騎士団長のミリアを説得するために、公爵令嬢に力を借りる。言葉にすれば簡単だが、まず会うことすら難しいだろう。少なくとも、俺個人で適当に会いに行ける相手ではない。王宮によく訪れていると言ってもだ。
スコラ・ベンニーア。公爵令嬢として、多くの役割をこなしている存在だ。俺が食べているものも、多くはスコラの手が入っているはず。その程度には、影響が大きい人間ではある。
だからこそ、会うためにはツテが必要になる。もちろん、ミリアには頼れない。スコラは騎士団長派閥ではあるものの、会わせてくれとミリアに頼んだところで、心象を下げるだけだろう。
そうなると、俺が頼れる存在は一人だけだよな。ということで、ユフィアが会いに来る時間を待って、提案することにした。
いつものように優しげな笑顔を浮かべるユフィアがやって来て、すぐに本題に入る。まっすぐに、目を見ながら。
「なあ、ユフィア。スコラに繋いでくれないか? ちょっと、話をしたくてな」
「私というものがありながら、他の女の人と会いたいと?」
少し冷たい目で見てくる。だが、冗談の類だろう。まさか、俺が口説くためだけにスコラに会いたいだなんて考える人じゃないはずだ。
なので、特に緊張したりはしない。いつも通りに話していくだけだ。
「ミリアを説得するために、スコラに手を回したくてな」
「あら、失敗したんですか? それに、スコラはミリア派閥ですよね。どうして私に紹介を頼むのですか?」
ユフィアは薄く笑みを浮かべているが、ここは気を張るべきだと判断した。失敗したという言い回しは、おそらく本心だ。それなら、見限られないように言葉を選ぶ必要がある。できるだけ笑顔を意識しつつ、落ち着いた声で話していく。
「ミリアは民衆の蜂起が王都に打撃を与えるという証拠を求めている。だから、スコラの手を借りたい。彼女のことだから、ミリアが負けた時のことを想定しているはずだ。後は簡単だよな」
コウモリとして、二つの派閥に渡りをつける。そんな行動をする人間だと知っている。だから、間違いなくユフィアの手を借りるのが効果的なんだ。
そして、スコラの性格を理解していると伝えることで、ユフィアは俺を再評価してくれるはずだ。一石二鳥と言っていいよな。
ユフィアの顔を見ると、少し目を輝かせているように見えた。ほんのわずかにだが、安心できる。
「スコラを呼ぶことは可能ですよ。ですが、そうですね。私は役に立つ人が好きなんです。だから、私がもっとローレンツさんを好きになれるように、努力してくださいね」
そう言いながら、ユフィアは目を細めて笑った。そして、部屋から去っていく。相手の要求は簡単だ。スコラとの対話で、ユフィアが喜ぶ成果を持ち帰れということだろう。まあ、言うは易しというやつだが。
本当に、厄介な要求をしてくれるものだ。だが、今の俺にはユフィアしか居ない。折れるべきなのだろうな。わめいてどうにかなる問題ではないのだから。
だが、俺にとっても必要なことだ。スコラの力を借りられれば、今後の役に立つ。さて、どうするべきかを考えないとな。
それから数日間は、踊り子を見ながら観客と交流したり、農家の手伝いをしたりしながら過ごしていた。
待っていた甲斐もあり、ユフィアの手によって、スコラと二人きりで会えるようになった。先に部屋で待っていると、ゆっくりと扉が開いた。そして、穏やかな表情をした女が入ってくる。スコラだ。
彼女はきらびやかな印象が強い。ウェーブの掛かった長い金髪、豪華ながらも派手すぎない衣装、透き通った青い目。どれも華やかに見せてくる。ただ、その内心はユフィアやミリアと並ぶだろう。つまり、真っ当な性格をしていない。
だが、俺にとっては数少ない協力できそうな相手だ。なるべくハキハキと、まずは挨拶をしていく。
「よく来てくれた、スコラ。知っていると思うが、王子のローレンツだ。今回は、頼みたいことがあってな」
俺の言葉に対し、スコラは唇を薄く伸ばす。そして、深く一礼してきた。
「殿下のお望みとあれば、いかようにも。わたくし自身を望むのならば、それも光栄なことですわ」
