目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第2話 人の話はちゃんと聞け

 さすがに僕も作業を中断し、部屋の中央に向かい合うように置かれた赤茶色のソファに腰を下ろした。隣には味方が座り、正面には新入生三人組が遠慮がちに座る(内一人はどかっとビッグ・ボスさながらの勢いだったが)。


「どうしよっかな。とりあえず、自己紹介とかしよっか」


 本来は味方だってこういう合コンの幹事みたいなことは苦手だろうに、隣に座っているのが論破嘔吐野郎の僕であるばっかりに仕方なく、気をつかってそう話を展開してくれた。


「じゃあさすがに、僕から」


 できる限り小声で言ったつもりだったが、無事聞き届けられてしまったらしく、味方と三人の新入生は僕の方を注視する。

 吐いていいですか?

 危ない、僕の名前はそれじゃなかった。


「二年の戸景日向、です。一応部長みたいなものをね、はは、やらせてもらってます。うん、あの……はい」


 殺してもらっていいですか?


「私が副部長の友月味方です。とは言っても、置物副部長なんですけど。みんなと楽しく、できるだけゆるく部活動できたらなって思ってます。よろしく」


 僕が終わらせてしまった空気を取り持つように味方が続いた。僕には目の前の三人の顔が見れない。

 味方の挨拶が終わると、まばらな拍手が起きた。人望の差、こんな小イベントでも感じなきゃならないんですか。


「じゃあ、三人も」


 味方の提案を受け、新入生は教室に入ってきた順番通りに挨拶をした。


「うち、三門梓帆っていいます。小さいころ関西住んでて、変な喋り方抜けないとこあるかもしれません。好きなものはゲームと図鑑です。よろしくお願いします」


 図鑑。

 年下の女の子の口から聞くと、すごくずっしりとした印象を受けるな。なんてどうでもいい気づきを得る。この子は割とまともそうだ。


「私、黒卯かさねです。趣味は、読書? です。よろしくお願いします」


 そして真面目女子。印象通り、期待通りの挨拶に、少しだけ僕のメンタルは回復する。その話す度に眼鏡の位置を気にする感じ、とても生きづらそうでいいな、と思う。

 読書って、何を読むんだろうか。この中で一番話が合いそうなのは黒卯さんかな。話しかけられるかどうかは、今のところ神にしかわからないけれど。

 二人の挨拶が終わり、残るはあからさまな問題児である金髪女子だけになった。まともに視線を向けているわけではないが、僕はなんだか彼女の方向からプレッシャーのようなものを感じていた。


「あたしは間宮千歳っす。見ての通りハーフですけど、英語もなんにもできないんで、はい」


 ぶっきらぼう、というか、不器用な挨拶だった。またメンタルを抉られる覚悟をしていた僕としては、なんだか拍子抜けというか、これでよかったような。


「まさかみんな来てくれるとは思わなかったよ」


 席を立ち、奥の戸棚から茶菓子を物色しながら味方は言う。


「まあ、うちら入学してからずっと一緒なんで。それに友月先輩から話しかけてもらえるなんて、その、」

「誉れ」


 言葉を詰まらせた三門さんに、黒卯さんが助言する。


「そう! 誉れですから!」

「……ずいぶん、心酔してるんだな」


 思わず声が漏れてしまった。そもそもなんで味方のことをこの新入生たちは知っているんだろう。


「まあ、三人とも同じ中学だったからね。この学校、知り合い少ないから、梓帆たちが入ってきてくれて嬉しかったよ」


 茶菓子を机に並べながら味方は笑顔を浮かべてそう言った。僕の前では見せない類の、いかにも人当たりのよさそうな顔だった。


「あたしら、半分くらい友月先輩に付いてきたようなもんっすから」

「大袈裟だなあ」

「本当です。私たち後輩にとって、『生徒会の毘沙門天』は憧れの的ですから」


 毘沙門天?

 やけに物騒な響きの異名だな。


「そんな昔の話忘れたよ。今の私は、さっき言った通りゆるゆるのグダグダ愛好家だから」


 そういえば、味方と中学のころの話をしたことはなかった。

 彼女のことだから人並みならざる学生生活を送っていたであろうことは容易に想像がついたが、三門たちの話を聞く限り僕の想像なんてまだ生易しいものなのかもしれない。

 なんだか踏み入ってはいけないような気がして、僕は話題を逸らすことにした。


「今日来てくれたのはもちろん、すごくありがたいんだけどさ。三人は、この部活の内容まで知ってる?」

「当たり前っすよ部長、あたしらのこと舐めてんすか?」


 斜め下から睨み上げるようにして間宮さんが言う。

 怖っ。これをコミュニケーションだと思ってる精神性が怖っ!


