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第12話 疑うべきを誤るな

 予想通り、三門が持ってきた老人ゲームとやらの概要は、某人食い狼探しゲームと酷似していた。というより、まんまだった。


「――舞台は廃校舎。四十年越しの同窓会という名目で集まった元同級生である老人五人と校舎の管理人はその夜、何者かによって外部から鍵をかけられ、校舎の中に閉じ込められてしまいました。仕方なく夜を明かした六人でしたが、翌日の朝……なんと管理人が死体となって発見されたのです!」


 こういう進行には慣れているのだろう。三門の語り方はそれなりに『らしい』ものだった。導入の重々しさといい、迫力というか、雰囲気は感じられる。


「ひっ……」


 倉瀬の短い悲鳴が上がる。

 もしかしてこの人、ホラーとか苦手なのか? 苦手なジャンルのゲームなら内容の異様さも誤魔化せるかもしれないが、いかんせんこのゲームをつくったのは三門梓帆だ。実際にプレイするまで信用してはいけない。


「管理人の死体を見つけた後、出口を求めて老人五人が行き着いた職員室のホワイトボードには、血文字で『悪魔はこの中にいる』とのメッセージが書かれていました」

「やっぱりまんまだ……」

「黒卯、何か言ったか?」

「いえ何も」


 一応ゲームが始まる前に、味方、黒卯、間宮の三人にはあたかも初めて遊ぶゲームかのように振る舞ってくれと伝えておいた。

 パクリだとかはこの際どうでもいい! 今は倉瀬に、これが普段から行っている作業部としての活動だと信じ込ませなければならないのだから。


「あの、質問です」


 先ほどまでの恐怖の色を感じさせない芯の通った声でそう訊きながら、倉瀬は小さく手を挙げた。


「はいはい、なんでしょうか?」

「この五人の老人とは、プレイヤーのことなのですよね? であれば、管理人が死んでしまったらプレイヤーに対して数が合わないのではないでしょうか? ほら、ここには私を含めて六人のプレイヤーがいますし」


 思ったよりも初歩的な質問で安心した。しかしさすがは生徒会副会長といったところか、軽いルール説明だけで既に違和感を見つけ出すとは。


「そこに関してはご安心を! この老人ゲームには進行役としてプレイヤー外の人間が一人必要なんです。そして今回のテストプレイでは、私こと三門梓帆がその進行役を務めさせてもらいます!」


 これは本家の人狼ゲームでも言えることだ。プレイヤー全員がお互いを疑い合うというゲームの性質上、中立となる進行役がいなければゲームが円滑に進んでいかない。

 三門もゲームのこととなれば頼りがいがある。危なげなく質問に返したことが好印象だったのか、倉瀬もそれ以上は追及しなかった。


「なるほど、大人数でプレイすることが前提のゲームということですね。私が嗜んできたゲームとはかなり毛色が違うようで」


 それはつまり、友達が……。

 失礼な疑念が頭を通過していくが、それは僕にも刺さる形状の凶器だ。

 実際、僕も人狼ゲームというものの存在は知っていたが、プレイするのは初めてだった。まさか人生最初の人狼ゲームが老化しただけのパクリゲームになるとは。


「じゃあ早速ですが、皆さん目を閉じてください! 今から皆さんの目の前に役職カードを伏せて置きますので、一人ずつ順番に確認していってもらえたら! ちなみに役職は、『手相占いのヒミ子』、『警備会社経営のシゲノリ』、『還暦のアツシ』、『還暦のヨウ子』、そして『悪魔のヨウジロウ』です!」

「……還暦が二人いるのは、役職なしってことでいいのか?」

「はい、ノージョブです!」

「配慮のなさがすごいな」

「ちなみに『手相占いのヒミ子』は、指定した他のプレイヤーを占って悪魔に取り憑かれているかどうかを鑑定できます! 『警備会社経営のシゲノリ』は討論の後、襲われそうな老人を前もって警備することで犠牲者を防ぐことができますね。まあこの辺りも、やってたらなんとなくわかってくると思うので」


 それじゃあ目を閉じてください! という三門の指示に従い、順番に名前が呼ばれていく。


「友月先輩、目を開けてください」

「はいよ〜」

「次はかさねん!」

「はい」

「はい、じゃあ千歳ん!」

「おう」


 次々に役職を確認していく部員たちだが、さすがに反応では誰一人としてボロを出さなかった。


「戸景先輩の番です!」

「ああ、わかった」


 そして目を開けた僕の前に置かれていたカードには、『警備会社経営のシゲノリ』と書かれていた。

 おお、役職付きか。

 まだ一人、倉瀬の役職確認が終わっていないので、僕は再び目を閉じる。


「最後に、倉瀬副会長ですね」

「はい……っぐ!」


 なんだ今の音。


「それではっ、『手相占いのヒミ子』さんは静かに目を開け、誰を占うかを指さしてください! はい、わかりました!」


 三門は進行を続けながらも、手元のカードやらをごそごそと動かして他のプレイヤーに勘づかれないように配慮をしていた。こういうところ、本当にゲームというものに対してリスペクトがあるんだろうな。


