ローレンツ王子と私は、共犯者になることになりました。私は、これまでの日々を思い返しながら、鏡を見つめていました。
私は、この国の宰相。実質的には、頂点と言えるでしょう。あらゆる手管を利用して、今の立場をつかみ取りました。
優れた家柄、美しい容姿。他にも、よく回る頭も持ち合わせていましたから。今となっては、国王ではなく、私こそがこのデルフィ王国の主なのです。
国王であるランベールは、私の言いなりでしかありません。軽く会いに行って言葉をかわせば、好きなように操れます。例えば、こんな話がありましたね。
「陛下。ペトラ家の当主が、反乱を企んでいるようです。どうされますか?」
できるだけ悲しそうに目を伏せて、そんなことを言ってみます。少し、瞳に涙を浮かべながら。もちろん、真っ赤な嘘です。ただ、ペトラ家の当主は私に敵意を抱いている。そして、いつか追い落とそうと考えているようです。
その計画を伝えた配下が、私に密告しているとも知らずに。つい笑みを浮かべそうになってしまいますが、我慢します。
ランベールは、顔を真っ赤にして怒りを浮かべているようでしたね。
「なんと! この余に歯向かおうとは! 許せぬ! 早速呼び出して、処刑しようではないか!」
あまりにも簡単です。もはやランベールは、完全に私の手駒。いえ、デルフィ王国そのものが、私のものでしか無いのです。
そして、ペトラ家の当主はランベールに呼び出されました。私は、手駒を利用して、ペトラ家は褒美を与えられるとの情報を、当主に与えました。
意気揚々と参上した彼は、ランベールの前に頭を下げます。
「ペトラ家当主、参りました。陛下の御為に、これからも粉骨砕身いたします」
何も知らぬまま、可愛らしいことです。袖で口元を抑えて、笑みを隠しました。これから断頭台に登る彼は、どんな顔をするのでしょうね。楽しみで仕方ありません。
「ふざけたことを申すな! 貴様が反乱を企てていること、知らぬと思うてか!」
「陛下、誤解でございます! わたくしは、陛下に叛意など持ち合わせておりません!」
「とぼけおって! お前達! こやつが死ぬまで、鞭打ちにせよ!」
ランベールは声を荒らげて、ペトラ家当主を指差します。もはや彼の命運は決まりましたね。そう確信した私は、追撃を浴びせてみます。まるで悲劇を見ているような顔を浮かべながら。胸に手を当てて、真摯な様子を装って語りかけてみます。
「陛下。彼にも、なにか事情があったのかもしれません。例えば、身内を人質に取られていたとか」
「ふざけるな、ユフィア! お前のような毒婦が居るから、陛下は!」
「ユフィアよ、このような者までかばう必要はない。さあ、連れて行け」
ペトラ家当主は、兵士たちに集団で暴行されながら、拘束されていきます。そして、鞭打ちの刑に処されました。結局、20回ほど叩かれたあたりで、息絶えたようですね。もろいものです。
それを見終えた私は、ランベールと話に戻りました。あざけ笑うのを、袖で隠しながら。
「ユフィアよ。よくあの者の本性を暴いてくれた。感謝するぞ」
「いえ。陛下が喜んでくださるだけで、嬉しいですから」
「なあ、ユフィア。そろそろ、余と……」
ランベールは、身の程知らずにも私に恋慕を抱いている様子です。肩を抱こうとまでしてきます。笑顔の裏に嫌悪感を隠しながら、彼を誘導するための言葉を発していきます。
「そういえば、私の運営している孤児院に、あなたの子供もいるそうですね。陛下の子供は、良い生活をできるのでしょうか……」
結ばれた先の未来をほのめかすように言葉を選んで、子供の現実を悲観しているかのように目を伏せます。すると、ランベールは慌てた様子でこちらに声をかけてきました。
「ユフィアとの子を、そのような場所に送ったりせん。どうしても心配なら、余が孤児院を援助する」
ちなみに、私の運営している孤児院は、私の手駒を増やすための場所でもあります。どうしても使えない存在は、出稼ぎと称して売りに出します。
そして、孤児院にて人助けをする人間だという評判も、市井に流していくのです。清廉であるにもかかわらず、愚かな王に翻弄される、哀れな女だとしてね。
つまり、孤児院に援助を受けられれば、様々な意味で利益があるのです。金銭を手中に収める以外にも、ね。
そのような日々で、私はこの世の栄華を極めていると言って良かったでしょう。ですが、退屈を感じていたのも事実なんです。
そんな時に、ローレンツ王子は私に共犯者となるように持ちかけました。いま思い出しても、不思議です。鏡の前で、首を傾げる程度には。
なぜなら、ランベールにもローレンツ王子にも、意味のある情報なんて、何一つとして与えていませんでしたから。適当に褒めそやし、持ち上げ、思考力を奪う。そして、私の手駒とする。そんな計画に落ちていたのです。
にもかかわらず、ローレンツ王子は自分の現状を理解していました。
「ローレンツさんは、面白いですね……」
つい、そんな言葉がこぼれてしまいます。彼は自分を凡人と言っていましたが、あり得ません。私は、どんな天才でも無能に落ちる環境を構築していました。なのに、私の本性にも、この国の未来にも考えが届く。素晴らしいことです。
それに気になるのは、どうして多くの人の魔法を知ったのかです。いえ、もちろん私の魔法だけを知った上でのハッタリの可能性もありますが。ただ、面白いですよね。私は、ちゃんと隠していたんですから。
なら、ローレンツさんを追い詰めれば、もっと色んなものを見られるかもしれません。良いですね。楽しそうです。
鏡には、とてもきれいな笑顔を浮かべた私が居ました。おそらくは、心からの笑顔です。だって、今はとても楽しいですから。
私だって、国と一緒に破滅したくはありません。ですから、ローレンツさんの言葉が正しいのか、検証を進める予定ではあります。
ただ、それ以上に私にとって重要なのは、ローレンツさんをどう扱うかです。能力はどれほどなのか、どんな精神をしているのか、私の何に期待しているのか。彼のあらゆることが、知りたいんです。
「裏切ってみたら、どんな顔を見せるんでしょう。私の能力を示したら、どれほど依存するのでしょう」
鏡の中の私は、目をキラキラさせています。胸に手を当てると、ドキドキを感じます。きっと、何よりも楽しいおもちゃを手に入れた子どもは、こんな心境なのでしょうね。
真面目な顔を作ろうとしても、すぐに笑顔に戻ってしまいます。それほどに、今が楽しかったんです。
「ねえ、ローレンツさん。あなたのもがく姿を、見せてくださいね。それだけで、私の毎日は充実するでしょうから」
そのために、何をしましょうか。目を伏せて考える私は、きっと素敵な顔をしているはずです。
ローレンツさんと出会えて良かった。私は、あなたが大好きですよ。