ユフィアと共犯者になったことで、俺が生き延びるための道を一歩前進できた。達成感に、思わずガッツポーズをしてしまったくらいだ。
今のところは、ユフィアは現状の整理をする予定らしい。実際にこの国が滅ぶ可能性があるのか、様々な方向から検討するようだ。
ということで、暇な時間ができた。それを有効活用するために、ユフィアに許可を取って城下町に向かうことにした。護衛を撒くふりをして、王子という立場を示す。その上で、隠れて市民の生活を良くできないか考えている。そんな予定だ。
実際に必死な感じで逃げ回るふりをしながら、店の厨房に隠れる。そして、店主らしき人を向いて、唇に指を当てた。
「おい、探せ! 何としても見つけるんだ!」
そんなことを言いながら、護衛たちは道を走り抜けていく。だが、店主の男は突き出そうとしない。護衛が去ったのを確認して、店主に頭を下げる。
「ありがとうございました。追いかけられていて、困っていたんです。ご迷惑はおかけしませんから、少し食べていって良いですか?」
「構わないが……。その格好、かなり良いところの坊っちゃんじゃないかい? そんな人が満足できるもの、出せるかねえ」
「こちらから頼んでおいて、文句は言いませんよ。それに、あなたの料理、楽しみです」
そう言って笑顔を向けると、店主は仕方なさそうに頭をかいて、料理を始めた。店の奥で、食べさせてくれる様子だ。しばらく待っていると、パスタらしきものが出てきた。見た感じでは、カルボナーラっぽい印象だ。
ということで、手を合わせてから食べ進める。まあ、普通の料理という感じだ。だが、美味しそうな笑顔を心がけて、所作が崩れない範囲で勢いよく食べていく。
そして食べ終わった段階で、店主に頭を下げる。
「ありがとうございました。とっても美味しかったです!」
「なら、良かった。それで、こんな事言うのは何だけど、お金は持っているのかい?」
「大丈夫です。これを」
そう言いながら、金貨を渡していく。相手は驚いた顔を浮かべて、何度も手元を見ていた。
「こんな金額……うちじゃ釣りも用意できないよ」
「いえ、お気になさらず。困ったところを助けてくれたお礼です」
「なら、良いけど……。今度は普通に来て、普通の額を払ってくれよ」
そんなことを言い、頭を撫でてくる。全くもって良い人だ。俺の評判のために利用する形になるのが、申し訳なくなるくらいには。そんなことを考えていると、予定通りの声が届いてきた。
「殿下ー! いらっしゃいますかー!」
「すみません、時間切れみたいです。今回は、ありがとうございました」
「あんた……、いや、あなた様はまさか……」
その言葉に対し、俺は唇に指を当てた。そうすると、店主は何度も頷いて、最後に頭を下げてきた。そのまま俺は護衛のもとまで向かう。
この調子で、民衆からの好感度を稼いでいきたいものだ。そうすることが、未来への一歩になるだろう。
そんな感じの行動を、ユフィアに呼び出されるまで繰り返していた。町の子供と一緒に遊んだり、踊り子なんかを見ておひねりを渡したり。
ある程度城下町に馴染んできた頃、朝に目が覚めた段階で、ユフィアが俺の部屋に入ってきた。
「ローレンツさん、居ましたか。共犯者として、話があります」
ようやくか。そんな感想を持ちながら、姿勢を正してユフィアに向き合う。相手の方は、にこやかな態度を崩さなかった。
「調査の結果は、どうだった?」
「現状で可能性が高いのは、民衆の蜂起でしょうね。私の魔法で、情報を集めてみました」
ユフィアの魔法は遠くを見るものだったよな。それを知っていたから、今の共犯関係が築けたのだから。
確か、敵対する人間の弱みを握ったり、犯行の目を事前に摘んだりしていたはずだ。まあ、あくまで人間の使う能力だから、あらゆる場所を同時に監視はできないらしいが。結局は、多くの密偵を諸侯に送り込んで、その報告を基準にしていたはずだ。
ただ、すぐに必要な情報を集めるだけなら、視界を飛ばす方が効率が良いのだろうな。密偵だと、どうしても行き帰りの手間があるからな。
「なるほどな。だが、他にも問題はあるだろう? 異民族の襲撃とか、諸侯の反逆とか」
「エルフや獣人も厄介ですが、諸侯は現段階では優先すべきではありません。王家の権威が崩壊しない限りは、反乱の口実を用意できませんから」
確かに、そうか。逆に言えば、王家の権威が崩壊してしまえば手遅れなのだが。そのきっかけになりかねないのが、民衆の蜂起。そこから権力闘争が起きるのが怖いんだよな。俺のような王家の血族を奪い合った結果、結局力だけでいいと気付かれるのが。
なら、俺とユフィアで的確に問題を解決してしまえば済む。そういうことだろう。納得した俺は、一度うなづく。
「なら、蜂起を起こさないことは可能か?」
「難しいでしょうね。ですから、早期に叩くのが課題になるかと」
ユフィアは軽く言うが、それが課題なんだよな。思わず頭を抱えそうになってしまう。蜂起する民衆の情報、対応する諸侯、必要な軍事力。様々なことを考えなくてはならない。
いや、蜂起するきっかけについては、心当たりがあるのだが。とはいえ、その情報だけで対策できるかと言えば、そうではない。結局は、地道な活動が必要なはずだ。
「どうすれば、民衆の蜂起を早期に解決できると思う?」
「民衆を皆殺しにすれば、早いんじゃないですか?」
ユフィアはからかうように言ってくる。そんな単純な話なら、誰も苦労はしていないんだよな。思わず、額に指先を置いてしまう。
「それだけの兵力があるのなら、もしかしたら名案かもな」
「課題は分かっているようですね。そうです。兵力の確保が、急務となりますね」
ニッコリと笑って、こちらを見てくる。こいつ、俺を試したな。いや、相手の立場を考えれば、当然か。俺は、王家の血筋を持っているだけの人間。代わりは他にもいる。つまり、ユフィアの共犯者は他でもいいんだ。
なら、できる限り活躍して、ユフィアに頼れると考えてもらわないといけない。国を支配する相手に、ただの凡人が。荷が重いことだ。だが、口元がつり上がっているのを実感できた。
生きるか死ぬかという勝負は、案外楽しいのかもしれない。あるいは、逃避の感情をごまかしているだけかもしれないが。
いずれにせよ、俺の能力を示さないとな。兵力と考えて、ある人間が頭に浮かんだ。
「……なあ、ユフィア。お前の敵を説得しろとか言わないよな?」
その言葉に、ユフィアは楽しそうに笑う。鈴を転がすような声が聞こえてきて、にらみそうになってしまった。
「分かっているのなら、話が早いですね。私の代わりに、頑張ってくださいね。彼女の魔法を知っているのなら、それを利用してみたらいかがです?」
つい、ため息をついてしまった。ユフィアの敵ということは、騎士団長が相手だろう。敵対派閥だったはずだからな。
その顔を思い浮かべて、嘆きたくなった。騎士団長だって、かなり厄介な人間だからな。
だが、やるべきことなのは明らかだ。仕方ない、やってやるか。握りこぶしを胸に持っていき、気合いを入れ直した。