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第10話 ローレンツの目指す未来

 ミリアの協力を手に入れられたおかげで、民衆の蜂起に対する対応は順調に進んでいる。騎士団長としての権限を最大限に利用して、諸侯に命を出していたからな。


 ということで、多くの敵は早期に討伐できている。この調子なら、極端に大きな乱にはならないだろうと思えるくらいには。


 その上で、イデア教の教主であるクロードは賞金首となっている。全体的に、良い流れだ。何度も頷くくらいには。


 とはいえ、避けられない犠牲だってある。結局のところ、盗賊が事件を起こしてからしか動けないからな。人の動きなんて、そこまで細かく管理できないのだから。現代社会ですら、テロには気付けないことがある。なら、剣と魔法のファンタジーなら、なおさらだよな。


 男は殺され、女は犯された村。生き残りは居るが、食料を奪い尽くされて滅びそうな村。集落としての形を保てず、バラバラになった村。そしてなにより、全滅した村もある。


 だが、だからといって根本的な対処はできない。内政の問題なのだから、成果が出るのに数年はかかることだろう。


 税率を下げれば済むという話でもない。すでに盗賊が出ているのだから、軍隊を養うだけの食料は必要だ。そうなれば、生産が足りないのが課題だ。結局のところ、今すぐに効果が出る手など、何も無い。


 だが、今回の事件が解決すれば、少しは有効な手が打てるだろう。その日を待つしか、俺にできることはない。正確には、どう軍を動かすのかを考える程度だ。


 そんな中で、ミリアと会話をする機会も増えていた。スコラとも、同様に。


「ミリアのおかげで、今のところは順調だ。もちろん、スコラにも感謝している。お前が居なければ、俺は死んでいたかもな」

「妾の手まで借りて、無様な姿を見せるでないぞ。そうなってしまえば、お前に失望するだろうな」

「ミリア様だって、殿下には感謝しておりますのよ。当然、わたくしも、ミリア様が殺されてしまえば、王宮は混乱していたでしょうから」


 ミリアは完全にいつもの調子を取り戻しているな。いつものように、足を組んでいるし。殺されかけたことで縮こまっていないのは、大した度胸だよな。それだけでも、尊敬に値する事実ではある。まあ、傲慢さは否定できないが。


 それよりも、スコラが気になる。ずっとにこやかではあるが、感情が読めない。今のところは、大きく動いていない。いや、配下に命じて活動している様子ではあるのだが。どういう意図があるのか、知りたいところだ。


 まあ、機を伺っているというのが、素直な考えか。問題が拡大しすぎてもダメだが、完全に根を絶っても手柄にはならない。そんなところだろう。


 失われる人命を思えば、非道なのだろう。だが、それが貴族というものだ。あくまで領民は、自領を発展させるための道具でしかない。むやみに犠牲にするのは愚かだが、対価が得られるのなら話は別ということなのだろうな。


 少なくとも、スコラはいたずらに領民を殺すほどのバカではない。むしろ、的確に計算しながら最適解を考えるタイプなはずだ。そこだけは、信じて良い。だから、普通の姿勢で話せる。


「とりあえず、報告を受ける限りでは、悪くないな。クロードが中心になって勢力を拡大するのは、止められないかもしれないが」

「反乱を起こさない限りは、殺せませんものね。そうしては、領主への信頼が失われますもの」

「立場というのも、面倒なものだ。妾とて、よく理解できることだ」


 ふたりとも、どこか不満を抱えている様子だな。スコラは髪の毛をいじっているし、ミリアは組んだ腕をで指を動かしている。まあ、当然か。完全に思い通りになど、なるはずがない。忍耐が必要なのだろう。


 スコラにもミリアにも、相応の苦労があるからな。どちらも、周囲の人間に恵まれていなかったはずだ。だからといって、そこまで同情はできないが。ふたりとも、相応に悪事を重ねているのだから。


 まあ、そんな相手に頼るしかない俺も、同罪と言えば同罪なのだろう。だからといって、黙って死ぬつもりはない。それだけは、確かなことだ。そんな意志を込めて、まっすぐに二人を見る。


「約束通り、今回の件が解決すれば、ミリアには褒賞を与えるつもりだ。もちろん、スコラだって軽く見るつもりはない」

「当然だな。お主にできるのは、それだけなのだから」

「ミリア様は、素直ではありませんわね。わたくしは、ありがたく感謝いたしますわよ」


 対照的な笑顔を浮かべている。ミリアは不敵に、スコラは穏やかに。だが、素直でないのはスコラの方なのだろうな。内にどんな物を抱えているか、分かったものじゃない。とはいえ、表向きには味方なんだ。あまり疑いを向けるべきではない。少なくとも、表面上は。


