目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話 複数の狙い

 今回の戦いで、俺の派閥と言えるものの基礎を作りたい。だから、できれば俺にとって近しい相手に手柄を立てさせたいところだ。


 とはいえ、戦というのは何が起こるか分からないものだ。素人でも分かる。だから、ややこしい指示を出すのは厳禁だな。大枠の指示だけ出して、後は現場の裁量に任せられることが理想だ。


 同時に、誰に手柄を挙げさせるのかも問題になる。ユフィアは、直接的な手柄を立てるのは現実的ではない。なにせ、立場としては文官だからな。とはいえ、自分でも兵を出している様子なのだが。何かしら、クロードの動きを制限しているらしい。


 ミリアは、騎士団長として王宮で指示を出すことが基本になる。手柄という意味では、ゼロではない。だが、第一功と言うのは厳しいだろう。


 そうなると、白羽の矢を立てられるのはスコラしか居ない。実際、王都周辺ではいくつかの戦果を挙げている様子だし。ということで、方向性は決まったようなものだな。


 とはいえ、どうやって手柄を立てさせるかが問題だ。そこは、俺ひとりで考えるべきではないだろう。なので、ユフィアに相談していく。ここまで方針がまとまっているのなら、何も考えていないとは思われないだろう。


 それと同時に、計画通りに民衆に噂をばらまいていく。不安そうな顔を表に浮かべながら。


「イデア教は、権力を持つものも、富を持つものも、皆を恨んでいるようです。自分が持つはずだったものを、奪っているのだと」

「それなら、王都の人間なんて、みんな憎いんじゃないですか。兵士たちには、頑張ってもらわないといけないですね」

「西で活動しているので、そこからどう動くかなんですよね。食料を奪いながら進んでいるので、ある程度進路は読めるのですが」


 まあ、簡単に言えば川上に向かって進んでいる。だから、イデア教から見て東側、あるいは北東が向かいやすいところだ。


 察するに、十分な食料を抱えていないのだろうな。だから、現地調達するしかない。そうなれば、ここ王都か、ベンニーア領が攻めやすいところだろう。王都から北、イデア教から見て北東なのだから。


 民衆に不安が伝わっているのは、ある意味では都合が良く、ある意味では都合が悪い。イデア教に対する不信も生まれるだろうし、治安に対する疑いも出てくるだろう。


 だからこそ、悪化しすぎれば自力救済がはびこりかねない。他者を殺して奪ってでも、自分は生きるのだと。


 その対策もするために、しっかりと策を練らないといけない。そのために、何度もユフィアの下へ向かう。


 いつも通りに会議をする中で、話題を切り出す。


「ユフィア。スコラに手柄を立てさせたいと考えているんだが、どういう策が考えられる?」

「独立した兵力を持っているのは、ローレンツさんの知り合いではひとりですからね。悪くないですよ」


 にこやかな顔で、そう言われる。何も説明していないのに、考えを完全に読まれているな。やはり、ユフィアの思考の早さを感じる。まともに知力でぶつかりあったとしても、俺は勝てないだろうな。ほんの少し、歯を食いしばる。


 今は味方であるユフィアだが、クロードを倒した後も協力できるとは限らない。だからこそ、今のうちに評価を高めておきたいのだが。そんな考えに、追い詰められそうにもなる。


 対してユフィアは、そのまま穏やかな声で話を続けていく。


「今は、何か思いついている案はありますか?」

「具体案はない。むしろ、抽象的な指示を出すことが俺の役割だろう。素人が余計な口出しをするのは、勝利から遠ざかるだけだからな」

「ふふっ、自分の不足を理解している、と。可愛らしいことです。素直なのは、何よりですよ。でも、甘えてくれたって可愛がってあげますよ?」


 また、頭を撫でられている。宝物に触れるかのような手つきで。慈しみを感じさせる顔で。どこか、心が落ち着くのを感じてしまう。優しい手つきと暖かい体温が、心の柔らかいところに触れているような気がするんだ。さっきは食いしばっていた歯が緩み、口が開きそうになってしまう。


 ユフィアが本当の意味で味方になってくれたら、どれほど心強いだろうか。そんな希望を抱きそうになってしまう。


 だが、ユフィアが人を宝物として扱うとは思えない。そんな人が、国を道具として扱い続けるはずがないのだから。そこだけが、俺の心に抵抗感を起こしていた。


 とはいえ、ユフィアに反抗しても無意味なのも事実なんだよな。今の段階でユフィアが居なくなれば、俺は何もできなくなってしまう。依存に近い状況に居ると分かっていても、他に手段がない。


「ここで間違えたら、俺の死が近づくんだからな。慎重に動くのは、当然のことだ」

「権力が弱まってもダメ。反乱が拡大してもダメ。敵を作りすぎてもダメ。それは、大変ですよね。私が慰めてあげましょうか?」


 何度もうなずきながら、そんな事を言う。俺の状況を、正確に理解されているな。今の段階で大きな失敗をすれば、挽回する機会すら無いかもしれない。それが現状だ。つい、うつむきそうになる。前途多難だからな。


