民衆の蜂起の裏で糸を引いている存在がいる。それが、イデア教の教祖であるクロード。確か、この世界の現状を嫌って立ち上がろうとしたはずだ。まあ、そのために蜂起して、邪魔する民衆を殺したり、兵のために食料を民から奪ったりする人間でもあるのだが。
今は、ミリアの手によって指名手配されているな。とはいえ、それで終わるようなら楽なものだ。人相書きすら無いらしいから、どうとでもごまかせるだろうし。俺なら、間違いなく偽名を名乗る。それだけでも、調査が難しくなるだろうな。
それに、仮に人相書きがあったとしても同じだ。それを見て通報するやつが、どれほど居るというのか。単純に、人相書きの顔を覚える人の方が少ないだろう。前世でだって、指名手配犯の顔を知っている人はそう居なかった。
最悪の場合は、クロードの存在を隠すことで連帯されかねない。同じ秘密を抱えている同士にでもなられたら、大変だ。その結果として、反乱に導かれるだろうな。
王都の民衆にも、噂話は流れている様子だ。
「最近、調子はどうですか? いろいろ変な噂が流れていると思いますけど」
「殿下だって、心配ですよね。もしかしたら、この王都が狙われるかもしれないんですから」
話し相手だって、不安そうではある。見たところによると、俺に心配をかけないように空元気を出しているように見える。なら、王都に問題が起きないようにするのも大事だよな。
こういう人を助けることこそが、俺の支持基盤を高めることになるだろう。それに、知り合いに死なれたら寝覚めが悪いからな。
クロードは、富めるものから奪っても良いと言っている様子だからな。その割には、ただの農民も平気で襲われている様子だが。大義のためだと言っているのが、容易に想像できる。
ということで、まだ問題は解決しないのは確かだということだ。そこで、ユフィアと今後に向けた計画を練っていく。今回も、俺の部屋で。
「さて、民衆の蜂起は、いくつも起こっている様子ですね。そして、汚れた世界を救世主が救うという言葉は、王都でも聞くようになりました」
「実際、交流している民に心配されたりするんだよな。俺が狙われたりしないかって」
「よく好意を稼いでいますね。悪くないですよ。その調子で、クロードも狙ってみますか?」
冗談めいた様子で、問いかけてくる。さて、普通なら検討の価値もないが。ユフィアなら、そこに何らかのヒントを隠していてもおかしくはない。ということで、あごに指を当てて考えていく。
とはいえ、クロードを説得するという方向性は無いだろう。そもそも、会う手段がない。いや、そうだ。説得か。
俺が王都の民衆と交流しているのなら、そして好意を稼いでいるのなら、クロードの悪評を流せば良い。そうすることで情報が伝われば、少しでも妨害できるだろう。やらないよりはマシという程度だろうが、十分に価値はあるはずだ。
「クロードをどう悪く言えば、効果的だと思う? 王都の民衆と交流しているのを、利用した方が良いよな」
「ふふっ、良いことを考えましたね。褒めてあげます。ちゃんと、警戒しているようですね」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくる。穏やかな笑顔も相まって、どこか安心してしまう。実際、あごに置いていた手がいつの間にか下がっていた。なんて、ユフィアは間違いなく裏で何かを企んでいるのに。
ただ、その感情だって利用できる部分はあるはずだ。いくらユフィアでも、好意的に見られる事自体を嫌だと思わないだろう。流石に、そこまで嫌われているとは思わない。
なら、俺もユフィアに対して感情を示していくか。少しずつ、様子をうかがいながら。目の前の敵ばかりに集中できないのは、あまり良くないのだがな。
だが、その駆け引きも軽んじることはできない。クロードは討てたがユフィアに裏切られたのでは、結果は同じなのだから。
「ユフィアに褒めてもらえると、嬉しいよ。少しは自分に自信が持てる」
「なら、何を言えば良いと考えているのか、答えてください。それを採点してあげます。あまり失敗したら、ローレンツさんだって危険なんですからね?」
挑戦的な目で、こちらを見ている。さて、どうしたものか。目を伏せて、考えていく。最悪の場合は、王都に攻められる。そうなってしまえば、俺の首を狙おうとされる可能性は高いだろうな。
だから、完全に他人事とは言えない。それを理解しているのかも、試されているのだろう。