 むしろ、ミリアの方が楽なくらいだ。下手に出ておけば、ある程度は尊重してくれるからな。ミリアは、スコラを訝しげに見ている。


「スコラ、お主とて、ただ見ているだけではあるまい? 何を狙っている?」

「もちろん、殿下のお役に立つことですわ。王都に敵が近づかぬように、注視しておりますもの」


 本当に、表情が安定しているな。とはいえ、万が一王都が攻められたら、この場の誰もが損をする。だから、今の言葉は信じていいだろうな。とはいえ、間違いなく裏の意図はあるのだろうが。読みきれないのが、悲しいところだ。


 ただ、今の段階で裏切る理由はない。そんな事をしても、スコラは全方位を敵に回すだけだ。それを計算できない相手ではない。だから、強く疑う段階ではないな。落ち着いて、話をしていく。


「ありがとう。スコラが見張ってくれるのなら、安心だな。もちろん、ミリアも」

「殿下の身は、お一人のものではありませんもの。当然のことですわ」


 柔らかい顔から、強めの視線を感じる。まあ、俺の身が狙いなら、分かりやすいのだが。俺は王子だからな。スコラだって、その権威を利用したいのだろう。当然、俺だって応えるつもりはある。


 味方として接している相手に利益をもたらすのが、俺の生存戦略だ。だから、その利害が一致しているのなら助かる。むしろ、俺に権力を引き出させようとするくらいなら、安いものなんだよな。


 実質的には、俺の役割は権力を発生させる道具でしかない。俺自身には、何の権力もない。だから、どれほど国の中枢に食い込まれたところで、被害はゼロと言って良い。もともと無いものを、失いようがないのだから。


 そこから、少しでも国の滅びを遠ざけるだけだ。ユフィアもミリアもスコラも、あらゆる人達に協力してもらうことで。


 だからこそ、俺の立ち回りが重要になる。誰を味方につけるのか、誰を諦めるのか。その選択が、未来を分けるだろう。ただ、少なくとも今は、ミリアとスコラに頼るつもりだ。そのためには、どんな言葉がいいだろうか。


「妾とて、ローレンツのことを軽んじてはいない。むしろ、ランベールよりもよほど評価している」

「そうですわね。単なる人形より、よほど」


 俺を立てる仕草をしているスコラが、冷たい目をしている。その事実は、記憶にとどめておくべきだろうな。ミリアだって、ランベールの名前を出した時は低い声だった。


 だからこそ、俺がそうならないように立ち回らないと。神輿としての俺の価値を、最大限に高めることで。なら、これを言っておくか。少し声に力を込めて、じっと二人を見ながら言う。拳を胸の前で握って。


「俺はユフィアの道具で終わるつもりはない。今はまだ、単なる大言壮語でしかないだろう。だが、必ず未来を変えてみせる」

「良い心意気だ、ローレンツ。お主には、期待している。裏切るでないぞ」

「殿下の望みを叶えることこそ、わたくしの役割。必ずや、力をお貸ししますわ」


 ふたりは感心した様子だ。ミリアは少し姿勢を正したし、スコラは胸に手を当てている。とはいえ、大きな事を言ってしまった。さて、この言葉はユフィアにも伝わるだろう。だが、少なくとも今すぐに殺されたりしないはずだ。その期間を利用して、ユフィアにとっての俺の価値も高める。


 現状目指すべきは、王冠なのだろう。俺を手に入れれば、この国を支配できる。そう思われれば、やすやすと傷つけることなどできない。それを利用して、俺自身の立場も手に入れる。難しいだろうが、必ず達成してみせる。


「俺に協力してくれたのなら、必ず報いる。今はまだ、単なる口約束だ。だが、絶対に破らない。血判を押しても良い」

「信じますわ、殿下。ですから、そのお体を傷つけないでくださいな。まずは、クロードを打ち破ってみせますわ。期待してくださいまし」

「妾とて、スコラには期待している。そして、ローレンツにもな。くくっ、裏切ってくれるなよ?」


 スコラはにこやかに、ミリアは大胆に笑っていた。まずは、今回の反乱を乗り切る。そして、約束通りに勲章を与える。まずは、そこからだ。


 そんな決意をした翌日。俺はいきなり選択を迫られることになる。ミリアがユフィアのもとに乗り込んだという報告を受けることで。

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