動きやすいようジャージに着替えてから倉瀬の指示通り校庭の花壇の前に行くと、そこには様々な部活から駆り出されたであろう生徒がうじゃうじゃと集まっていた。
ちなみに部長は僕一人だけみたいだ。
別に知り合いがいるわけでもないけど、心細いな。
「今日は急な召集にも関わらずお集まりいただきありがとうございます。それでは今からみなさんを四グループに分け、それぞれの担当する花壇への植え付けをお願いします」
急な召集のわりに、きちんと作業の効率を考えられた采配。やはり倉瀬は優秀だ。
僕は何人かの文化部の生徒と共に、倉瀬がリーダーを務めるグループに割り振られた。
「このグループの二年生は私と戸景部長だけですので、サブリーダー的役割をお願いします」
「……まあ、できる限り頑張ります」
そしていざ作業に取り掛かると、倉瀬は変わらずキビキビとした動きで正確無比な植え付けを行っていく。
おいおいすごいな、人間植林機かよ。
なんとか倉瀬に食らいつくように作業をしていた僕だが、少しして、ある違和感に気づく。
「なんか……倉瀬副会長、顔色悪くないですか? それにさっきからすごい汗だし」
作業のペースこそ落ちる勢いを見せない倉瀬だったが、その額にはひっきりなしに大粒の汗が滲んでいた。
よく見ると手も小刻みに震えているし、黒ぶちの眼鏡のレンズは謎の蒸気によって曇りまくっている。
「一応、発熱中ですので」
発熱!?
「……ちなみになんですけど、今って体温どのくらいですか」
「先ほど保健室にお邪魔したときはジャスト三十九度でした」
「三十九度!? お風呂でも割といい湯加減ですよそれ!」
動揺しすぎてよくわからないことを僕は口走る。
何それ、鉄人すぎないか?
三十九度の熱って、僕なら速攻帰る。それでなんやかんやと理由をつけて三日は学校を休む自信がある。
「いや休んででくださいよ。あとはなんとかしますから」
「……優しいんですね」
「当たり前の感性です。豊かな自然を育もうとする人が自然に淘汰されてちゃ元も子もないですって」
「ひれ伏したいくらいにもっともな意見ですね。でも、苦手なんですよ、人に甘えるの。……私は名残会長のように人当たりがいいわけでもないので」
いつもの能面のはずなのに、倉瀬の横顔はどこか物憂げにも見えた。
それにしても、ここでも出てくるのか名残広大。
お前ひん曲がった奥歯なんか抜いてる場合じゃないぞ。
「いいから、貸して」
話している間も手を止めない倉瀬から、僕は鉢植えを半ば奪い取るかたちで自分のノルマ分に加えた。
「僕が倉瀬副会長の分の作業を強制的に奪ったんです。だから、これは甘えとかじゃないですよ」
「……ありがとう……ございます……」
遺言のようにそう言い残し、倉瀬副会長はその場で膝を抱えた。
ほら、やっぱり限界だったんじゃないか。
「保健室、行ってください」
「いや、せめて全員の作業が終わるまでは見届けないと」
「殊勝な心得ですけど、死なないでくださいね」
「ワタシ、シナナイデス」
「お手本みたいなロボットボイスになってるし」
それから一時間ほど経っただろうか、僕らのグループはおおよそノルマ分の植え付けを終えた。
少し周囲を見てみたが、他のグループもそろそろ区切りがいいころらしい。
これだけの人数を割いて一時間かかるって、どんだけ広い花壇なんだよ。そんなに花好きか? 見栄えが少し綺麗なだけで食べられるわけでもないのに?
「倉瀬副会長、そろそろ終わりそうですよ」
「ヨカッタ……デス……」
倉瀬は膝を抱え込む姿勢のままガタガタ震えていた。
よくまあ耐えたよ。
僕は他の生徒会のメンバーに倉瀬の現状をありのまま伝え、解散と同時に倉瀬は肩を支えてもらいながら保健室へと向かった。
「真面目すぎるのも考えものだな……」
うっすら背筋に寒気が走る。
あれ、なんか、変だな。
気のせいか、頭も痛いような……。
「……それで、見事に風邪をもらったわけだ」
事の顛末を聞いた味方は、呆れた声で僕の額に乗せられた濡れタオルを変える。
バド部の練習終わりで、味方は運動着姿のまま駆けつけてくれたようだ。
完全に倉瀬から風邪をもらった僕は、部室のソファの上で黒卯の私物であるブランケットを被せられて寝かされていた。
熱は怖くて測っていない。
保健室に行って倉瀬と鉢合わせても気まずいし。
「いや別にブルブル、僕は風邪なんて引いてブルブル」
「もう喋るなアホ戸景。語尾がブルブルになっちゃってるから」
「すみません。せめて私が代わりに行っていれば……」
全く謝る要素のない黒卯が申し訳なさそうに頭を下げる。
「かさねちゃんに非はないよ。っていうか誰も悪くない」
僕も味方の言葉に完全に同意する。
黒卯や三門はおろか、無理を押して作業をした倉瀬のことも責める気はない。
「なれないお人好しなんてするもんじゃないな」
「それは戸景先輩の持つ固有スキルやからしょうがないです」
「まあ、先輩らしいっちゃらしいっすね」
三門と間宮が同情の言葉をくれる。
「それにしても、どうするかね。こんなんじゃ、小説書けないでしょ」
「いや書くねゲホゲホ。こんなのどうってことゲホゲホ」
「今度は語尾がゲホゲホになった!」
「……私に、考えがあるんですけど」
頭を下げていた黒卯が、顔を上げると同時にそう切り出した。
「今週末、作業部で合宿をするというのはどうでしょうか」
え?
「……え?」