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第17話 都合悪くも現れる

 気絶による場面転換も二回目か。

 目が覚めていの一番に思うことがそれでいいのか戸景日向よ。


「目覚めましたか戸景先輩」


 どうやら僕の額に乗せる濡れタオルを用意していたらしい黒卯のひと言が、僕を優しく迎えてくれた。


「ああ、まだちょっとふらつくけどな」

「無理しない方がいいですよ、千歳んもまだぐっすり寝ちゃってます」


 僕と反対側のソファに寝かせられた間宮の側に立つ三門が言う。

 間宮はすうすうと安らかな寝息を立てて眠っているようだった。


「相当限界だったんだねえ、間宮ちゃん」


 起き上がった僕の肩に手を置き、味方が言う。


「だな。間宮が青コンに出すって聞いたときは、まさかここまでのめり込むとは思ってなかったよ」

「認められなきゃ、と思ってたんだと思います」


 間宮の寝姿を眺めながら、黒卯がぽつりと呟いた。


「認められなきゃって、誰に」

「みんなにです。何か目に見える裏づけがないと、何かに熱中している自分がみんなに笑われているんじゃないかって不安になる。多分、千歳が考えてたのはそういうことだったんじゃないかなって」

「自意識、ってやつだね」


 味方がそう相槌を打つ。

 確かに、黒卯が言っていることはわからなくもない。けれど、


「なんでそこまでわかるんだ?」

「中学のときから、そうだったので」


 そう言うと、黒卯は顔を伏せた。


「……そうだね。千歳ん、中学のときは絶対に人前で絵なんか描かなかったもん。『不良が絵なんか描いてる』って、馬鹿にされるから」


 一年生の中学時代。

 今のところ作業部でそのことを知らないのは僕だけだ。

 目のやり場がなくて、なんとなく僕は味方のいる方に視線を逃がしていた。


「うん、そろそろちゃんと話しとくべきかな」


 僕と一瞬だけ目を合わせた味方は、そう言うと黒卯と三門の方に目配せをした。

 二人は味方とお互いを交互に見つめてから静かに頷き、それを合図に味方は僕らの中心に立った。


「話すって……三人の中学時代のことか?」

「そうだね。まあだから、私の話もしなきゃなんだけど……」


 味方は最後に間宮を見て、深く息をつく。


「可愛い後輩ちゃんズのためだ、仕方ない」


 そうして、味方の話は始まった。


 時は遡り、まだ僕の悪友、友月味方が中学三年生だったときの話。

 味方は当時、その学校で生徒会長を勤めていたという。

 まあ今更驚くことでもない。

 その学校では風紀委員と呼べる組織がなく、素行の悪い生徒への声掛けは生徒会が行っていたらしい。

 そして味方が生徒会長の椅子に座ったとき、一学年下に三人の問題児がいると生徒会に対して投書があった。


「まさかそれが」

「そう、ここにいる、かさねちゃん、梓帆ちゃん、それから千歳ちゃんね」


 とは言っても、そもそも味方のいた学校は治安も良好で、問題児とされる三人も大した悪行をしたわけでもない、ただ周囲から孤立している生徒だった。


「まあ、千歳ちゃんは少々他校の生徒と殴り合いだったりしてたわけだけど……」

「……ふにゃ」


 眠っている間宮が腑抜けた返事をする。


「その節は本当に迷惑をおかけしました」

「うちも最初友月さんが家まで乗り込んできたときは警察に通報しちゃったりして……すみません」


 このように生徒会長だった味方はかなりの力技を行使しつつも、結果的に引きこもりだった黒卯と三門、授業の半分をサボっていた間宮を健全な学校生活に復帰させたというわけだ。


「うちらが話すようになったのも、友月先輩が引き合わせてくれたからなんです。自分以外にも周りに溶け込めない人がいるって知れたから、外に出るのが少しずつ怖くなくなって……」


 話しながら、三門の瞳には涙が溜まっていた。

 それは黒卯も一緒で、味方の話が終わるころには二人とも抱きしめあって泣いていた。


「とまあこんな感じな経緯があってさ。同じ学校に三人が来たって知って、私もほっとけなくて」

「ふうん」

「ふうんって」

「いや別に、それで今の三人に対する印象が変わるわけでもないしな。少なくとも、僕にとっては」


 僕がそう言うと、泣いていた二人もすっとこちらを向いた。


「……戸景先輩って、たまにいいこと言いますよね」

「戸景先輩のそういうところ、好きです」

「えっ!? かさねちゃん、戸景、好き……? 公園……濡れ……」

「よしこの話はこれでおしまいな! あーよく寝た! 僕は執筆に戻るよ!」


 あっぶねえ!

 またあのパンドラの箱が開きかけたな今!


「私、千歳が起きたときのためにスポーツドリンク買ってきます!」


 何かを感じとったのか、黒卯も目元を袖口でごしごしと拭い、駆け足で部室を出ていった。

 うん、いい子だ!


「びちょ濡れ……」


 味方、お前はしっかり閉じてろな、その箱の蓋!


「わっ」


 いざ作業に戻ろうかとパソコンを開きかけた矢先、部室のすぐ外で黒卯の声が響いた。

 誰かとぶつかったか?

 なんてことを考えているうちに、部室の扉からひょいと顔を覗かせたのは、今一番見たくない顔だった。


「やあやあ作業部のみなさんこんにちは。ずいぶん慌てて泣き顔の一年生が飛び出たものだからつい気になって覗いちゃったよ」

「げ!」

 味方もさすがに苦い声を上げる。


「名残……くんじゃないか」


 一年前から寸分たりとも変わらない、ザ・好青年を全身に着こなした制服姿。

 唯一、以前と違うところといえば、その左腕に堂々と飾られた『生徒会』の腕章くらいのものか。


「おやおや日向くんじゃないか、久しぶり」


 だから下の名前で呼ぶなよ。


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