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第13話 誰しも苦手なやつはいる

「……あれ、私は何を」


 あれから三十分ほど経っただろうか。気絶した倉瀬の寝姿が部室のアンティークとして馴染んできたころ、パチリと彼女は目を覚まし、ロボットのようにシャキッとした動きで上体を起こした。


「おおっ、起きたねえ」


 倉瀬の様子を見ながら編み物をしていた味方の声で、一年三人も集まってくる。


「うわあっ! よかったあ……うちのゲームがスリリングすぎて死人が出ちゃったかと思いました……」

「梓帆のゲームに対する自信、あたしたまに怖くなんだけど」

「倉瀬副会長、お水です」


 言いながら、黒卯は自販機で買っておいたミネラルウォーターを倉瀬に手渡す。


「……ありがとう」


 頭でも痛むのか、目を細くして倉瀬はそれを受け取り、ひと口こくりと飲んだ。その所作には、本来彼女に備わった上品さが戻っていた。さっき見たスーパーパニック状態が、なんだか夢の中の出来事みたいに思える。


「……すみません」

「え、何が?」

「私、昔からどうしても嘘をつくことができなくて……。せっかくテストプレイに混ぜていただけたのに、あれじゃなんの参考にもなりませんよね」


 俯きながら、倉瀬は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 なんだ、この人こんな顔もできるのか。


「気にしなくていいですよ。こちらこそ視察の邪魔をしちゃってすみません」


 倉瀬は僕の言葉にぶんぶんと首を振り、もうひと口だけミネラルウォーターを飲んでから立ち上がる。


「それじゃあ、今日のところはこれで」

「あれ、視察はもういいの?」


 そのまま部室を出ようとする倉瀬の背中に対して、けろっとした調子で味方が訊ねる。余計なことを! と一瞬思ったが、そんな文句も次の瞬間には吹き飛んだ。


「うんっ! みんなで遊べて楽しかったから!」


 味方の声で振り返った倉瀬は、まるで春の陽気の中を裸足で駆けまわる少女のような明るい笑顔でそう言った。


「えっ、何今の倉瀬さん! 超可愛い!」

「あ……え、と……今の、は……」


 しかしその直後、彼女の顔は蒸気が上がるんじゃないかというほど赤く染まる。


「嘘……いやっ! 本当なの! 本当だけど……違うんです!!」


 それだけを言い残すと、倉瀬は竜巻のような勢いで部室を出ていった。

 なんだ、あの人。

 めちゃくちゃ人間っぽくて、いい人じゃないか。




 倉瀬副会長、もとい生徒会からの視察という試練を乗り越えた僕たちは、完全に疲れ果てていた。


「……はあ、まあなんとかなったか」

「落ち着くところに落ち着いたって感じかな?」


 改めて、という感じに人数分のティーカップを机に置いた味方の顔には、さすがに疲労の色が見えていた。それは黒卯や間宮にも同じことが言える。


「いやあ、あんな大人数でテストプレイしてもらえる機会なんてそうそうないですからねえ、もう少し遊べたらえかったんですけどしょうがないですねえ」


 唯一元気満タンなのは三門くらいのものだった。むしろこいつに関してはいつもよりテンションが高くなっている。正直うるさい。


「生徒会の視察、あれくらいで終わればいいけど」


 コーヒーの水面を揺らしながら味方が呟く。


「え、でも副会長より厳しい人なんているんすか?」

「ううんと、厳しいっていうか……」


 間宮の問いに珍しく味方の眉が曇る。彼女の頭に浮かんでいる人間が誰なのか、僕はなんとなく予想がついた。


「名残のことだろ」

「……そう。生徒会長、名残広大。倉瀬さんみたいな完璧人間でも、あの人にだけは生徒会長の座を譲らざるを得なかった」

「もし副会長が友月先輩になっていたとしても、ですか?」


 黒卯がそう口を挟む。


「うん。もし私が副会長でも、いや生徒会長に立候補してたとしても、名残くんには勝てなかったと思うよ」


 味方の発言に、一年三人は目を見開く。


「友月先輩がそこまで言い切る名残さんって、何者なんですか!? 強キャラなのは間違いなしとして、何か特殊能力があるとか……」

「確かに驚いたけど、梓帆はゲーム脳すぎるっつうの」

「特殊能力……確かに、そういう言い方をするのがいいのかも」

「マジっすか!? その名残ってやつ、UMAっすか!? サイコメトラーっすか!?」


 お前も厨二病がすぎるぞ間宮。


「つまり、倉瀬さんの品行方正ぶり、友月先輩の天衣無縫ぶりとは別種の、いや、別次元の何かが名残会長にはあると?」


 自分なりの要約を添え、黒卯は味方に話を戻す。

 別次元、といえば確かにそうだな。

 名残広大。あの男は、僕と住んでいる次元がまるで違う。


「……陽キャ」

「はい?」

「名残広大はね、陽キャなの。それも根っからの。魂の芯までお日様の光を浴びて育ったような陽キャ。誰にも分け隔てなく優しく、かといって甘やかす訳でもない神対応。特に努力している様子もないのに文武両道は当たり前、でも普段のあたりの良さからアンチらしいアンチも存在しない。……戸景みたいなやつを除いて」

「最後の補足いるか? 絶対いらないよな? なあ!」

「ああ……」

「先輩、気い抜いたら人殺しそうな目してますもんね」


 心底納得したように三門&間宮は頷く。

 お前ら、地獄で殺してやるからな。

 黒卯、そんな『私はわかってますからね』みたいな顔でこっち見ないで! 余計にくるから!


「とにかく、名残くんはそんな、『自然に全人類から愛されキャラ』なもんだから、逆にいうと名残くんに嫌われちゃうと一気にその『全人類』が敵になっちゃうんだよねえ」

「いきすぎた力は往々にして武力になり得ますからね……」


 黒卯は神妙な顔つきで含蓄の込められた相槌をうつ。


「まさにそうなの。だから戸景、無駄な争いは起こさないように!」


 言われなくとも。


「戸景先輩、そんなに嫌いなんすか? 名残とかいうやつのこと」

「いや……別に」

「千歳ちゃん! その呼び捨ても名残会長の前では絶対禁止ね! 基本的に名残会長はめちゃくちゃ温厚なんだけど、唯一の地雷は、『格下に見られること』だから」

「めっちゃプライド高いってことやないですか!」

「そう、でも名残会長より優れた人なんて滅多に現れないから、早々踏み抜かれることはないんだけど……」


 味方を皮切りに、一年三人の視線が僕に集まる。


「……あれはあいつが勝手に売ってきた喧嘩だろ」


 はあ、と味方がため息をつく。


「今後のことを考えて、みんなには話しておくね。ここにいる戸景日向と、名残広大の因縁のことを」


 そうして味方は、あの忌々しい過去について語り始めた。

 僕はちっっっとも聞きたくないから小説を書かせてもらう!

 マジでちっっっっっっっとも聞きたくないからな!!


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