


 敵に甘い顔をしていれば、どこまでもつけあがるでしょう。ですから、血の粛清をおこなってでも、自らの立場を固める必要があったのです。


 分かりますか? ただワガママ放題なだけの小娘より、才ある私を下に置くふざけた方々に囲まれた気持ちが。


「うちのために、甘い菓子を用意せい! うちは、ベンニーア家の主たるぞ!」

「はっ、すぐに持ってまいります!」


 そのような言動を繰り返す存在を持ち上げ、わたくしを軽んじる。堂々と、恥じることもなく。ただ媚びへつらうしかできぬ存在が、わたくしを見下すのです。許せるはずがないでしょう。殺したいに決まっているでしょう。


「スコラ? どうせ当主になれない存在に、どうして気を使う必要があるんだよ」


 笑いながらそのようなことを言う人達が、どれほど居たでしょう。わたくしが東ベンニーア家を作り上げてすら、そうのたまう者まで居たのですから。


 わたくしは、何度も歯を食いしばりました。奥歯が砕けそうなほどに。拳を握りすぎて、血を流すほどに。


 だからこそ、わたくしは力を追い求めました。東ベンニーア領だけでなく、ベンニーア領のすべてを手に入れることを目指して。


 そのために、わたくしは王都に向かったのです。後ろ盾と呼べる存在を手に入れて、後で盤面をひっくり返されないために。支配した領を、上からの命で奪われないために。


 まずは、ミリア率いる騎士団長派閥に渡りをつけました。そこさえ抑えておけば、武力で攻撃される可能性は減らせますから。


 騎士団長派閥を味方にすることで、単純にわたくしの味方と呼べる武力が増えます。同時に、騎士団長派閥が東ベンニーア領を攻撃する可能性を減らせるでしょう。


 わたくしがせっかく築き上げた立場を、ただの小娘に奪われる訳にはいきませんから。そのためには、武力蜂起の可能性は潰しておく必要があったのです。


 仮に、わたくしが不在の間に反乱を起こしたとしましょう。ならば、西ベンニーア領を分け与えてでも、必ず裏切り者を殺したでしょうね。流石に、それは本家の取り巻きにも分かっていたようで、反乱は起きませんでしたが。


 ただ、不愉快なことも多かったのは事実です。特に、ミリアの存在ですね。


「妾のために、フォルディア家を潰してくれるな? 味方が欲しいのならば、分かるだろう?」

「かしこまりました、ミリア様。あなた様のために、必ずや実現してみせますわ」


 たかが商人に頭を下げることがどれほど屈辱だったのか、きっと分からないのでしょうね。わたくしは、ずっと笑顔の仮面を被り続けていましたから。いつか殺す。そう心に刻みながらも、わたくしはミリアの命を達成し続けました。自分の立場を固めるために。


 そして同時に、宰相派閥にも手を出しました。騎士団長派閥と宰相派閥、どちらが勝ったとしても自分の立場を守るために。ミリアにすべてを賭けるなど、正気の沙汰とは思えませんでしたから。あの傲慢な態度に本心から仕える人間など、居はしないでしょう。


 ですから、わたくしはユフィアに近づくために手を尽くしました。宰相派閥の活動を裏から支えたり、地道に挨拶していくなどして。


 鉱山を確保していることは、そこでも役立ちました。賄賂をばらまく上でも、人を雇って成果を出す上でも。


 その結果として、ユフィアにも会うことが叶ったのです。ただ、ユフィアはとんでもない極悪人でしたわね。一部では、噂として聞くこともありましたが。


「スコラさん、あなたの立場なら、ペトラ家に援助するのはいかがですか? 恩を売っておけば、味方が増えるかもしれませんよ」

「ありがとうございます、ユフィア様。そのお言葉、無駄にはいたしませんわ」


 その言葉に従った結果、確かにわたくしは人材だけは手に入れましたわ。ユフィアがペトラ家当主を殺したことで、立場を失った者たちを。


 ただ、ペトラ領はユフィアが支配し、わたくしは宰相派閥からは白眼視されていたのです。


「スコラのやつ、ペトラ家に援助してたんだってよ。裏切ってたんじゃないのか?」

「いや、そこまでの女ではない。単に勝ち馬に乗れなかっただけの愚か者だろうよ」


 わたくしは、ひたすらに侮辱され続けました。言葉だけではなく、態度でも。わたくしの言葉を露骨に無視する者すら居ましたもの。その屈辱に、眠れない日もありました。


 確かに、わたくしはユフィアの言った利益は手に入れたのでしょう。ですが、ユフィアが美味しいところを持っていき、その上でわたくしの立場を下げる。そんな策略に踊らされたのです。


 ですから、わたくしは誓いましたわ。必ず、ユフィアを地獄に送ってみせると。


 そんな日々の中で、わたくしはローレンツ王子と出会いました。ユフィアから、紹介されることによって。


 殿下は、わたくしにまず頭を下げました。ただ、その中でわたくしを見極めようとしている様子でしたわね。どこか、疑いを持ちながら。なにせ、わたくしに頼りながらも、常に言葉を選び続けていたようでしたから。


 ですから、わたくしは殿下に尽くすのです。少なくとも今は。殿下に気に入られることで、わたくしの立場を拡大するために。いずれ、ミリアやユフィアを蹴落とすために。


 そのためには、殿下に誰よりも信頼されなければなりません。今の殿下は、わたくしが自領に帰ることを利用して、何かを企んでいるのでしょう。


 ですが、わたくしを蹴落とそうとするもの特有の気配は感じませんでした。むしろ、わたくしに贈り物をして機嫌を取ろうとするもののような顔をしていたのです。


 だから、わたくしは真実を知らないなりに、殿下の言葉に従ったのです。いずれ、殿下を起点にして、ベンニーア領だけでなく、デルフィ王国も手に入れるために。


 今の段階では、殿下の妻になることが、最も手っ取り早い道でしょうか。状況が変われば、また選ぶべき道も変わるのでしょうが。


 ですから、殿下を誘惑することも、ひとつの手と言えるでしょう。


「殿下、愛しておりますわわたくしのしもべになりなさい


 馬上でこぼした言葉は、わたくしの決意でした。必ず、天下を手に入れてみせるとの。そのために、まずは殿下に尽くします。


 応えてくださる限りは、あなたの味方ですからね。

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