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第8話 ローレンツが賭けるもの

 俺は、ミリアを説得するために動き出した。ということで、彼女の部屋に向かう。一応、先触れを出してから。ユフィアに人員の選定を任せたので、まあ悪くないんじゃないだろうか。


 というか、この世界のマナーが分からないんだよな。俺の世話係は居るが、そいつに任せて良いのか判断できなかった。そこで、ユフィアに頼んでおいた。ユフィアの配下らしき人を経由して。


 報告を受けた限りでは、今から向かえば良いらしい。さて、どんな反応をされるかな。爵位だけの餌で、完全に釣れるだろうか。まあ、後は流れでどうにかするしかない。頬を軽く叩いて、気合いを入れた。


 そして、扉の前に立つ。ノックをすると、入れと言われた。その通りに、ゆっくりと扉を開けていく。


 すると、不敵に笑うミリアが居た。さあ、ここからだ。なんとしても、説得してみせないとな。俺達が生き延びるためにも。息を吸って、腹に力を入れた。


「ミリア、時間を作ってくれてありがとう。前回の件で、話があるんだ」

「妾を納得させるだけの証拠は、見つかったのか?」


 頬杖をつきながら聞かれる。正直に言えば、不安で仕方がない。ハッキリ言って、物的証拠は無いからな。敏感な人間なら、兆候を感じ取れるという程度で。俺だって、原作知識がなければ信じられなかった。


 とはいえ、まずは状況を説明するところからだ。そこを差し置いて爵位の話をしても、誠実さに欠けていると認識されるだけだろう。あるいは、まともに調査もできない愚か者だと思われるか。どちらにせよ、得は無いな。ということで、冷静さを意識して話す。


「民衆の動きとしては、集会を繰り返したり、武器となる農具を集めたりしているようだ。スコラが調べてくれた」

「盗賊への対処ではないのか? それだけでは、反乱の証拠とは言えん」


 疑わしげに聞いてくる。まあ、当然の反応だよな。これは想定していた。一応、世が乱れているという証拠ではあるのだが。とはいえ、反乱まで起こるだなんて、王都に居ては信じられないよな。少なくとも、今は平和そのものなのだから。


 まあ、これから乱世になっていくのが、原作での流れなのだが。主人公が天下取りを目指すのが、基本の流れだった。主人公がどこに居るのかも、気になるところだ。とはいえ、いま探すのは現実的ではない。まずは反乱の対処。その判断は変わらない。


「それを補強するのが、民衆の間で流行している言葉だ。汚れた世界を救世主が救うというものだな」

「民衆が、自分自身で救世主になろうとするとでも? 他人がどうにかするのを、ただ待つだけだろうに」


 見下した感じの目をしている。軽くため息もついている。完全には、否定できない。実際、不平不満を言うだけで何も行動しない人間は多いからな。


 ただ、ある程度の流れができてしまえば、そこから暴力が広まるというのは、よくある流れだ。歴史が証明していると言える。言ってしまえば、奪えばどうにかなると思えば、殺せば解決すると思えば、そう行動する人間は多いんだ。


 とはいえ、この国の歴史では無いか少ないかだろう。そして、他国の歴史など知りようがない。戦記物になるような世界なのだから、疑う理由はないよな。


 だから、情報で説得するのは無理だろう。もう、方針を切り替えよう。餌で釣る。その方向性で行く。まっすぐにミリアの目を見て、話し始めた。


「結果がどうあれ、ミリアが動いてくれたのなら、爵位を用意する。大公位だ。それは、約束しても良い」

「……やはりな。お主は、ユフィアと共謀している。妾の紹介もなく、スコラと交渉できたのがその証だ」


 冷たい目で、そう告げられる。明らかに、声も低い。失敗した。そう確信できてしまった。ミリアは、明らかに機嫌を損ねている。理由など明らかだ。敵対派閥に頼ったからだよな。思わず、うつむいてしまう。


 俺は効率を優先するあまり、感情を無視してしまった。人間は理屈だけで動いていない。そんな事も忘れて。


 だが、悔やんだところで現実は変わらない。これからどう失策を挽回していくか。そう考え始めた時に、勢いよく扉が開いた。そして、顔を隠した何者かが入ってくる。その手には、刃物が握られていた。


 そのまま、こちらに向けて駆け出してくる。


「ミリア、観念しろ!」


 そんな事を言いながら、ミリアに向かって刃物を向けたまま走っている。そんな姿が、どこかゆっくりに見えていた。


 いまミリアを殺されたら、すべてが終わってしまう。ミリアが死んだことを口実に、騎士団長派閥がユフィアの排除に動き出すかもしれない。原作では後の話だが、実際にあった流れだ。


