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第16話 積もる疲労を舐めるなよ

 打倒名残広大を掲げた作業部は、勢いそのままに翌日からの活動も精力的だった。

 僕と間宮はひたすらそれぞれの作業を進め、黒卯や味方はそのサポートをしてくれた。小説の感想、音読、間宮の使う油絵用の画材の収集など、二人がいてくれることで確実に僕と間宮の作業の質は向上していた。

 三門は……なんかずっと隅の方で何かをつくっている。怖くて誰も触れないけれど。


「団結力を固めるためには仮想敵を用意すればよかったんだな」

「完全に独裁者の独り言だよねそれ」


 僕の作業机の上にブラックコーヒーを置きながら、味方がそう諭す。


「独裁者なんて聞こえの悪い。僕らは革命家側だよ。名残広大という独裁政治に正義の鉄槌を下すためのな」

「どっちでもいいけどさ。戸景、最近ちゃんと寝てる? 白目がそろそろ赤目になりそうな勢いだけど」

「寝てる……?」

「この人睡眠という概念を忘れてる!!」


 味方の指摘はもっともなのだろう。

 青コンの締切まで気づけば一週間を切っていた。

 僕は何度も原稿をボツにし、部活が終わったら自宅でも絶えず推敲やらなんやらをしている。

 単純に睡眠不足だし、ストレスも溜め込んでいた。

 しかし、


「……後輩が頑張ってるのに休んでられないだろ」

「確かにねえ」


 そう頷く味方の視線の先には、鬼気迫る形相でキャンバスに向かう間宮の姿がある。初めこそ消極的に見えた間宮だったが、いざ制作に取り掛かると人が変わったように寡黙になり、特にここ数日はずっとあんな顔をして絵を描いている。


「休ませるなら僕より先に間宮だ。あれじゃ青コン云々の前に倒れるぞ」

「そうだね、完全に同意。……じゃあ頼んだよ、戸景部長」

「なんで僕が」

「部員の心身ケアのサポートを怠る部長なんかいない方がマシだよ戸景」

「正論で殴られた!」


 さすがの僕も正論には抗えず、開いていたパソコンの画面を閉じて間宮の方へ向かった。

 それにしても、すごい集中力だな。

 同じ部屋で作業をしているわけだから、間宮が黙々と絵を描いていることは伝わっていた。けれど、近くで見るとまた違った迫力がある。

 僕と同じく、いやそれ以上に目を赤くして、彼女のトレードマークである金髪も手入れが行き届いていないのか枝毛だらけになっている。

 今の間宮なら自分をオオカミに育てられた少女と名乗っても疑われないかもしれない。

 絵を描いている間宮はとにかく野生的で、躊躇いなく筆をキャンバスにぶつけたかと思いきや一転、聖堂のように厳かな静けさで細部の書き込みをしていたりする。

 つまりは、


「話しかけづら……」


 間宮の纏う緊張感にたじろぐ僕の背中に、ぽんと手が添えられる。


「戸景先輩、千歳を少し休ませてあげてください」


 背後にいたのは黒卯だった。

 作業を全面的に肯定している黒卯の目から見ても、今の間宮は限界が近いということだろう。


「……ああ、任せろ」


 黒卯の言葉に後押しされ、僕は間宮のすぐ隣まで近寄る。


「なあ、間宮」


 この世の終わりかと見紛うような重苦しい沈黙が一分。

 助けてくれ。もしくは今すぐ僕の首を落として楽にしてくれ。


「……なんすか」


 視線はキャンバスに向けたまま、間宮は掠れた声でそう返した。よかった、聞こえてなかったわけじゃないのか。


「少し休まないか? 僕もさすがに休憩しなきゃって思ってたところだし、きっと間宮も相当疲れてるだろ?」


 また、地獄の沈黙。

 気がついていないだけで、僕はこの一分間の間に死んでたりしないよな? なんて妄想が頭をよぎりだしたころ、間宮は唐突に筆を置いた。


「確かに、そうかも、しんない……っす」


 筆を置いた間宮はそのまま電池が切れたように椅子から崩れ落ちる。

 彼女の金髪がふわっと空間に置き去りにされる様が、まるでスローモーションみたいにゆっくりと僕の目を奪った。

 って、そんな場合じゃないだろ!


「おい、間宮!?」


 咄嗟に僕の体は動いてくれた。

 地面に落ちるはずだった間宮の体は、その間に滑り込んだ僕の背中に着地する。

 どす!


「うぐっ!」

「ナイスキャッチです戸景先輩!」


 いつの間にか僕たちのやり取りを見ていたらしい三門がそう声を上げる。


「さすが戸景先輩!」

「おおっ! 身を呈して部員を守るたあ、見上げた部長根性だぜ!」


 黒卯と味方も賞賛と共にガッツポーズを決めていた。

 あの、見てないで助けてくれ。


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