「それで!? それで名残会長はなんて言ったんすか!」
人の争いとかそういうものが大好物なのだろう。間宮は興奮交じりの声で訊く。
「気絶したの」
「え?」
「いや、名残会長ね、怒りすぎてその場で立ったまま気を失ったの。こんなふうに白目むいて」
味方はそう言うと、全然できてない白目を一年三人に披露する。
「……ひええ」
三門の口から恐怖の声が漏れる。
「それは……壊滅的な出会い頭ですね」
「でしょ〜〜! 終わってるよね~~!!」
ケラケラと笑う味方。
お前、ちょっと楽しんでないか?
「それにしても戸景先輩やりますねえ。これで生徒会のトップツーをダブルキルやないですか!」
「倉瀬副会長のアレは僕のせいじゃないだろ」
「私はわかりますけどね、戸景先輩の気持ちも」
まっすぐな目をして僕の姿を捉えながら、黒卯が言う。
「人が心血注いでいるものを軽んじる人は嫌いです」
いつも温厚な黒卯の突き放すような言い方に、間宮と三門は意外そうな反応をした。
『みんながみんな、生きがいを見つけられるわけではないので』
僕は昨日の黒卯の言葉を思い出す。
どこか諦め混じりの声であんなことを口にする黒卯にとっては、僕の小説も三門のゲームも、自分のことのように大切なものと認識してくれているのだろう。
自分には、それがないと思っているから。
「……まあ、大丈夫だろ。嫌われてるってことは、わざわざ関わってこないってことだ。こっちから何か仕掛けない限り、名残は何もしてこないよ」
「それもそうだね。戸景にしては冷静かつ合理的な判断だ」
「たまにはまっすぐ褒めてくれ、歪んで育つぞ」
「根元を正してくれないと水やり係にはどうすることもできないぜ」
相変わらずの皮肉っぷりだが、味方も僕の気持ちを汲んでくれている。
最初に名残といざこざがあったときも、味方は僕のことを一切責めなかった。ただ静かに隣を歩いて、平常通りでいてくれた。
「その、話全然変わるんすけど、あたしちょっと気になってる……ことがあって」
たどたどしい口調で、間宮がそう切り出す。
珍しくしおらしい声だった。
「どうした?」
「いや……あの……」
「千歳んがそんなふうになるの珍しいね」
「そうかな……まあ、らしくないかも」
そう言うと、間宮は制服のポケットから四つ折りにした紙を取り出して、机の上に広げた。
「ええっと、『高校生青春絵画コンクール』……?」
味方が読み上げた文面を聞き、僕はすぐにそれがなんなのかを思い出した。
高校生青春絵画コンクール。僕が一年のとき優秀賞をとった小説賞と同じ、通称『青コン』とされる高校生向けの絵画コンクールだ。
「そういえば、千歳は油絵を描いてましたね」
そう切り出したのは黒卯だった。
「そう、なんだけど。あたし、これ出してみようかなって思ってて」
「いいじゃんいいじゃん! 千歳んの絵、うちめっちゃ好き! 戸景先輩も賛成ですよねえ!?」
なんでそこで僕に振る。
「うん、いいんじゃないか? 目的があれば作業が生まれて、作業部としての面子も保て……」
「どうしたんです、戸景先輩」
「あれ? そういえば去年、これの優秀賞とったのって……」
僕と味方の視線は自然と合う。
そう、小説賞こそ僕が優秀賞をとった去年の『青コン』だったが、その絵画部門の優秀賞は……。
「……ここで立ちはだかるか、名残」
「はあ!? まさか名残会長って絵も描いてるんですか!?」
衝撃で顔面がすごいことになっている三門が叫ぶ。
「うん。名残くんはそういう目立つコンクールをコンプリートしたい性癖の持ち主だからね。戸景がいなかったら、去年の青コンは全部名残くんの独壇場だった」
「え……だって、絵画っていっても油絵部門と水彩画部門、それにデッサン部門もありますよね?」
チラシの概要を読んだ黒卯が、半ば疑うように訊ねた。
「そうだよ。名残くんはその全部に作品を出して、その全部で優秀賞をとった。うちには美術部だってあるのにね……」
「なんて罪深い人なんですか」
さすがの黒卯も名残の異質さには素直に引いているらしい。普通引くよね、わかる。
僕もそれを知ったときは、神は二物を与えないって言葉の存在を心の底から疑ったものだ。
「間宮、気にしなくていい。描きたいって気持ちがあるなら迷う必要なんかないさ」
「先輩……」
なんか初めてお前に先輩って呼ばれたような気分だよ。
「先輩は、どうなんすか」
「どうって?」
「出すんすか、青コン」
「愚問だな。……出すさ。今年もあいつに佳作の椅子を押し付けてやらないといけないからな」
「なんかうち、戸景先輩が底意地の悪さで誰かに負ける気せえへん」
めっちゃくちゃ失礼だなその評価のされ方。
ともかく、だ。
「よし、じゃあ今日から作業部のスローガンは『打倒名残広大』とする!」
「清々しいほどの職権乱用だね」
「別にうちは戦う理由もすべもないんやけど……」
「やってやりましょう! ぶっ潰しましょう!!」
黒卯の殺気が異常なことは気になるが、ここにきて作業部に一体感が生まれたことは確かだった。
見てろよ才能完全体ボーイ。
僕たちの作業が、お前の喉笛を薄皮ひとつ残さずに掻っ切ってやるからな。