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第15話 表と裏の顔

 スコラに手柄を立てさせるための方針は、ある程度固まった。スコラの本拠地に向けて、反乱軍といって良いのか分からないが、とにかく敵を誘導してもらう。今の段階では、バラバラだった蜂起が少しずつ集まりだしているようだからな。ちょうど良い段階のはずだ。


 やり方に関しては、細かい指示なんてしない。諸侯それぞれに任せる方向性だ。とはいえ、本気で負けそうなら実行しなくて良いとは言っている。同時に、余裕があるのなら、周囲の様子と合わせてスコラの本拠地に向かう兵力を調整してくれとも。


 もしかしたら、これでも細かい指示に入るのかもしれない。だが、より良い手段は思いつかないからな。結局のところ、俺は政治も軍事も素人だ。とてもではないが、最適解など選べない。


 まあ、クロードの魔法は分かっている。魔力の刃を飛ばすだけの、単純なものだ。だから、あまり戦略的には役立たないだろう。実際、原作では活用できている描写はなかった。


 ただ、兵卒にとって厳しい魔法であるのも事実だ。遠距離攻撃をされるだけでも、戦闘相手としては厄介だからな。


 そもそも、どうやってクロードの魔法の内容を信じさせるのかという問題はあるが。ということで、あまり諸侯には働きかけられない。


 ということで、スコラに話をしていこうと思う。何を伝えて、何を伝えないのかが問題にはなるが。とりあえずは、スコラの部屋に向かった。これが終われば、ようやく本番と言って良い。気合いを入れないとな。一度頬を軽く叩いた。


 ノックをして呼びかけると、入室をうながされる。そして部屋に入っていくと、うやうやしく頭を下げるスコラが目に入った。


「いらっしゃいまし、殿下。今日は、いかなるご要件でしょうか?」

「ある程度は分かっているだろう。今回の反乱についてだ。スコラに、聞いてほしい話があってな」

「もちろん、うかがいますわ。殿下の忠実なしもべとして、そのお言葉を。じっくりと、ね?」


 にこやかな笑みを浮かべているが、どうしたものかな。何から伝えるものか。全部話しておくべきか、ある程度は隠しておくべきか。俺は笑顔を貼り付けながら、頭を悩ませていた。


 スコラの信頼を本気で狙うのなら、1から10まで話すのが正解だろう。隠し事をしたら、どうしても信じられない部分は出てくる。ただ、スコラが心から人を信じることなんて、無い気がするんだよな。


 逆に隠すとすると、情報が伝わる相手を減らすことに繋がる。一番分かりやすいところで言えば、スコラが露骨に防御を固めて、その結果としてベンニーア領に敵が逃げ込まなくなるとか。


 ただ、当然リスクもある。最悪の中の最悪を引けば、スコラが討たれる可能性もある。そうなってしまえば、終わりだな。とはいえ、誘導に失敗しても困る場合がある。散り散りに反乱軍が逃げてしまえば、火種が残り続けるだろうからな。


 結局のところ、どの選択をとってもリスクはある。どれを優先するかが、最大の問題なんだ。


 ユフィアに相談すれば、それで済むんじゃないかとも思う。だが、自分で判断することを捨ててしまえば、俺はユフィアの道具に成り果てる。そして、単なる無能は、ユフィアにとっては何の価値もない存在だ。間違いなく、切り捨てられるだろうな。


 そう考えれば、自己判断する部分も残しておかなければならない。よし、決めた。ここはスコラの能力に賭ける。


 おそらくは、仮に反乱軍が誘導されすぎても、対応できるだけの実力はある。そう信じるだけだ。どうせ、失敗したら死ぬんだ。ここはオールインする場面だよな。拳を握って、スコラに話しかけていく。


「スコラ、反乱があれば、ベンニーア領は大変だよな。お前はここに居て、大丈夫なのか? 俺は嫌だぞ。スコラの帰る場所が無くなっているのは」


 結局、本当の狙いは隠すことに決めた。そっちの方が、兵の動きにリアリティが出る気がしたからだ。下手したら、スコラに大きな損害が出るだろう。もしかしたら、恨まれるのかもしれない。それでも、その危機を乗り切ったという事実こそが、報奨に対する説得力を与えるはずだ。


