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第11話 早くゲームを始めよう

「ああ、そういえば。おかしいな、遅刻なんていつも絶対にしないんですけど」


 むしろ一年三人が遅刻しなかったことの方が少ないが、僕は平然と言ってのける。


「あっ、足音がしますよ。このバタバタドドドって感じの足音はほぼ間違いなく梓帆と千歳の二人です」


 あっぶない、だがいいぞ。こんな初っ端から減点食らってたら心臓が持たない。


「うっす」

「戸景先輩! 今日という今日こそ覚悟してください! コッテンパンにしてやりますからねえ! このゲーム……で……」


 元気よく部室に入ってきた間宮と三門は、倉瀬の姿を認めると、ほとんど同時に固まった。


「倉瀬……律子」

「先輩に向かって呼び捨てですか。中学時代から悪名高い問題児、間宮千歳さん。すぐに手を出す癖はきちんと矯正されましたか?」

「……なんでこの人がここにいるんですか」


 やはり二人とも倉瀬のことは知っているようだ。そして、もちろん倉瀬も二人のことを知っている。間宮が中学時代から悪名高い問題児だというのは、まあ、正直想像通りだ。


「それより、なんですか? 作業部はゲームをする部活動なのですか? そういう部活動なら、既にボードゲーム部があるのですが」


 三門が脇に抱えたなんらかのゲームを見て、倉瀬は呆れ混じりにそう言い捨てる。


「そういえば三門梓帆さん。あなたはそのゲームだかなんだかわからない趣味を授業中も嗜まれているらしいですね。――分別のつかない趣味に継続価値があるとは思えませんが」


 重い空気に、三門の顔がどんどんと青ざめていく。

 ……気に入らない。


「……いやあ、ちょうどよかった」

「戸景?」

「何が、でしょう」

「何がって、倉瀬さんの目的は視察ですよね? この部の在り方について説明するのにちょうどよかったってことですよ」

「ゲームが、ですか?」

「そう、三門の持っているゲームが、です。ときに倉瀬副会長、ボードゲーム部とやらの活動内容を教えていただけますか?」


 僕の切り返しに動じる様子もなく、倉瀬は手帳をペラペラと捲った。


「ボードゲーム部。あらゆるボードゲームを研究、攻略し、ときには大会などに出場して結果を出しています。ボードゲームというものを通じて他者との協調性を育み……」

「ストップ。ありがとうございました」


 その辺は別に聞きたくない。


「とにかくその部活では、ボードゲームそのものを開発しているわけではないのでしょう?」

「確かにそうですが?」

「ここにいる三門梓帆は完全オリジナルのゲーム制作を行っています。無論そんな部活はありませんし、自分以外の誰かの手を借りるわけでもありません。ですが彼女にはゲームを愛する情熱があり、常に新たなゲームの可能性を見出す独自性があります。想像してみてください。我が校の生徒が制作したゲームが全国的なヒットを遂げる、そんな未来を」

「戸景先輩、こんなに饒舌でしたっけ」

「かさねちゃん、虚勢を張ってるときの戸景をなめちゃいけないよ。これでもまだ、戸景は虚勢用に二回の変身を残してるんだから」


 おい後ろ二人、聞こえてるからな。


「……なるほど、ここにいる皆さんはそんな夢物語をそれぞれに抱きながら、ひたすら各々の作業を行っていると」

「そういうことになります」


 何やら考え込んでいるのか、倉瀬は数秒押し黙った。


「……百聞は一見にしかず。ひとまず部としてのコンセプトは理解いたしました。それでは実際に、活動内容を見せていただきます。その、三門さんの持っているゲームをされるということでいいのですかね?」

「はい!」


 ことの深刻さをわかっているのかいないのか、単純にゲームができることが嬉しいだけなのか、三門は元気よく返事をした。そして傍らに抱えていた箱からトランプケースのようなものを取り出して彼女は続ける。


「今日は私のつくった新作ゲームのテストプレイをみんなにお願いしていたんですよ。閉鎖された老人ホームで悪魔に取り憑かれた老人を探し出せ! 悪魔に取り憑かれた老人を見つけられずに夜を迎えると犠牲者が!? 名付けるならそう、『老人ゲーム』です!」

「三門、ちょっといいか」

「え?」


 なんで口を挟まれたのかわかっていない三門を部室の隅に連れて行き、小声で僕は指摘する。


「完全に、やってるよな?」

「ほえ?」

「いや、パクリだろ。ほら、人狼ゲームの」

「そそそそそそんな」

「すごい連符」

「じじじ人狼ゲームなんて知らへんよ?」

「よしわかった、確信犯だな」


 三門の手が疑いようもなく汚れているのはわかったが、どうする? さすがに誰がどう見てもこれが老人の皮を被っただけの人狼ゲームだということは……。


「お二人ともどうされたんですか? 面白そうじゃありませんか、老人ゲーム。今まで聞いたことのないシステムですし、正直興味があります」

「え?」

「なんですか?」


 倉瀬は本当に不思議そうな顔をして首を傾げている。とても皮肉を言っている人間の表情とは思えなかった。


「……失礼ですけど倉瀬副会長、普段ゲームとかって」

「ゲームですか。家にはテレビゲームの類はありませんので、祖父から花札と囲碁を少し教えてもらいました。ああ、それと最近、テトリスというパズルゲームも嗜んで……」

「よし始めよう!」


 今どきそんなお手本みたいな箱入り娘がいるか?

 なんだろう。急になんとかなる気がしてきた。


「戸景、本当に大丈夫なのこのゲーム」

「さあ三門! ルール説明をよろしく頼む!」

「戸景先輩、これ完全にパク」

「三門! もうみんな準備はバッチリだ!」

「つーか、これ人ろ」

「三門!!」


 早くゲームを! 始めよう!


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