単に悪評をまくだけでは、弱いよな。とはいえ、腐敗していると伝えるのは悪くないはずだ。そうなると、俺の立場も利用するのが正解かもな。
「俺を殺して王位を奪い、贅沢することを狙っているとかどうだ? 実際、事実だと思うのだが」
「60点くらいは、あげても良いですね。本当に、悪くないです。素敵ですよ、ローレンツさん」
笑顔のまま、頷いている。60点で悪くないのか。個人的には、あまり褒められている気がしないが。80点くらいは欲しくないか? まあ、ユフィアの採点は厳しそうではある。かなり難しいだろうな。つい、うつむいてしまう。
このままでは、クロードを倒したとしても先は明るくないかもしれない。そんな未来まで見えてしまう。
「私は感心しているんですよ、ローレンツさん。素人の意見だと思えば、相当良いです」
「まあ、確かに素人だが。ただ、それに甘えたくないんだよな。俺もユフィアも、命がかかっているんだから」
「向上心があるのは良いことです。なら、もう少し指導してあげましょうか。だから、逆らう民衆を殺している。そう言ってみてはどうです?」
穏やかな顔で、そんな事を言う。なるほど。事実と繋げれば良いのか。単に相手の内心を勝手に言うだけなら、信憑性は薄い。そこに、流れている噂と一致する形にしてやれば、一気に信じやすくなる。そういうことだろうな。
やはり、ユフィアは優秀だ。俺とは違う。だからこそ、ここで踏ん張らないとな。その優秀なユフィアに、ちゃんと評価してもらえるように。拳に力が入るのが実感できた。
クロードを弱体化させつつ、ユフィアの好感度も稼ぐ。それができないと、どのみち未来はないのだから。
「分かった。その方向で進めようと思う。後は、ミリアとスコラにも情報を伝えないとな」
「そうですね。今度は、私の存在を隠しますか? 別に怒りませんから、良いですよ?」
きれいな笑顔で、そう問いかけられる。おそらくは、試されているのだろう。それなら、どうするべきか。思わず、軽く息を呑んでしまった。
そもそも、存在を隠したところで手遅れだよな。俺とユフィアが手を取っていることなど、2人の目には明らかなのだから。ミリアとスコラの機嫌を取るにしたって、もっと別のやり方があるはずだ。
目の前の敵に全力を注げないのは、愚かではあるのだろう。それでも、おろそかにはできない。悲しいことだがな。
「いや、素直に話すとするよ。ここで隠し事をしたって、結局2人の信頼を失うだけだ」
「ええ、正しいですよ。ローレンツさんは素晴らしいです。良い子ですね」
再び、頭を撫でられていく。今度は、とても優しく。ユフィアの信用、と言って良いのか分からないが。それを裏切らなかったことは、大きな意味を持つはずだ。
俺が以前言った言葉、ユフィアの道具で終わるつもりはないというものは、まず知られているはずだ。だからこそ、軽率に離反する姿勢を見せてはいけない。それと同時に、ユフィアに優秀さを示さなければならない。
それだけでなく、クロード率いるイデア教を打ち破り、俺の味方の立場を強化する。複数の課題が同時に目の前に立っているが、何としても実現しなければ。
難しい立ち回りだが、必ず実現してみせる。軽く拳を握って、そう決意した。
ユフィアとの話が終わって、今度は、ミリアやスコラに報告をしていく。基本的には、ユフィアから伝えられた情報を渡すだけだ。要は、蜂起が進んでいるという情報と、王都にまで噂が流れているという情報だな。
おそらく、後者は知らないはずがない。だが、その思い込みが伝えるべき情報を伝えられないミスに繋がるだろうからな。知っていることは、全部話しておくべきだろう。
そうすると、それぞれに反応があった。
「うむ。諸侯に対応を命じておく。大儀であった、ローレンツ」
「王都まで不穏となると、心配ですわよね。必ず、わたくしが問題を解決してみせますわ」
ミリアは自信満々に、スコラは眉をハの字にしながら語る。それから、それぞれに対応に当たっていた。
そんなこんなで、諸侯も大きく動き出したようだ。蜂起した民衆を、いくつか打ち破っている。その甲斐あって、敵は表立っては動きづらくなっている様子だ。
とはいえ、誰に戦果を挙げさせるかは重要だ。できることならば、俺の味方に最大の功を与えたい。無論、そのために戦場を歪め過ぎれば、被害が大きくなる。そのバランスが重要だろうな。
首をひねりながら方針を考えていると、ある考えが思い浮かんだ。これなら、いけるかもしれない。そんな感覚があった。