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第7話 説得の材料

 スコラの調査によって、民衆の蜂起に具体的な色がついた。イデア教が関わっているとなると、間違いなく国家転覆を狙ってくるだろう。すなわち、俺や国王だって危険だ。


 ただ、そこまで断言したところで、何の意味もない。答えだけを伝えても、途中の式が空白なのだから。ユフィアもミリアもスコラも、誰も納得しないだろう。それなら、言わない方がマシだろうな。


 とはいえ、スコラの手によって調査が進んだという事実は大きい。おそらくは、ミリアが納得するだけの決定的な証拠とは言えない。それでも、ユフィアやスコラを通して説得に向けて進めるための力になる。状況で押し切るという手段も選べるようになったんだ。


 そこで、まずはユフィアに現状を報告しつつ、今後について相談を進めることにした。いつも通りにユフィアがやってくるのを待ち、そこで話し合う。


 やって来たユフィアは、まずは穏やかに微笑んだ。歪んだ内心を推測できるにも関わらず、どこか落ち着いた気持ちになってしまう。少し脱力しているのは実感できる。首を横に振って、ユフィアと目を合わせていく。これ以上惑わないという気持ちを乗せて。


「とりあえず、スコラは協力してくれている。民衆の蜂起についても、かなり確信に近い考えを抱いているはずだ」

「私も同感ですね。スコラにも、ローレンツさんにも。行動が遅れるほどに、状況は悪くなるでしょう」


 深刻そうな顔で、目を伏せながらそう言っている。つまり、本気でイデア教の脅威を感じているということだろう。実際、信仰の力というのは色んな意味で大きい。良くも悪くも、大勢の動きを左右するものだ。ユフィアなら、理解できるに決まっているよな。


 当然、兵力を用意する価値だって理解できているはずだ。それなら、ミリアの説得に向けて、本気で動いてくれることが期待できる。期待を込めて、何度か頷いた。


「なら、ミリアに圧力をかけてくれないか? スコラとも協調すれば、動かざるを得なくなるんじゃないか?

「ふふっ、面白い提案ですね。良いですよ。試してみましょうか。ローレンツさんだって、説得に動いてくれますよね?」


 頬を釣り上げながら、そんな事を言う。ユフィアが協力してくれるのなら、スムーズに進むはずだ。間違いなく、俺ひとりで動くよりも良い結果を残せるはず。どう考えても、ユフィアの存在は大きいのだから。


 とりあえず、大きな壁は突破できたはずだ。少し、安心できたな。まだ、何も状況は解決していないとはいえ。軽く息をつく。


 ユフィアの力を借りられるという事実が、どれほど大きいことか。デルフィ王国という国の、真の支配者なのだから。権力という意味でも、能力という意味でも、これ以上の味方なんて居ない。


 なら、俺だって動くのは当然だよな。わざわざ、ユフィアが動いてくれるのだから。


「ああ、もちろんだ。とはいえ、今ある情報は、証拠としては十分じゃないよな。少なくとも、ミリアが納得するものとしては」

「そうですね。よく分かっているじゃないですか。満点をあげましょう」


 そんな事を言いながら、俺の頭を撫でてくる。ユフィアに評価されているという事実が、どうしようもなく嬉しい。つい、表情が保てなくなりそうなくらいに。悪人とはいえ、圧倒的な傑物で、俺の共犯者なのだから。


 とはいえ、ただ褒められて満足している訳にはいかない。ミリアを説得できる段階でないのなら、何か対策を打つ必要がある。それを考えていないと思われたら、今の評価は失望に変わるだけだろう。それが何よりも恐ろしい。震えてしまいそうなくらいには。


 さて、どうすればいい。単に情報を伝えるだけでは、当然足りない。王家を狙われていると言っても、絶対に納得などされない。ミリアの姉を妾でなくすという手段は、単なるブラフでしかない。あるいは、ユフィアなら実現できるのかもしれないが。


