「友月先輩のパジャマ可愛いです! それどこに売ってたんですか!?」
「あはは、ありがとう。可愛いよねえ、普通にネットで見つけただけだから、あとでリンク送っとくよ」
「やったー!」
「梓帆のパジャマも可愛いと思う」
「かさねん……よくできた子……!」
なんだこれは。
急にテイスト変わりすぎだろ。
黒卯の鶴の一声を、なぜか僕以外の全員が賞賛し、なぜか僕の家の、それも僕の部屋に女子三人がパジャマ姿で座っている。
あの、その椅子にしてるやつ、一応僕のベッドっていいます。
ちなみに間宮は自宅で作品の仕上げをしている。そりゃそうだ。
「どう戸景、一日寝てみて体調は」
「ああ、かなりよくなったよ。まだなんか寒気はするし喉も痛いけど」
「満身創痍」
おっ、久々に熟語キャラ。
味方の提案により、僕は土曜日の日中を療養にあて、味方、黒卯、三門の三人はそれぞれ家で入浴を済ませてから僕の家に集合した。
それは素直にナイスアイデアだと思う。
パジャマに着替えるからって二十分廊下に閉め出されたけどな。
この部屋の主なんだけどな!
「とにかくよかったよ。これで戸景のサポートも十全にできるし、私たちの仲も深まるしね」
元から仲良いだろお前らは。
「それじゃあ、戸景先輩は作業を! 何かいるものとかしてほしいこととかありましたら気兼ねせずにお願いしますね」
ずいずいと、黒卯が僕を椅子に置いやる。
「試読してほしいとかありましたら、お願いしますね!」
自分がいの一番に読みたいだけじゃないのか。という苦言は、しかし喉の奥にしまっておいた。
新作を待ち詫びられているというのは、作家としてこの上ない喜びなわけだし。
「あ、ああ」
不安は残るが、善意でやってくれていることに違いはない。
現に、部屋の隅には味方たちが買ってきてくれたスポーツドリンクやらが大入りのビニール袋に入って並べられている。
これで作業が捗らないなんて言えないな。
まだ違和感の残る体を動かし、僕はノートパソコンを開く。
「あと残ってるのは最後のところだけなんだけどな」
青コンに出すための小説は佳境を迎えていた。
文字数だと、一万字ほどか。
集中さえできればわけない文量だ。
「じゃあうちらは何しましょう!」
「え〜どうしよっかな、恋バナとかしちゃう?」
「恋バナって、人生で触れることのないコンテンツだと思っていました」
「じゃあうちが持ってきた新作ゲームを!」
「友月先輩、恋バナしましょう。恋バナ」
集中さえできれば……。
「ちょ、ちょっといいか?」
振り返り、ベッドの上のパジャマ女子会に向けて言う。
「一応夜だから、なるべく静かにしてくれると助かる。親とかいないし、全然いいんだけど、なるべくな」
「はーい!」
三門は理解しているのかいないのかわからない元気な返事をくれた。
不安だ。
これくらいのやり取りは部室で聞き慣れているはずだが、いざそれが自分の部屋、自分のベッドの上で行われているとこんなにも意識を持ってかれるのか。
三人に沈黙を強制するのも憚られたので、僕はワイヤレスイヤホンを耳につけて再度作業に戻る。
「静かにするなら余計にゲームよりお喋りの方がよさそうだね」
「そんなあ!」
「大賛成です」
「よし、じゃあ三門ちゃんから何フェチが言っていこう」
「しかもうちからなんですか」
三人の声もさっきよりずいぶん大人しくなってくれた。
うん、これならなんとか集中できそうだ。
「……『僕はずっと孤独だった』」
小説が終盤に差しかかると、つい書いている内容が声で出てしまう。
実際に自分の声で読み上げてみると、それが安い文章になっていないかどうか客観視ができるからだ。
「ええ!? かさねんって指フェチなの!?」
「……うん、性別とか関係なく、人の手ってつい見ちゃうかも」
「ちょっとわかるなあ、手が綺麗な人っていいよね。部屋も綺麗そうっていうか」
「うわ、うちも気をつけな……」
後ろの女子会は順調に盛り上がっているらしい。
たまに内容に気を取られそうになるけれど、完全な静寂よりもこれくらい人の声がした方がかえって執筆が捗る気もしてきた。
カフェに行くとやけに書けたりするのは、そもそも人の耳が適度な雑音の中を好む構造になっているからだと聞いたことがある。確か七十デシベルくらいの物音があった方が、人間は抽象的思考や想像的思考を司る脳の働きが刺激され、一番集中することができるのだとか。
そのおかげもあってか、僕はいつもよりも遥かに早いペースで書き進めることができていた。
「そういえば、戸景先輩の部屋もすごく綺麗ですよね」
「ああ、確かに片付いてるなあ」
「……ものが少ないだけだよ」
僕はワイヤレスイヤホンを耳から外し、そう口を挟む。
ちょうど休憩もしたかったしな。
「お、進捗はどうだい戸景くん」
謎の編集長面で味方が訊く。かけてもない眼鏡の位置を直すふりをしながら。
「かなりいいよ。あと本当に詰めのところだけ書いて読み直せば完成だ」
「何かお手伝いできることは!?」
目を輝かせた黒卯が前のめりになって言った。何か仕事がほしくてしょうがないようだ。
「そうだな……少しお腹が空いた」
「任せてください!」
待ってましたとばかりに挙手をした黒卯は、部屋の隅のビニール袋からガサゴソとあれやこれやを取り出し、高々と掲げてみせる。
彼女の手に握られているのは立派な長ネギ、卵、それと生麺タイプのうどんの袋。
「私が戸景先輩に美味しい煮込みうどんをつくります!」
お、おお。
「かさねちゃん、それ具材だけだよね。火は? それにお鍋とかって持ってきてないの?」
「……あ」
味方の的確な指摘に、やる気に満ちていた黒卯の表情が絶望に変わった。
「……戸景先輩、すみませんがキッチンをお借りしてもよろしいでしょうか……」
消え入りそうな声で黒卯は懇願する。
うん、なんか安心しましたよ、戸景先輩は。
「……よろしいです」