ローレンツさんは、私と何度も相談を繰り返しています。つまり、私の計画は順調ということですね。ローレンツさんは私を頼りにしている。おそらくは、唯一の味方として。それだけでなく、私の役に立つことも考えて動いているようです。
良い流れですね。とても順調と言えます。ローレンツさんが私を考え続けるたびに、私の存在は大きくなっていく。それが意味することは、まだローレンツさんには理解できていないのでしょう。最終的には、私に依存することになる。それが狙いのひとつなんですよ。
もちろん、他の狙いもあります。それらを達成するために、私は多くの計画を練っていました。自室の中で、それを振り返っていました。いつものように、計画にズレがないかを確認するために。
これから、ローレンツさんはミリアを説得に向かいます。その状況を整えるのも、計画のひとつです。
そのために、同時に私の派閥の影響を大きくするために、私は配下に兵の調練を命じていました。単純に武力を手段として使うために。ミリアへの牽制として。そして、民衆の反乱がおきた段階で、私達が成果を残すために。
命令するのは、あまり難しくありませんでしたね。
「ミリアに大きな顔をさせるのは、納得できないでしょう? なら、彼女が支配できない兵を用意すれば良いんですよ」
ミリアを嫌っているものには、そんなセリフを言いました。気持ちは分かるというように、まっすぐと見つめて。それだけで、簡単に奮起してくれましたよ。
「民衆は、あなたに期待していないようですよ? あるいは、反乱を起こして首を取るためかもしれませんね」
自分に自信がない人間には、そんな言葉で誘導します。心配しているというように、目を伏せながら。自分の胸に手を当てて。相手には思い当たるフシがあったのか、顔を青ざめさせていましたね。さぞ、必死に兵を鍛えるでしょう。
他にも、いくつかの計画を実行していました。鍛えた兵を利用したり、あるいは調練の成果を確認したり。そんな目的でしたね。
「エルフの中には、宝石を集める部族がいるんだとか。手に入れたくありませんか?」
自分の財貨を増やすことが好きな相手には、そう告げました。手を差し出しながら。それだけで、目に力が入っていましたね。さぞ力を入れて、エルフを攻撃してくれるでしょう。彼らが得た宝石は、デルフィ王国から奪ったものですからね。良い見せしめになるでしょう。
「あなたの領の近くにいる獣人は、酒造りの技術を抱えているようですよ。取引の手段を考えてみてはいかがです?」
酒好きの配下には、そんな事を言いました。両手を、胸の前で合わせながら。すると、すぐにそろばんを弾き始めましたね。これも、大事なことです。私達の味方になれば利益が手に入ると知れば、従属したくなる異種族もいるでしょう。戦う以外の逃げ道を用意するのも、大切なことです。
なにせ、全ての異種族を皆殺しにすることなど、現実的には不可能なのですから。懐柔の手段を残しておくのも、重要ですからね。
私としては、ローレンツさんに異種族をぶつけてみたいという欲求もあります。排斥するのか、受け入れるのか、あるいは距離を取るだけなのか。それらを知れば、今後に役立つでしょうからね。考えただけで、胸が弾むのが分かります。
例えば、異種族の子供が盗みを働く現場に遭遇させたら、どうするでしょうか。盗みは許せないと言うのでしょうか。あるいは、盗みの原因を考えようとするのでしょうか。はたまた、無視しようとするのでしょうか。
私ならば、被害者と加害者の両方に恩を売るでしょうね。そうすることで、後で利用しやすくするでしょう。
ローレンツさんは、正しく対応できるでしょうか。あるいは、嫌われてしまうのでしょうか。その瞬間を見るのが、とても楽しみです。
それに利用できそうな場所も思いつきましたから、そっちにも働きかけました。私の運営している孤児院ですね。向かうと、笑顔の子ども達が駆け寄ってきました。中には、私が親を殺した存在も居ましたね。それも知らずに、私に感謝しているのです。とっても、面白いですよね。
「ユフィアさまー! これ! クッキー! 私が作ったの!」
そんな事を言いながら、私に差し出してきました。私は遠視の魔法を使って孤児院の様子を確認していたので、毒が仕込まれていないことは確認しています。
なので、嬉しくて仕方がないという顔をして、受け取っていきます。そして、食べていきます。正直に言って、まるで興味がなかったのですが。ただの平凡なクッキーですからね。好きも嫌いもありません。
