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第6話 失敗の価値

 とりあえず、スコラに協力してもらうという約束はできた。どこまで実行されるのかという問題はあるが、血判状は俺の手元にある。だから、安易な裏切りだけは避けられるはずだ。


 調査結果が出ていない以上、ミリアに協力してもらうのは、まだ難しい。ということで、ユフィアに現状を共有することにした。


 いつものように部屋にやってきたユフィアに、まず話していく。


 少し、緊張してしまうな。俺は、ユフィアの望む成果を出せているのだろうか。思わず、つばを飲み込みそうになった。


「ユフィア、スコラとの話の結果だが、まずはこの書面を見てくれ。それが早いだろう」

「なるほど、書面を交わしたんですか。悪くないですね。褒めてあげますよ。頭でも撫でてあげましょうか?」


 そんな事を言いながら、悪い笑顔で手を伸ばしてくる。恥ずかしくはあるが、拒絶する意味はない。意地を張っている姿を見せても、評価が下がるだけだろう。


 俺とユフィアは共犯者ということになっている。だが、現実的には対等ではない。ユフィアの気分次第で、簡単に解消される関係でしかない。だからこそ、恥くらいでユフィアのご機嫌取りができるのなら、安いものだ。


 そのまま、ユフィアは俺の頭を何度か撫でる。まるで出来の悪い子を褒めるかのように、優しげな眼差しと手つきで。実際、俺の能力はユフィアの足元にも及ばないからな。仕方のないところだ。


 ただ、頭から伝わる体温は、何か安心感のようなものを運んでくる。思わず、顔が緩みそうなくらいには。隙を見せる訳にはいかないから、耐えていたが。


「ありがとう、ユフィア。だが、お前の望む成果が出せたとは言い切れないだろう」

「そうでもありませんよ。血判状というのは、良い発想です。そこだけでも、評価に値しますよ」


 ニッコリとしているが、何を考えているのだろうな。これは、幼稚園児に足し算ができたねと褒めるやつだろうか。あるいは、本当に評価されているのだろうか。ただ、不安を表に出す訳にはいかない。できるだけ笑顔を張り付かせながら、話を続けていく。


「とりあえず、蜂起が起こった際に食料と兵を融通してもらえるように頼んでおいた。それが書かれているはずだ」

「そうですね。ですが、まだ甘いです。食料や兵に、量の条件は記されていませんからね。今回のスコラさんには、裏切る理由はないでしょうけれど。次は気を付けましょうね」


 生徒に教えるかのような口調で、失敗を告げられる。良い方に考えれば、俺の成長に期待してくれている。悪い方に考えれば、俺は凡庸だと思われている。さて、どっちだろうか。不安ではあるが、希望もある。俺は、どちらを選ぶべきなのだろうな。


 というか、かなりの失策だな。極端な話、兵をひとり、米をひと粒でも契約を履行したということになってしまう。悔しさと情けなさで歯を食いしばりそうになるが、我慢する。ユフィアの見立てでは、今回は大丈夫だそうだが。


 次は、細かい条件も気にしておかないとな。この失敗を活かせなければ、今度こそユフィアは俺に失望するだろう。その先に待っているのは、死だけだ。


「ああ、分かった。それで、もうひとつ確認したことがある。スコラの魔法は、人の傷を癒やすものだ」

「おかしなことを言いますね。ローレンツさんは、ミリアやスコラの魔法を知っていると言っていませんでしたか?」


 笑顔を深めて、そんな事を言ってくる。今度こそ、完全な失敗だ。成果をアピールするつもりで、余計なことを口にしてしまった。つい、うつむきそうになってしまう。だが、焦るな。どうにか言い訳をするか、あるいは頭を下げて機嫌を取るかだ。


 ユフィアが相手なら、言い訳の方がマシか。何の役にも立てない存在だと思われるのが、一番危険なのだから。声が揺れないように意識しながら、会話を続ける。


「伝聞ではな。実際に確認できただけでも、大きいはずだ」

「今は、それで納得しておきましょう。これからに期待していますよ、ローレンツさん。私に、あなたの価値を示し続けてくださいね」


 そう言い残し、ユフィアは去っていく。それを確認して、まずは一息つく。そして、両頬を張る。今回は失敗した。それを痛みによって刻み込むために。


 ユフィアが大丈夫だと言っていたのは、スコラと俺を繋いだのがユフィアだからだ。つまり、スコラが俺を裏切れば、ユフィアを裏切ったことになる。そこまでの危険は犯せないのだろう。そう間違っていない分析のはずだ。