まずは、こちらを立てる発言をしてくる。それなら、さっそく本題に入るか。ユフィアの望む成果を考えたのだが、スコラにどこまで要求を飲ませられるかが課題だろう。
公爵令嬢として、財も兵力も、広大な領地も持ち合わせている。それをどう活用するかという観点になるはずだ。だが、まずは本題からだな。様子を見ながら、少しずつ要求していくのが良いだろう。
「スコラは魅力的だが、今回は違う。俺では釣り合わないだろうからな。まず頼みたいのは、調べてほしいことがあるんだ」
「もちろん、構いませんわ。お役に立てるのならば、それがわたくしの望みですもの」
薄く唇を釣り上げながら言う。少なくとも表面的には協力的だ。なら、疑う姿勢を見せるべきではないな。たとえ愚かと思われようと、信頼を伝えるのが大事なはずだ。そう考え、まずは真っ直ぐに笑う。
「ありがとう。頼りにしているよ。それで調べてほしいのは、民衆の蜂起が起こる兆候についてだ。できれば、ハッキリとした証拠があるとありがたい。難しいとは思うが、頼む」
頭を下げると、スコラはすぐに反応する。
「頭をお上げください。平和を願う心、確かに伝わりましたわ。もちろん、承りますわ」
口元をほころばせながら、澄んだ声で伝えられた。それに対して、俺は手を伸ばす。スコラは握り返してくれた。とりあえずは、契約成立だな。
だが、ユフィアの満足する成果を出せるかという問題もある。ただ、スコラに過大な要求をすれば、間違いなく嫌われるだろう。今回の問題に必要なことという体で要求できるラインが妥当なところなはずだ。
「もし良ければ、蜂起が起こった時に、王宮に兵と食料を融通してくれないか? できれば、俺が指揮できる形で」
俺が指揮権を持っているのならば、それをユフィアに委任すればいい。そういう形で、兵達に繋がりを作る。そして、食料も。ユフィアの力があれば、何かしら仕込めるだろう。スパイなり、裏切り者なり。これ以上となると、俺には思いつかないな。
その要求に対して、スコラは軽く歯が覗くような笑顔を見せた。そして頷いた。
「ええ、もちろん。殿下の不安も、分かるつもりですわ。ですから、安心してくださいまし」
「なら、書面を残してくれるとありがたい。信用しない訳ではないが、お互いに必要だろう」
そう言うと、すぐにスコラは紙を取り出し、何かを書いていった。手渡されたものを読むと、確かに言った通りの内容が書かれている。
これに効力を持たせるためにも、もう一手打っておくか。
「なあ、刃物はあるか? 俺は血判を押すつもりだから、手伝ってくれると助かる。自分で切るのは、怖いんだ」
「もちろんですわ。殿下の玉体を傷つけるのには、心が痛みますが」
そして俺は親指を切られ、書類に血判を押す。直後に、スコラも血判を押した。そのまま、スコラはこちらの手を握る。
「殿下のお体に傷が残ってはいけませんわね。わたくしが、治療いたしますわ」
その言葉とともに、俺とスコラの手が光る。しばらくして光が無くなると、傷跡は完全に消え去っていた。
これで、スコラの魔法は特定できた。個人で持っている魔法は。良い成果だと言えるだろう。原作知識があるとはいえ、それが正しいと証明できただけで大きい。思わず、頷いてしまう。
スコラは口角を上げながら、俺の手を両手で包みこんだ。
「殿下のお心、確かに伝わりましたわ。ですから、必ず結果で応えてみせましょう。では、失礼しますわ」
「最後に、ひとつだけ言わせてくれ。おそらく、相手は信仰を利用するはずだ。その筋で、調査を進めてほしい」
原作知識だが、俺の見立てが正しいと思われれば、評価が上がるはずだからな。せめて、軽く見られるのは避けたい。単なる立場だけの人間だと思われるのは。
「かしこまりましたわ。では、そのように。殿下の助言、無駄にはいたしませんわ」
そう言って、スコラは静かに去っていく。成功したはずなのに、どこかに不安が残っていた。思わず目を伏せながら理由を探っていると、あることに気がついた。
スコラの目は、ただの一度も笑っていなかったことに。