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第10話 急な視察を切り抜けろ

 結局、僕たち三人は大した会話もないまま部室棟の最奥、我が作業部の部室の前に着いた。


「電気、ついてるね」

「間宮たちだろ。……作業、してるのかな」

「とにかく入りましょう。なんたって今日は、私たち三人が入部してから初めて、全員が最初から揃った記念すべき日です」

「それだけ聞くと終わってるな、この部活」


 いや、もう細かいことを気にするのはやめよう。黒卯の言う通り、今日から改めて作業部は始まるのだ。

 まずは讃えよう、この中で作業に勤しんでいるであろう、愛すべき後輩の姿を!

 僕は完全に開き直り、部室の扉を開けた。

 腐っても根腐っても僕は部長だ。爽やかな第一声を心がけろ。


「やあやあ、お疲れ様!」


 しかしそこに待っていたのは、僕が想定していた光景とはまるで違うものだった。


「……ああ、これはこれは。少しお邪魔していますよ、作業部のみなさん」


 スチャ、そんなふうにお手本通りの所作で眼鏡を直しながら、部室の真ん中に立つ、いかにも真面目そうな女子生徒は言った。顔の両サイドに垂れる黒の三つ編みと、つんと尖った鼻先が印象的な女の子だった。

 いや、誰だこの人。何勝手に人の部室に上がり込んでるんだ。

 文句の一つでも言おうか、と僕が考えていたところで、隣にいる味方が反応する。


「倉瀬副会長、どうしたんですか?」


 副会長?

 改めて彼女の姿を確認すると、確かにその腕には生徒会役員の証である腕章が付けられていた。

 生徒会副会長さんがなんの用なんだ。


「友月味方さん。バドミントン部のエースでありながら勉学の才も申し分なく、加えてその人柄の良さから実質的に二年生女子のリーダー的存在。こうやってお話するのは選挙戦ぶりでしょうか?」


 倉瀬さんとやらは、まるで頭の中にデータベースでも入っているのかと疑いたくなるほど流暢に味方の情報を口にする。


「選挙戦……思い出した」


 僕の頭の中に忘れかけていた記憶が蘇る。あれは一年の終わり、当時の生徒会の引退が差し迫っていたころのこと。

 この学校の生徒会選挙には基本的に二年生から立候補することが多いが、ここにいる友月味方と倉瀬……律子の二人は一年生ながら選挙に出た。もっとも、味方は担任教師やクラスの生徒からの猛烈な推薦の中、渋々参加したわけだが。


「倉瀬律子……唯一、友月味方に土をつけた存在」


 後ろから様子を見守っていた黒卯がそう発する。あれだけ味方を慕っているのだから、その味方に選挙戦で勝った彼女の存在ももちろん耳に入っているのだろう。

 そう、彼女はあまりにも真面目で、目的を完遂するまで行動をやめないサイボーグのような冷徹さと地獄の業火のような情熱を併せ持ち、結果的に努力と根性と執念だけで友月味方から生徒会副会長の座を勝ち取ったのだ。


「おやおや、後ろにいらっしゃるのは黒卯かさねさんですね。入試の国語でただ一人満点を叩き出した根っからの文学少女。小論文のクオリティには現代文の吉永先生が声を上げて驚いたとか」

「……すごいんだな、黒卯も」

「いえいえ、たまたまですよ」

「そしてそんなお二人を引き連れているのは作業部部長、戸景日向さん。現役小説家で、その持ち前のひねくれた性格から生み出される文章はコアなファンを生んでいると聞いています。学内での素行は総じて悪く、何ごとにも消極的かつ非協力的、小説以外の全てを見下し……」

「なんか僕の評判だけ悪すぎないか!?」


 思わず口を挟んでしまった僕の右肩を、味方が優しく叩く。


「悔しいけど、妥当だよ」

「悔しいですけど、ぐうの音も出ませんね」


 味方に同調しながら、黒卯も僕の左肩に手を置いた。


「……しかしなぜだか人望はあるようで。そう、なぜだか」

「これを人望って呼んでくれるんだ」

「戸景、なんでちょっと嬉しそうなの」


 倉瀬は胸元から手帳を取り出して開くと、そのまま僕たちの方へと見開かれたページを向けた。


「視察?」


 そう、そこには端正な文字で『視察!』と書かれていた。

 わざわざ手帳を二ページも使って伝えなきゃいけないことなのか? 疑問に思うが、きっと目の前の三つ編み女子は僕とはまるで違う種類の人間なので声にはしない。


「そう、今年新設された部活動は三つ。『写真部』、『ダーツ&ジャズ部』、そしてここ、『作業部』。正直なところ、この部だけあまりにも活動内容が不透明でしたので、一度生徒会役員による視察を行おうかという話になりました。なにぶん、我が校の部室は数が限られていますからね」


 それは暗に、『もしコンセプトも不明瞭なままで部室を使っているなら容赦なく潰すぞ』ということだろう。

 もちろん、作業部には作業をするという単純明快なコンセプトがあり、昨日の一件からやっと一年生にもその兆候が見えてきた。

 が、しかし。兆候はあくまで兆候。倉瀬の望むような真面目で目的に向かって突き進むような人間は、残念ながら今の作業部には一人もいない。


「なんだ、そんなことですか。事前に言ってくれたらよかったのに」


 味方は飄々とした様子で部室に入っていくと、そのまま自然な所作でお茶の準備を始めた。なるほど、敵に動揺を見せるほど愚かな行為はない。ここは実情がどうであれ、あくまで自分たちはちゃんとした部活動だという顔を見せつけるべきだ。


「あら、お気遣いなく」


 そうは言いながらも、倉瀬は用意されたティーカップの前にちょこんと座った。

 根は素直な人なのか。あの味方に勝負事で勝った、という前置きがあると、どうも怖気づいてしまう。

 湯気の立つティーカップから慎重に紅茶を啜り、倉瀬は眼鏡をスチャ、と直す。


「ところで、残りの部員はどちらに? そろそろ部活動開始の時間ですが?」


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