 だからこそ、ユフィアの意見を完全に逆にするのが理想なんだ。俺の影響力を高め、反乱を早期に終わらせ、味方を増やす。


 とはいえ、誰彼構わず声をかけても、誰にも信用されないだろう。いま俺の味方で居てくれる人間を大事にする。それこそが、今後につながる判断のはずだ。


 だから、ユフィアとミリアとスコラの間でバランスを取る。同時に、俺の力で3人に利益をもたらす。今の俺に必要なのは、それだよな。息を吸って、前を見る。


「だからこそ、今回はスコラに報いたい。少なくとも表面上は、俺の味方として動いてくれているんだからな」

「疑うのは、正しい選択です。彼女は、ローレンツさんが落ち目になれば切り捨てるでしょうね。私とは違って、ね」


 まっすぐな目で、そう告げられる。少なくとも前者は間違いないだろうな。コウモリになるような人間が、弱った人にどうするか。考えなくても分かることだ。だからこそ、全面的に信用はできない。


 それでも、信じる姿勢を見せることは欠かしてはならない。俺の生存戦略は、相手から好かれる立ち回りを意識することでもあるのだから。何の力も持っていないのであれば、せめて真摯でなければならない。少なくとも、表向きには。


 ちゃんとやらなければ、目の前のクロードすら倒せないだろう。最悪の場合は、スコラとミリアとユフィアが足を引っ張り合いかねないのだから。


 とりあえず、協力できている。だが逆に、その程度でしかないのだから。


 だからこそ、まっすぐにユフィアを見つめ返す。


「ああ。だが、軽んじるのは論外だろう。スコラの持つ影響力を考えればな。だからこそ、手柄を立てさせたいんだ。どんな意見がある?」

「私としては、スコラさんの本拠地に敵を誘導するのが良いのではないかと思います」


 なるほどな。本拠地にクロードが居るのならば、討つ大義名分になる。クロードが川上に進みたいことを考えても、都合が良い。それ自体は、悪くないだろう。だが、スコラの持つベンニーア領にも影響が出るはずだ。そこを、どうすれば良いのだろう。首をひねりながら考える。


「スコラの領民に被害が出ることになるだろうが、そこはどうするんだ?」

「そこで、報奨ですよ。スコラさんを、正式にベンニーア家の正当な当主と認めてあげるんです。ローレンツさんを好きになってくれるかも、ね?」


 なんでもない事のようにそう言われて、思わず膝を打った。スコラの立場は、現状では不安定だ。あくまでスコラは分家筋だからな。本家の人間が、立場に成り代わることを狙っている。だからこそ、スコラは自分の立場を高めることを意識しているんだ。


 それなら、スコラの立場を安定させることができたならば、とても感謝されるだろう。悲しいことだが、領民の命は気にされないだろうな。税収はともかく。


 察するに、クロードとイデア教は、その土地の食料や財を奪い尽くそうとするだろう。だからこそ、そこに対して救世主として立つこともできる。


 本質的には悪化させているのだが、そんな事は民衆には見えないだろうからな。スコラの名声が高まる可能性は、十分に高いだろう。


 うん、良い案だろうな。なら、その方向性で固めていくか。ユフィアにも、何らかの狙いがあるのだろう。だが、今回は致命的な何かを仕掛けているとは考えづらい。なにせ、反乱が長引けば損をするのは、ユフィアも同じだからな。


「なるほどな。ついでに、出せる範囲で被害の補填をするのはどうだろうか。主に金銭になるだろうが」

「人員も、送ってあげましょう。被害が出るのは、主に農民でしょうから。それを補填するんです。ローレンツさんだって、恩を売りたいでしょう? スコラさんが、尽くしてくれるかもしれませんよ?」


 すぐに追加の案が出される。いつも通りの笑顔で。ずいぶんと積極的だな。だが、大事なことだ。スコラが納得できるだけの対価を出せるのなら、それが良い。それに、少なくとも表向きには尽くしてくれるだろうな。まあ、裏が怖いが。


 結局のところ、俺に求められていることは単純だからな。どれだけ近しい人間に利益を与えられるか。それが明確になれば、すり寄ろうとする人間も増えるはずだ。もちろん、嫌う人間だって居るだろうが。思いつく原作キャラも存在するし。


 とはいえ、他に道がないのが事実だ。そうなれば、実行するしか無いよな。よし、やるぞ。拳を握って、覚悟を決めた。


「分かった。ユフィアから言い出したんだから、手伝ってくれるよな?」

「言質を取ろうとするのは、加点材料ですよ。ただ、今回は手伝うつもりでしたよ。可愛いローレンツさんのために、ね?」


 落ち着いた様子で語られるその言葉に、安心感を覚える俺が居た。ユフィアが手伝ってくれるのなら、百人力だ。優秀なのは、間違いない相手だからな。俺ひとりだと、絶対に不足が出ていただろう。


 方針も固まって、後はまっすぐ進むだけだ。そう理解できたから、一歩踏み出そうとする。ユフィアと別れて、スコラに会うために。


 ここまでは順調に進んでいる。後はスコラに話を通せば、戦うだけになるのだから。そう思えるはずなのに、足が重い。理由を考えて、たどり着いた。


 そうだ。何一つ問題なく順調に進んでいる。その事実に気づいた時、それで良いはずなのに、言いようのない不安に襲われていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?