 つまり、何の後ろ盾もない俺ならば、騙されて終わっていただけ。耐えきれずに、歯を食いしばってしまった。次にスコラと会う時には、もっと神経を注ごう。そう決意して、前を向く。


 それからは、スコラの調査を待つ間に、いつも通りに過ごしていた。王都で民衆とふれあいつつ、ユフィアとも交流を深める。そんな日々を。


 数週間ほど経過して、ようやくスコラに呼び出された。用意された部屋に向かうと、豪華な食事が目に入る。そして、立ったままで居るスコラに、手で席につくことを促された。


「さて、殿下。食事でも取りながら、ゆっくりと話をしましょうではありませんか」


 淑女然とした笑みを浮かべながら、そう言われる。おそらくは、食事で俺が気を抜いたり、あるいは集中を失って情報を漏らすことを狙っているのだろう。なら、警戒は緩められないな。笑顔の仮面を張り直す意識をした。


「どうだ? 反乱の兆候はつかめたか?」

「ええ。民衆が不自然に会合を行ったり、やたらとクワや鎌などを用意している様子ですわね」


 ややうつむきながら、スコラは語る。おそらくは、心を痛めているという演技だろう。こんな場で本心を表に出すほど、容易な相手ではない。そんなことは明らかだ。


 ただ、会話の内容は重要なものだ。それは確かに、反乱の兆候と言ってもおかしくはない。ただ、判断を急ぎすぎるな。俺を誤解させる言い回しをしている可能性を、常に想定しろ。


 さて、もう少し情報が欲しいな。どんな質問をすれば有効だ? そうだな。例えば、調練の形跡が見えればどうだ? クワや鎌を、人に向ける練習をしているような。よし、聞いてみよう。


「会合していると言ったが、そこでクワや鎌を振り回していたりするか?」

「いい質問ですわね。流石は殿下ですわ。ええ、確かに、人を殺すための訓練をしておりましたわよ」


 深い笑みを浮かべていた。少しは、認められたのかもしれない。そう考えると、笑顔の種類が変わりそうになる。ただ、まだだ。民衆の反乱が事実だとすると、まだ情報が得られるはず。


「それなら、俺に兵や食料を預けるという話も、実現することになりそうか?」

「ええ。殿下の先見の明は確かですもの。裏にユフィアさんがいるとしても、十分に評価に値しますわ」


 今回は、目も笑っている。なら、きっと本心のはずだ。つい、軽く息をついてしまう。


 とりあえずは、スコラも協力してくれることになりそうだ。なら、反乱だけで最悪の事態にはならないだろう。仮にミリアが説得できないとしてもだ。俺とスコラが連帯できるだけでも、諸侯へのアピールにはなるはずなのだから。


 ミリアが味方になるかどうかで、これから先の未来は大きく変わる。それは間違いない。今の王都で内輪もめが起こってしまえば、諸侯に反逆の隙を与えるのだろうから。


 だから、スコラが何を狙っているのかは知りたい。知れずとも、俺に従う理由はハッキリさせておきたい。今のままでは、背中を刺されそうで怖いからな。ただ、何を聞くのが効果的だ?


 いや、変に駆け引きをしても無駄か。相手は、ユフィアを相手にできるような怪物だ。自分の実力を過信するな。俺の武器は、王子の立場と原作知識だけ。なら、素直に聞いてみるか。


 確か、スコラには従妹が居たはずだ。そして、スコラが分家筋だったはず。それに直接言及しないまでも、軽く触れてみるとしよう。


「スコラは、俺が王族だから従っているだけなんだよな? 何をすれば、俺を本当の意味で認めてくれる? お前を当主と認めれば良いのか?」


 そう言った俺に、スコラは優しく微笑みかけてくる。そっと、俺の頬に手を添えながら。安心させるような態度だな。


「殿下は素晴らしい方ですわ。わたくしが、心から仕えたいくらいに。ですから、わたくしを信じてくださいませ。それで良いのですわ」


 おそらくは、俺がスコラを重用することで、彼女の権力を増すことを狙っている。そんな気がした。なら、裏が分かるだけありがたいな。少なくとも今は、頼りにするという姿勢を見せておくか。


 そのためにも、民衆の情報をもっと集めないとな。そうだ。原作知識が、ここで活かせるはずだ。


「ところで、民衆の間で何か流行っていたりしないか? 例えば、言葉とか」

「ええ。汚れた世界を救世主が救う。そんな言葉を、よく聞きましたわよ。殿下の言った通りでしたわね。流石ですわ」


 笑みを浮かべるスコラの言葉で、今度こそ民衆の反乱を確信できた。


 その言葉は、イデア教の教義。原作で民衆の反乱を主導する宗教のものだったからな。

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