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第11話 自覚できる弱さ

 ユフィアのもとにミリアが乗り込んだという報告を、ユフィアの配下に受けた。急いでそこに向かう中で、状況を整理していく。


 確かに危険な状況ではある。火薬庫の前で火花が散りかけている状態と言って良い。だが、今すぐにユフィアかミリアが死ぬ可能性は低いだろう。というのも、誰が殺したかハッキリしてしまうからだ。


 ユフィアの宰相派閥と、ミリアの騎士団長派閥は敵対している。だからこそ、うかつに殺すことはできない。そうしてしまえば、敵対派閥に自分を殺す口実を与えるだけだからな。そして、ふたりはそれを計算できる。


 そこまで考えて、焦りはずいぶん落ち着いてきた。今すぐに向かうべきなのは確かだが、それでもまだ挽回できる範囲だ。


 とはいえ、全力で足を動かしている。汗も吹き出しそうなくらいに。そしてユフィアの部屋の扉を開くと、ふたりは向かい合っていた。


 ミリアがユフィアをにらみ、ユフィアは笑顔を貼り付けたまま。一触即発の雰囲気を感じる。そうすると、ふたりの視線がこちらを向いた。さて、どうするべきか。言葉を選ぼうとすると、まずミリアが口を開いた。


「なあ、ローレンツ。お主は、ユフィアの道具のままでは終わらないと言っていたな。なら、その覚悟を示してもらおうか」


 挑発的な笑みを浮かべながら、そんな事を言う。思わず、息を呑みそうになった。あまり良くない流れだ。ここで言葉を間違えれば、ユフィアもミリアも敵に回す。それを理解できて、汗が頬を伝った気がした。


 さあ、どうするか。ミリアは何を求めている? 覚悟を示せとは、どういう意味だ? おそらくは、何らかの言葉か行動を要求している。それは何だ。


 今ここでユフィアに敵対宣言しろという意味なら、ほぼ詰みだ。ミリアかユフィアのどちらかを切り捨てていい状況ではない。なら、その可能性を想定しても仕方がない。ここは、別の道を考えるだけ。


 おそらくは、ユフィアに牽制しろという意味だろう。それくらいが、俺にできる限界だからな。ミリアだって、理解できているはず。その上で、ユフィアが許すラインはどこだ。仕方ない、賭けに出るか。


「ユフィア、ミリアに暗殺者を送るのはやり過ぎだ。結果的に助けられたから良かったものの、死んでいたら俺達は終わっていたんだぞ。間違いなく、騎士団長派閥は復讐を口実にするからな」


 その言葉を受けて、ユフィアは笑みを深める。ミリアはユフィアをにらみ直す。おそらくは、正解に近い言葉を選べたのだろう。ミリアがにらんでいる相手が、その証のはずだ。ユフィアだって、どこか楽しそうに見えるからな。


 ただ、まだ気を抜けない。選択を間違えたら、取り返せない状況だろうから。腹に力を入れて、真っ直ぐにユフィアを見つめた。


「ローレンツさんは、私のことを信じてくれないんですか? そんな悪人だと思っているんですか?」


 上目遣いで、そんな事を言う。いけしゃあしゃあと。そんな思考と同時に、ユフィアが以前に言った言葉が思い浮かんでしまう。


 愛していますよ。そんな言葉が。いや、分かっている。そんな言葉くらいで人を操れるのなら、ユフィアはいくらでも言うだろう。だが、本心であるならばと考えている俺が居るのも事実だ。


 ユフィアは間違いなく悪人だ。それでも、話していて楽しいし、俺を評価してくれているのも伝わるから。いつも、きれいな目を輝かせながら俺を見てくれるのだから。おそらく、俺の瞳は揺れているのだろうな。


 だが、ここで誘惑に負ければ終わりだ。そうだよな。ミリアを敵に回してしまえば、民衆の反乱に対処できないのだから。


 そんな悩みを抱えていると、ユフィアは俺の頬に手を添えてきた。愛おしそうな瞳で、こちらを見ながら。


 騙されるな。ここで失言を引き出そうとしているだけだ。だが、ユフィアの目に吸い込まれそうになっている俺もいる。ユフィアなら、愛おしそうな顔などいくらでもできる。そのはずなのに、どうして目を離せないんだ。


