僕の作業が一段落するころには、もう既に部室の窓の外は真っ暗だった。
間宮も少し前に帰ってしまったし、僕もそろそろ切り上げよう。
無人の部室の鍵を閉め、職員室に向かう最中、なぜかとうの昔に帰ったはずの味方がひょいと階段の影から現れる。
「よっ、おつかれさま」
「帰ったんじゃなかったのか」
「いやあ、さすがに千歳ちゃんのフォローが必要かなって思ってさ。でも、それも杞憂だったみたいだねえ。戸景、立派に部長やれてんじゃん」
あのやり取りを聞いてたのか。
しかし、こうも素直に褒められると反応に困る。
いつもみたいに人格破綻者として罵られた方が落ち着くな。なんて終わった感情を抱いた。
「あれでよかったのかはわかんないけど」
「いいんだよ、戸景はいつでも戸景らしいのがいいんだから」
「……そっか」
「そうです。それより早く帰ろ、戸景には今からコンビニで私に肉まんを奢るという使命があるんだからさ!」
「脈絡も身に覚えもない使命だな!」
でも、今日の味方がしてくれたことを考えれば、それくらいしたってバチは当たらない気もする。
本当に、頼りになる悪友だよ。
「いちごミルクも付けてやろう」
「ええっ!? 明日は純金の槍の雨だ!」
それはすこぶるラッキーな天災だな。
三日ほど時が流れた。
一から作業をやり直した僕と間宮だったが、その進捗は極めて好調で、このペースで取り組めば締切までには完成が見込めるというところまで来ていた。
締切は土日明けだし、最後の追い込みも無理が利く。
このモチベーションの高さも、名残という強大な宿敵あってのことだ。
でも感謝なんて一ミリもしてやらないがな!
そしていつもの放課後。いつもの部活。
「あら、お客さんですかね?」
コンコンとノックの音がして、バド部の練習で不在の味方の代わりに黒卯が対応にあたる。
「作業部の皆さんに折り入ってお願いがあります」
この粛々とした口調、来客とは倉瀬副会長だった。
「……どうしました」
「ずいぶんやつれてらっしゃいますね戸景部長」
「いえいえ、本調子です」
「それはそれで問題な気もしますが。……それでお願いというのは、生徒会が主となって動いている校庭の花壇の植え付けに、最低一人、人員を貸してくださらないかということでして」
僕を含め、作業部の面々の頭にはあの憎き宿敵、名残広大の顔が浮かぶ。
「ちなみに、名残会長は今日、親知らずの抜歯でお休みです。それもあって作業量に対する人数が不足している……」
「僕が行きます!」
素敵な情報すぎて倉瀬が言い終わる前についそう口走ってしまった。
「ありがとうございます。では作業部からは戸景部長が参加してくださるということで」
「ちょっと、青コンまでもう少しなのに大丈夫なんですか!?」
さすがに危機感を覚えたのか、三門がそう口を挟む。
「そうですよ! 花壇の植え付けくらい私が」
黒卯も三門の主張に賛成のようだ。
「大丈夫だ。小説も最後の部分を書き上げれば完成だし、二人も毎日のサポートで疲れてるだろ。それにちょうど気分転換もしたかったんだ」
参加自体は発作的に決めてしまったが、これは本音だった。
このところずっと座りっぱなしで、少し動く度に体が軋むような感覚になっていた。適度な運動も、絶えず小説を書く上ではなくてはならない重要な役割を果たす。
二人が疲れているというのも図星だったのだろう、三門も黒卯も、それ以上は何も言い返さなかった。
「頼んだっす、先輩」
相変わらずキャンバスからは目を離さないが、確実に信頼の込められた声で間宮が言う。
あの日以降、間宮の僕に対する態度は丸くなったような気がする。
「ああ、たまには頼りになる先輩ムーブを見せとかないとな」
「浅ましいっすね」
……気のせいかもしれない。
「それでは作業は十分後、花壇の前に集合をお願いします」
それだけ言い残し、倉瀬は部室を後にする。
やっぱりサイボーグのようなキレのある動きだった。
「……気のせい、ですかね」
倉瀬が去ったあと、黒卯がそう悩ましげに呟いた。
「なんか倉瀬副会長、いつもより動きに鋭さがないような」
そうか?
僕にはあんな動き、生まれ変わってもできないけどな。