 だが、ユフィアに頼りすぎても評価が下がるだけだろう。それはマズい。ユフィアに見捨てられてしまえば、俺は終わりだ。


 いっそのこと、ミリアの前で犬の鳴き真似でもしてみるか? いや、靴を舐めようとしてすら足りなかった相手だ。どう考えても足りない。


 あるいは、ユフィアの威でも借りてみるか? いや、圧力をかけている時点で、ユフィアの動きは知られている。効果は薄いだろう。むしろ、心象が下がって終わりだろうな。


 逆に、ミリアに高圧的に出てみるか? いや、どう考えても悪手だ。機嫌を損ねるだけで、何の意味もない。なにせ、俺はミリアに危機感を抱かせる力など持っていないのだから。


 もう恥も外聞も捨てて、泣き落としのような手段に出るのはどうだ? いや、ダメか。ミリアに傾倒してしまえば、ユフィアに見捨てられる。そちらの方がマズい。


 どうしても、決定打が思いつかない。やはり、俺個人では限界があるのだろうか。首が下を向きそうになる。


 いや、ひとつだけあるかもしれない。俺が王子であることを利用すればどうだ? 勲章のようなものを与えると誓って、譲歩を引き出すのはどうだ? 


 単なる名誉でしかない。ないが、ミリアにとっては有効かもしれない。商人上がりの存在なのだから、箔は必要だろう。悪くないかもな。一度頷いた。


「なあ、ユフィア。俺がミリアに与えられる、最大の名誉は何だ? それを約束しようと思うのだが」

「それこそ、爵位を与えるというのはどうでしょう。大貴族として認めるというのなら、ミリアにとっても悪くないでしょう」


 にこやかな顔をしながら、即座に返答される。全部説明していないのに、簡単に意図を理解されている。やはり、ユフィアは頼りになるな。だが、依存しすぎてはマズい。それを悟られたが最後、俺は単なる道具に成り果てるだろう。共犯者としての関係は、確実に崩れてしまう。


 適度に頼りつつも、自立した姿勢を保つ。難しいものだな。だが、達成しなくてはならないことだ。気合いを込めるために、腹に力を入れた。


 さて、爵位と言ったな。それなら、大公の座を与えると誓うか。最大の貴族として認められるならば、ミリアだって悪く思わないだろう。


「分かった。大公位を与えると言って、構わないか? 反故にする気はないから、実際に与えるつもりだが」

「ええ、もちろんです。ローレンツさんが説得する姿を、楽しみにしていますね」


 そう言って、笑顔で手を握られた。体温が伝わり、顔が熱を持った気がした。そうだな。今回の件では、ユフィアにも利益をもたらすべきだろう。単に俺が頼るだけならば、ユフィアにとっては必要のない存在になってしまうのだから。


 幸い、今の案を少し変えるだけでいい。さて、どう反応するかな。


「なあ、ユフィア。俺が論功行賞でお前を大きく褒めれば、お前も得するんじゃないか?」

「私の利益も考えてくださっているんですね。嬉しいですよ。ローレンツさんが、もっと好きになれそうです」


 ニッコリと笑い、声を弾ませている。それなら、ちゃんと提案できたと言っていいだろう。なら、細かい方針も伝えていくべきだな。口が軽くなるのが分かる。


「実際、お前の魔法のおかげで反乱の兆候を早期発見できたと言って良い。俺が信頼していると大勢に伝えれば、動きやすいだろ?」

「そうですね。私が勝手にローレンツさんの言葉を捏造したりとか、ね」


 悪く微笑んでいるが、ある程度は必要なことだ。ユフィアが利益を享受できなければ、共犯関係としての意味は薄い。今の俺に力がない以上、妥協しないといけない。


 それに何より、王家の権威が失墜すれば、困るのはユフィア自身だ。それが分からないほど、愚かな女じゃない。


「俺の評判が下がれば、お前も損をする。なら、信じさせてもらうさ」

「ふふっ、可愛らしいですね。とっても、良い子です。流石は、私のローレンツさんですね」


 ユフィアはもう一度微笑み、俺の頭を撫でた。しばらく撫で回した後、そのまま去っていく。頭のどこかに、体温が残っているような感覚があった。思わず、そこに手を当ててしまう。


 さて、方針が決まったのなら動き出さないとな。なんとしても、ミリアを説得してみせる。そう誓って、拳を握った。

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