 いや、覚悟を決めろ。一度深呼吸をすると、少し冷静になれた。そのまま、必要だろう言葉を考えていく。


 ふとミリアを見ると、腕を組んで指を何度も動かしていた。なら、悩んでいる時間はない。さあ、追撃しなくては。


「必要と判断したら、いくらでも実行するのがユフィアだろう。そうやって、俺の父を、国王を操っているのだろう」

「よく言った、ローレンツ。この女は、人の命など何とも思っていない。そういう女なのだ」

「あら、残念です。信じていただけないなんて。でも、ならどうするんですか? 私に、攻撃でもするんですか?」


 楽しそうな笑顔を崩さないまま、ユフィアは話している。それに、ミリアは眉をひそめる。拳が震えているのも見える。今ここでユフィアを傷つけても、待っているのは破滅だけだ。だからこそ、必死で耐えているのだろう。


 ミリアの気持ちは分かる。殺されかけて、恨まないはずがない。だが、それでもユフィアは殺せない。俺だって、ユフィアに死なれては困る。


 なら、落とし所を探るだけだ。あごに手を当て、考えていく。ユフィアに多少なりとも出血させた上で、本気の痛手を与えない。そのラインが限度だ。そう考えて、思いつくものがあった。


「ユフィア。父さんに、ミリアを人前で褒めるように言ってくれないか。ミリア。命を助けた俺に免じて、それで手打ちにしてほしい」


 ユフィアにもミリアにも、深く頭を下げる。ユフィアはクスクスと笑い、頷いた。ミリアは腕を組んだまま、ゆっくりと頷く。


「ランベールがミリアさんを褒めれば、私の操作に隙ができたと思われる。それなら、裏切り者をあぶり出せそうですね」

「大した女狐だことだな。ローレンツ、お主も気をつけることだ。この女は、容易に人を破滅させるぞ」

「ずいぶんな物言いですね、ミリアさん。ローレンツさんは、そうは思いませんよね?」


 両手で俺の手を握りながら、ユフィアはそう言う。手のひらから伝わる温もりは、どこか張り詰めた気を溶かしそうに思えた。だが、首を横に振って気を持ち直す。


 ユフィアが人を破滅させるなんて、疑う理由はない。それなのに、どこかで信じたいと思っているのだろう。愚かだとしか言えない。これまで共闘してきたことで、ほだされたのか? いくらなんでも、ちょろすぎるだろうが。


 確かに、ユフィアは俺に何度も笑顔を向ける。身体的接触もしてくる。まるで気があるような素振りを、平気でしてくる。だが、それを計算で実行できるのは、分かりきっているじゃないか。息を整えようとして、ユフィアの首筋から甘い匂いが届いた。それによって、またユフィアを意識してしまう。


 今度は頬を噛んで、感情を振り払っていく。これ以上、余計なことを考えないように。


「ユフィア、俺達は一蓮托生だ。この国が滅べば、お互いに死ぬだけ。俺もお前も、それだけの関係だろう」

「ふふっ、そう言うんですね。なら、いつか信じてもらえるように、頑張りますね」


 俺の手を握ったまま、胸の前でつなぎ直す。指を絡めるようにして。恋を知ったばかりの少女みたいな顔をしながら。その顔のせいで、愛していますよという言葉が再び浮かんでしまった。


 手を振り払おうともできないまま、しばらくの時間が過ぎた。すると、ミリアから声がかかる。


「ローレンツ。妾はお主に期待している、ゆめゆめ、それを裏切るではないぞ」


 そう言い残して、ミリアは去っていった。ユフィアは、その後ろ姿を見ながら微笑んでいた。扉が閉まったのを確認し、楽しそうで仕方がないという顔を向けてきた。


「ね、ローレンツさん。私は、あなたを信じ続けますからね」


 とても穏やかな声色で、そう告げられる。心から安心しているかのように。嘘だと分かっているのに、胸の高鳴りを感じてしまう。ユフィアの方を見ていられずに、目をそらす。そんな俺に対して、手を握る力を強めたり弱めたりする。それだけで、顔が熱くなるのが分かった。


 すでに俺は、底なし沼に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。心のどこかで、そんな事を考えていた。

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