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第14話 苦い記憶には蓋をしろ

 ここからは、味方の代わりに僕が続きを話そう。

 神に誓って公正な語り口を心がけるよ。

 あれは控えめに言って地獄のようだった高校一年の夏が終わり、静かな秋がようやく始まりかけたころのことだった。


「お、戸景の小説、賞もらってるじゃん」


 テスト前以外ほぼ人の気配のない図書室の前の廊下、張り出された受賞者名簿の前に僕と味方はいた。

 入学してすぐ応募した、『高校生青春小説コンクール』なんてものの結果発表が今日やっとされたのだ。


「すご。うちの学校から結構な人数出してたっぼいけど、佳作以上は戸景とあともう一人だけだよ。さすが、小説家だねえ」


 そんな味方のひと言が、やつと僕を引き合わせた。


「ふうん。君が戸景日向か」


 いつの間にか、僕と味方の横にスラッとした体格の男が立っていた。パッと見ただけでも頭の先から室内履きのつま先まで『好青年』みたいなやつで、僕はその段階から既に苦手意識を抱いていた。


「ああ、驚かせてごめんよ。俺は名残広大、この学校の生徒会長になろうと思っている男だ」


 僕と味方の身長がほとんど変わらない百七十センチくらいだから、この男はそれよりも更に十五センチは背が高いだろう。サラサラとした前髪にほんの少しだけ着崩した制服。なんていうか、人を見下すために生まれてきたやつって感じがする。


「……はあ」

「ちょっと戸景! 完全にこの人『できる人』だよ! のっけからそんな邪険に扱わない!」


 味方の言葉には概ね同意するが、生理的に受け付けないものは仕方ない。


「ずいぶんと暗い小説を書くんだねえ日向くんは」


 おい、勝手に下の名前で呼ぶな。


「応募者の小説は現文の原田しか読めないはずだけど」


 僕がそう言うと、名残は白い歯を見せて本当におかしそうに笑った。嫌味とか、そういうものを含んでいない、だからこそ無性に腹立たしい笑い方。


「ははっ。俺、原田先生と仲良くてさ。ちょっと頼んだら読ませてくれたよ? いやあ、だって気にもなるさ、俺が佳作で日向くんが優秀賞。完全に土をつけられたわけだし」

「その、日向くんっていうのやめてもらえると助かる。名残……だかなんだか知らないけど」

「名残広大だ。名残くんでも広大くんでも構わないけど、こっちこそ呼び捨ては勘弁してくれ」


 なんか地雷を踏み抜いたっぽいな。

 名残はあくまで理性的に言ったが、僕にはわかる。これは心底腹を立ててる人間が、それでも鉄のような建前でその怒りを押さえつけてるだけだということが。


「ね、ねえ戸景やめようよ。勝ち目ないよ、多分」


 珍しく味方が消極的だ。

 味方のこういうときの勘は正しい。人の気持ちが汲み取れるのが、彼女の一番の武器だ。基本的に、僕は味方の言うことを聞くことにしている。じゃないと僕のような不適合人間が生きていけるようなスペースは保てないから。

 でもな、味方。

 僕にとって、唯一誰にも譲れないものが、小説なんだよ。


「ごめんな名残くん。でも結果は結果だし、こんなふうに突っかかってくること自体ナンセンスだろ」


 僕は必要以上の悪意を込めず、きっぱりと言った。

 なんでいつもこういう、太陽の下を歩いている人間だけが偉いみたいな扱いを受けなきゃならない。

 小説でくらい、真っ当に勝たせてくれよ。


「いやいや、俺は別に逆恨みしてるわけじゃないよ。ただ、疑問だったから」

「疑問?」

「俺、これでも完璧な小説を書いたつもりだったんだよ。少なくともこの学校で負けるわけなんかない、そういう小説を研究して書いたんだ。俺さ、やるって決めたら凝り性だから、沢山参考文献もあたって推敲して、一文字だって妥協してなかったんだ」


 それなのに、と名残は続ける。その口調からは一切、己の努力に対する疑いを感じない。

 いや実際、頑張ってたんだろうけどさ。


「選ばれたのは君の小説だった。ろくにテストで点をとってるわけでもない。挨拶も、親切も、小説以外に興味ないだけの文学オタクの小説の、どこがそんなに面白かったんだろう。俺には、何が足りなかったんだろうって……」

「それだろ、答え」

「は?」

「名残くんの目に映ってるのは結局他人のことばっかりだ。あくまで僕としては、だけど。『完璧な小説』なんてうたってるやつの小説なんか、三日三晩真っ白な部屋に閉じ込められて、暇で死にそうなタイミングでも手に取らないよ。……君が見るべきなのは自分だし、自分のこと見つめすぎて嫌になる才能がないのが君なんじゃないかな」


 まあ全部憶測だけど、と僕は結び、そして付け加える。


「あ、でもひとつだけ言っとく」


 既に怒りのボルテージが最高潮まで上がって『好青年』面も崩れかけている名残に、とどめの一撃のつもりで口を開いた。


「お前が何年かかって書いた小説よりも、絶対に僕の小説の方が面白い」



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