それでも、私にクッキーを差し出した子の頭を撫でていきます。できるだけ、優しい顔を意識して。
「ありがとうございます。とても美味しかったですよ。また作ってくれたら、嬉しいです」
「絶対、また作るからね!」
私の評価は、確実に高いです。まあ、嫌っている人間は排除するだけなのですが。鉱山にでも送るだけです。まあ、今はどうでも良いですね。
それよりも、ローレンツさんのことです。せっかく共犯者になったのですから、評判を上げておくのも悪くありませんでしたから。実際、孤児院にも噂は届いていたでしょうからね。
「今度は、ローレンツ王子も連れてきますよ。彼はとても優しくて、賢いんですよ。楽しみにしていてくださいね」
「うわー! すごい人なんだ! やっぱり、王子様なんだね」
「ローレンツ王子……」
どこか、ローレンツさんのことを気にしている子も居ましたね。ちょうど良かったです。顔からは嫌悪感が読み取れましたから、対応に困るかもしれません。
それに、私の言葉で、子供達はとても期待しているでしょうからね。失望される姿を見るのも、面白いでしょう。乗り越えるのなら、それでも良いです。とっても楽しみな瞬間です。つい、笑顔が深まってしまうほどに。
孤児院から帰った私は、他の計画も進めていました。今ローレンツさんが向かっている、ミリアとの交渉に色を添える準備もです。
私は、とある暗殺者を呼んでいました。私が利用している組織のひとつから派遣された存在です。
死ぬことを前提に計画を実行するというのは、すでに伝えています。その代わりに、彼の家族には報酬が支払われることになっています。他者のために命を賭ける人は、便利に扱えますよね。
ということで、命令を伝えていきました。
「ローレンツ王子とミリアは、数日後に交渉します。その決裂を確認して、ミリアを刺しに行きなさい。念の為、毒は塗らないように。当然、成功しても失敗しても自決しなさい」
「……はっ」
さて、ローレンツさんはどう対処するでしょうか。そればかりを考えていましたね。私としては、どう転んでも良かったんです。
ミリアが死ぬのならば、スコラを後釜に据えて、私の影響を高めるだけ。スコラの治癒魔法でミリアが救われるのなら、それでも良し。ローレンツさんが活躍するのも、面白いでしょう。
ただ、運悪くローレンツさんが死ぬようなら、そこまでですね。残念ではありますが、ただのおもちゃのひとつですから。代わりを探すだけですよ。
誰かが私を殺そうとしたところで、計画を練る限りは成功しません。魔法で事前に察知できますから。私が死ぬとすれば、何の計画性もない突発的な犯行くらいでしょうね。
ということで、余裕を持って計画を実行できました。笑顔でローレンツさんを送り出せましたね。
そして今、ローレンツさんは私のもとにやって来ました。もちろん笑顔を向けて、迎え入れます。さて、どんな結果を出したでしょうか。
彼は、どこか興奮したような様子で語り始めます。
「ミリアが協力してくれることになった。それに、魔法も割り出せた。相当大きな成果だろう?」
嬉しそうに話してきます。つまり、ローレンツさんは勝ったということですね。ですから、今度は抱きしめてあげます。そうすると、彼は全身の力を抜いていきました。私に、だんだん心を許しているようですね。良い兆候ですよ。
「すばらしいです、ローレンツさん。やはり、あなたは素敵ですね。これからも、頼りにしていますよ」
そう言いながら離れると、どこか名残惜しそうな表情をしていましたね。可愛らしいものです。とっても素敵なおもちゃですよ。すぐに首を振って心を落ちつけようとしているあたりも、愛らしいものです。頑張って、無力な抵抗をしてくださいね。
次はどうやって私に役立ってくれるのか、どんな面白い姿を見せてくれるのか、とても楽しみです。私は、この国の完全な支配も、ローレンツさんの心を奪うことも、必ず達成してみせますよ。私の手でね。その興奮を、少し大げさな言葉で伝えることにしました。相手の首元に、手を当てながら。
「ねえ、ローレンツさん。
顔を真っ赤にしてこちらを見つめるローレンツさんは、とても見ものでした。少し、口元が緩んでいるように見えます。本当に、素晴らしいことです。これからもずっと、よろしくお願いしますね。私を、楽しませ続けてください。