「はは……そうだよね」

「千歳、威嚇しない」

「威嚇? あたしは普通に喋ってるだけだっつの。かさねは静かすぎるんだよ」

「うちもかさねんに同意。部長、食べられる前のシマウマみたいな顔してたよ」


 餓死寸前だったり捕食されかけたり、ずいぶんと想像力の豊かな子たちだな。うん、そういうふうに捉えよう。


「戸景は人見知りだからね。慣れてきたらそこそこ面白いから、安心して」


 フォローなのか追い打ちなのかわからない補足を入れ、味方は紅茶を啜った。


「それで、作業、ですよね。この部活の主な活動って」


 茶菓子を一つ指でつまみながら、三門が切り出す。ようやく部活の話を始めてくれるようだ。


「そうだよ、この戸景日向が、ひたすら作業をするためだけに作り上げた部活動、それが作業部。戸景は小説を書いてて……」

「小説?」


 味方の説明に食いついた様子の黒卯さんがそう口を挟む。確か読書が趣味だとか言ってたし、そういう反応をされると気恥しいものはあるけれど悪い気はしないな。


「……そう、小説を書いてるんだ。でも、まだ小さな賞しかもらったことはないけど」


 期待いっぱいの眼差しを向ける黒卯さんに、僕はそう説明した。


「小説家、なんですね。すごい、初めて見ました私」

「へえ、なんかすごいんすね先輩。あたしは本とか、あんまり読まないんすけど」


 入ってくるな間宮。今は黒卯さんにちやほやされるターンだ。

 なんだかこいつには、間宮『さん』なんて付けるのがバカバカしくなってきたな。というか、僕は一応先輩なんだし、脳内で喋るときくらい呼び捨てでいいのかもしれない。

 男子中学で、歳下女子と喋る機会なんてまともに与えられなかった過去が、こういう些細な意識の変革でさえ慎重にさせる。


「黒卯さんは、小説読むんだよね?」


 勇気を振り絞り、こっちからも質問を投げてみる。変な顔をしていないだろうか。気持ち悪くないだろうか。

 明日からドキショゴミ野郎として一年生の間で話題に上がったりしないだろうか。


「はい。広く浅くって感じですけど。……それと、呼び捨てで構いません。同じ部活の後輩ですし」

「え……うん。じゃあ、黒卯で」

「はい」


 予想外のことすぎて逆にすんなり受け入れてしまった。普通なのか、こういうの。

 味方に視線をやるも、彼女は茶菓子の包みに書いてある成分表を読んでいてこっちにはなんの意識も割いてくれなかった。

 おい副部長、部長がパニックですよ?


「うちもそれがいいです! 三門って呼んでください」

「三門」

「はい! なんでしょう戸景先輩!」

「うぐ」

「うぐ?」


 戸景先輩? 戸景……先輩……?

 名前を呼んでくれて、尚且つ先輩と敬ってくれて? なんなの? これって一定回数から有料になったりしないよね?


「あの、友月先輩! 戸景先輩の調子が、顔色が、雰囲気が変です!」

「ああ、心配しないで。戸景はね、あまりにも他人と関わりがなさすぎて優しくしすぎると死んじゃうの。不憫だよね」

「ヤバいっすね、人間性」


 間宮の同情の視線が一番心にくる。お前、もしかして本気で憐れんでるな?

 パンッ!

 隣から味方が手を叩く音が聞こえて、僕の意識は引き戻される。

 どうやら彼女は総括に入るつもりらしい。


「とにかくそんな感じで、明日からも来てくれるんだったら、みんな各々で何か打ち込めるものを持ってきた方がいいのかも。ここって、ようは自習時間みたいなもので、ある程度定期的に賞だったりコンクール的なものに参加したって報告を上げとかないと、こんなコンセプトのガタガタな部活、すぐ瓦解しちゃうから。あと注意なのは、既に部活動として存在するものと被らない方が助かるな。戸景の場合はほら、うち文芸部とかないからその代わりだし」

「じゃあ、文芸部にしたらよかったのでは?」


 黒卯が真っ当な指摘を入れる。


「それは……。私、別に本読まないし。あと、戸景が」

「文芸部に進んで入ろうとする人間の中で小説なんて書けない、それが僕の出した結論だ」


 この結論は、僕の中学時代の経験から導き出されたものである。

 男子中にだって文化部はあった。

 小学校六年生のころから小説自体は書いていたので、中学に入ってからはまず、小説活動の許されている部活を探した。

 そしてなんとか見つけたのがアニメ研究会である。

 結果から言おう。このアニメ研究会、クソだった。

 部活動の始まるチャイムと同時に始まるアニメ鑑賞会。そして感想・意見交換会へと続き、次回への考察会で締めるという流れが定番になっていた。運が悪ければ、考察会のあと、また次のアニメ鑑賞が始まる。

 そしてこれらのルーティン、全て強制参加だった。

 みんながモニターに釘付けの間、端っこの方で小説を、なんて許される雰囲気ではなかったし、一度鑑賞会中に着信音を鳴らした一年が死ぬほど鼻息の荒い先輩三人に早口人格否定を食らっているところを見てからは、僕もそんな愚かな真似はすまいと心がけていた。

 せめて自主制作アニメというか、シナリオ的なものでも書けたらと思っていた僕が甘かった。やつらは他人の作ったものに対してあれこれと議論するばかりで、自分で何かを生み出そうというマインドには絶対にならない。

 文芸部だって同じだろう。きっとあやつらも読んだ小説について議論を重ねるのが楽しいだけで、自分で小説を書こうなんて気は……。


「うち、中学のとき文芸部でしたけど、みんな普通に小説書いてましたよ? コンクールもどんどん出してましたし、お互いの小説についての意見交換会みたいなのもしょっちゅう」

「……?」

「戸景先輩がなんで友だち少ないのかわかったっすよ。決めつけだけ先行して、実際に目で確かめるってことをろくにしてないんだ」


 まるで天からの啓示があったみたいに自信たっぷりな声で間宮が言う。

 真理の槍が、突き刺さる。


「千歳、それ急所抜群四倍攻撃」


 僕のダメージの大きさを、黒卯がさらりと間宮に伝えた。


「は? どういうこと?」

「いいんだよ……事実だし」

「死にかけじゃん、戸景」


 お前がまいた種だろ、と言いたくなる気持ちを堪え、また薄ら笑いを浮かべてみる。

 三人の愛すべき後輩は、それぞれに色分けされた憐れみの表情で僕を見ていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?