「さあさあ皆さん目を開けてください! これから皆さんには討論をしていただきます」


 いよいよ本格的にゲームが始まった。

 五人の老人、もといプレイヤーはパチリと目を開け、お互いの顔色をさぐり合う。

 よし、僕は『警備会社経営のシゲノリ』だから、ひとまず完全にシロ(つまりは還暦の二人のうちの誰か)を見つけたいところだな。もしくは、『手相占いのヒミコ』も警備できれば強い。

 何にせよ、『手相占いのヒミコ』がどう動くか、このゲームの出だしはそれにかかって……。


「ガチガチガチガチガチ……」


 ん? 何だこの音。


「ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ」


 ふと隣を見ると、倉瀬の口元が超高速で震えていた。この音は彼女の歯がぶつかり合うことで発生しているらしい。部室の気温は極めて適温だし、これは単純に緊張感からくるものだろう。

 いやさすがに怪しすぎる。


「……えっと、倉瀬副会長?」

「なんでガチガチ……しょうかガチガチ」


 僕の方を向く倉瀬だったが、その瞳は口元と全く同じテンポで揺れており、こめかみからはとめどなく冷や汗が流れていた。


「あの、もしかして倉瀬副会長が、『悪魔の』」

「なんてこったいです!」

「はい?」

「なんて荒唐無稽な疑いをかけるのですかって! とんでもございませんな! 私は、悪魔の、ヨウジロウ、なんかじゃ……ありまっせーーーん! よう! ガチガチッ」


 終わった。

 これは嘘がつくのが下手とか、そういう次元を通り越している。不自然が服を着て目の前に座っているみたいだ。


「あの……これってもう」

「いや待て!」


 倉瀬に白タオルを投げようとした黒卯の言葉を、僕は咄嗟に制した。

 もう、倉瀬が『悪魔のヨウジロウ』であることは火を見るより明らかだが、それでもなお、僕はここで彼女に詰みを言い渡すのは早すぎると判断した。

 あくまで倉瀬は僕たちの活動内容を視察しようとしている。こんな一撃で決まってしまうゲームだと誤解されるのは、作業部にとってリスクでしかない。


「倉瀬副会長、無闇に疑ってすみませんでした。……と、とりあえず『手相占いのヒミコ』は名乗り出てくれていいんじゃないか? ほら、初日に誰を占ったのか知りたいし、議論する上で材料になるだろ」


 疑念の目を向けてくる黒卯に目配せをしながら僕は切り出す。


「そ、そうだね。ちなみに私は『還暦のアツシ』だから、情報源にはなれそうもないかも」


 僕の思惑を汲んでくれたらしく、味方もそう話を合わせた。

 その察しの良さ、死ぬほどありがたいな。


「あたし、『手相占いのヒミコ』……なんすけど」


 ずっと黙り込んでいた間宮が口を開いた。なるほど、すぐに名乗らないのが経験者たるゆえんなのかもしれない。有力な情報を出すということは、イコール自分が襲われるリスクを伴うわけだからな。


「おお、間宮が『手相占いのヒミコ』か。誰を占ったんだ?」

「いや、その、倉瀬……先輩……す」


 いたたまれない雰囲気を纏いながら、間宮はゆっくりと倉瀬の方を指さす。


「結果は、『悪魔のヨウジロウ』でした」


 間宮の視線の先で、倉瀬の目の泳ぎが加速する。


「はあ!? いやありえませんねえ! 私は……私っ! 私こそが『手相占いのヒコマル』なんですんで! ははは!」


 いいから落ち着いてくれ。ヒコマルなんて名前の老人はいない。


「……まあ! まあ一回戦目はこんな感じですよ大体! 慣れてきたらだんだんと人を騙す快感がわかってくるので!」


 完全に終わってしまった空気を取り持つように三門が高速でまくし立てる。製作者としてもこんな簡単にゲームセットが決まるなんて不本意なのだろう。が、


「じゃあもう一回戦いきましょうか! ねえ、倉瀬さんも……」

「三門、もういい」


 僕はなるべく優しい口調で言った。

 許容量を完全にオーバーしたプレッシャーに耐えかね、隣で泡を吹いて気絶している倉瀬を起こさないように。


「もう、いいんだ……」



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