 だから、絶対にミリアを助けなければならない。だが、俺は大した力を持っていない。少なくとも、下手人を殺して助けることは不可能だ。


 なら、俺にできるのはミリアをかばうことだけ。数歩の距離にいるのだから、絶対に間に合う。


 だが、その傷が原因で死ぬ可能性だってある。最悪の場合は、毒を塗られているかもしれない。そうなっていたら、助からないだろう。


 ただ、いま死ぬ可能性を取るか、そう遠くない先で死ぬ選択を取るかという話でしかない。なら、少しでも生き残る可能性が高い方に賭けるだけだ。


 そう考えて、ミリアの前に身を躍らせる。胸のあたりを、両腕で守りながら。だが、勢い余ってつまづいてしまった。そして、刃物は俺の頭に向かう。


 ここまでか。そう思った時に、刃物が急に下がった。そのまま、俺の腕に突き刺さっていく。


 痛みの中で、理由を考える。すると、すぐに理由に思い当たった。ミリアの魔法だ。確か、物体を重くするものだったはず。


 助けてくれたのか、危険を感じて反射的に使っただけなのか。どちらでも良い。俺は、まずは賭けに勝った。ミリアは、助けられたのだから。血が流れるのを感じながら、どこかで安心していた。


 そして、下手人は顔を真っ青にしていく。その様子が、とても鮮明に見えた。下手人の喉が動き、そのまま倒れていく。おそらくは、自決用の毒を仕込んでいたのだろう。そんな事まで、理解できていた。それにしても、こんなに早く人の死を見ることになるとはな。命の危機も相まって、嫌になりそうだ。


 自殺用の毒まで用意されているあたり、暗殺者なのだろうな。つまり、ミリアに敵対する何者か。ユフィアの可能性もある。見計らったようなタイミングだったからな。俺の動きも確認していたのは間違いないだろう。だが、今はそれを考える状況ではないか。


 痛みに耐えながら、ミリアの方を向く。すると、女の子座りのような格好をしていた。おそらく、腰を抜かしたのだろう。顔を見ると、恐怖に染まっていた。当然だな。殺されかけたのだから。


 ただ、目が合った瞬間に、いつも通りの顔に戻る。傲慢さをにじませるような姿に。そしてミリアは立ち上がり、咳払いをした。


「大義であったぞ、ローレンツ王子。今回ばかりは、感謝する」

「それは良いから、スコラを呼んできてくれないか……?」


 そう言うと、呆気にとられたような顔をして、そのまま駆け出していった。おそらくは、俺の意図に気づいたのだろう。スコラの魔法なら、俺の傷は癒せるはず。そして、騎士団長派閥であるスコラに渡りをつけるのなら、ミリアが一番だ。それに何より、俺の腕では遠くまで動くのは厳しいからな。


 部屋の外からは、なんだかドタバタとした音が聞こえていた。おそらくは、騒ぎになっているのだろう。


 しばらくして、スコラを伴ったミリアがやって来た。スコラは、俺の腕を見た途端に痛ましそうな顔をする。そして、すぐに声をかけてくる。


「おいたわしや、殿下……。すぐさま、治療をいたしますわ。今から痛むと思いますが、治療のためです。我慢してくださいまし」


 そう言って、刃物を引き抜かれる。瞬間、とてつもない熱が走ったような気がした。だが、できるだけいつもの顔を心がける。単なる強がりだが、大事なことのはずだ。そして、傷口が輝いて、そのまま傷が消えていく。痛みも無くなって、もう普段通りに動かせそうだった。


 スコラの様子を見ると、傷のあったあたりを真顔で見ていた。そしてすぐに、こちらにふわりとした笑顔を向ける。


「ありがとう、スコラ。おかげで助かったよ。下手したら、死んでいたからな」

「いえ、王家のしもべとして、当然のことですわ。ご無事で、安心いたしました」

「スコラ、見事なものだったぞ。褒賞を与えなくてはな」


 ミリアは、いつも通りの態度でスコラに話している。もう、落ち着いたようだな。スコラは、少し眉を下げながら話しかけてくる。


「ミリア様を命がけで助けられたのですね。不謹慎かもしれませんが、羨ましいことですわ。わたくしが同じ状況なら、殿下はわたくしを助けていただけますか?」


 さて、どう答えるのが正解か。ミリアが特別とアピールするべきか、スコラにもすり寄っておくべきか。いや、ここはごまかしておこう。無我夢中だったと言えば、それ以上は追求できまい。


「体が勝手に動いたからな。次に同じ行動をできるのかは分からない。今回で苦しさが分かってしまったからな。あるいは、ためらってしまうのかもしれない。情けないことだが、怖くてな」

「とても痛かったですわよね。ひどい傷でしたもの。失礼なことを聞いてしまいましたわ。忘れてくださいまし」


 そう言って、スコラは頭を下げる。その奥で、少しだけ唇が歪んだように見える。もう選択してしまったので、どんな感情からの表情であれ、気にしすぎても仕方ない。ただ、軽く手を横に振った。気にしなくて良いという意味を込めて。伝わったのか、再び優雅な笑みに戻る。


 軽く息をついて、ミリアの方を見る。すると、ニヤリとした笑みを浮かべていた。


「ローレンツ王子。お主には、深く感謝している。その証として、今回だけは妾が力を貸してやろう」


 その言葉を聞いて、完全に賭けに勝ったと確信できた。痛みだけで得たものとしては、最上級のものだろう。確かな満足感が、俺を満たしていた。軽く震えも走るほどに。


 さあ、後は反乱をどうにかするだけだ。簡単ではないだろうが、やりとげないとな。一度深呼吸をして、ふたりに笑顔を向けた。

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