 スコラは、穏やかな様子で微笑んでいる。さて、どう解釈されたかな。


「心配していただき、ありがとうございます。殿下のお言葉に報いるためにも、ここは足場を固めましょう。それが、殿下の望みのようですから。殿下にわたくしの活躍を見てもらえないのは、残念ですけれど」


 やはり、何か意図があるのは気づかれているだろうな。それなら、一番大事なところは伝えられずとも、スコラの支えになる情報を与えられたら良い。それなら、恩を売る形になるだろう。少し目を伏せて、伝える内容について考えていく。


 そうだな。俺が持っている情報で、スコラがたどり着けないもの。なら、原作知識だよな。クロードの魔法なんか、ちょうど良いだろう。


 もちろん、疑われる可能性はある。俺の情報が本当なのかがまずひとつ。そして、どうやって情報を手に入れたのかがひとつ。


 だが、そのリスクを背負ったとしても、伝える価値があるだろう。スコラなら、おそらく裏取りもできるだろうからな。その結果として、スコラが大きすぎる被害を受ける可能性を減らせる。だから、間違いじゃないはずだ。


 そうと決まれば、伝えるだけだ。深呼吸をして、まっすぐにスコラを見つめた。


「なら、ひとつ手土産がある。簡単な情報だがな。クロードの魔法は、魔力の刃を飛ばすものだ」


 そう言った時、スコラはほんのわずかに目を見開いた。驚かせている様子だな。まあ、知っているのはおかしいのだから、当然だ。


 だが、だからこそイニシアチブを取れるのだろう。ここは、畳み掛けるべき場面だよな。俺は真剣な目を崩さないまま、一気に語り続ける。


「そして、運用は単純なものだ。まっすぐに刃を飛ばして、目の前の兵を切っていくだけ。範囲としては、片手を伸ばした長さの10倍くらいか。別の言い方をすれば、10歩進んだくらいかな」

「殿下のお言葉、しかと受け取りましたわ。必ずや、役立ててみせます。殿下は、わたくしがクロードに狙われることを、心配しているのですわよね? とても、嬉しいですわ。天に昇りそうなくらい」


 かなり核心をついた質問をされたな。穏やかな笑顔は変わらないが、気合いを入れる場面だ。背筋を張って、言葉を選んでいく。なるべく、笑顔を崩さないように。


「そうだな。スコラが傷ついてしまえば、俺は悲しい。そんな状況には、なってほしくないからな」

「嬉しいですわ。わたくしを大切に想ってくださる証ですもの。その想いに、報いてみせますわ。素敵なあなたのために」


 そう言いながら、スコラはかがんで俺の手の甲にキスをする。おそらくは、忠誠の証としての行動だろう。とりあえずは、俺の指示に従ってくれそうだ。それだけは、良い流れだと言える。


 ということで、深く頷く。そうすると、スコラは再び微笑みを浮かべて頭を下げる。


「スコラ、勝ってくれよ。そうしたら、俺は誰にも邪魔をされずに、お前に褒美を与えられるだろうからな」

「もちろんですわ。わたくしは、殿下の忠実なるしもべ。それにふさわしい立場を、目指しているのです。あなたに愛されるように、ですわ。ですが、王都にあなたを残していくのは、心配ですわね……」


 目に力が入っているのが見えた。まあ、戦力が減るのは不安材料ではある。だが、そこで賭けなければ、どのみち潰れるだけだ。なにせ、戦力は限られているのだから。全部を守るのは、事実上不可能だ。


 そして、スコラは優雅な笑みを浮かべて手を振る。話は終わったと判断したのだろう。それに合わせて、俺も去っていく。さっきの反応は、スコラの本心を表している気がする。なにせ、栄達を望んでコウモリになっているのが、スコラなのだろうから。


 今のところは、順調に進んでいる。ここから、ようやく俺の戦いが始まるんだ。そんな達成感を覚えながらも、どこかに胸騒ぎを覚えていた。違和感を探っていると、あることに気がついた。


 また今回も、スコラの目は笑っていなかった。前回と違って、望みに近づいているはずなのに。ならば、今回も裏で何かを企んでいることになる。俺に対する信頼など、軽いものでしかないのだ。


 その考えに至った瞬間、俺は全身が震えるのを抑えきれなかった。

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